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遠くの花屋  作者: あ行
3/39

3花見

「どうしてそんなに急かすの?来月だなんて……。」

「来月もなにも来週じゃない。もう無理よ。何しろあんた、もう一年したら卒業するんでしょう?善は急げよ。」

 そんな憎たらしい目で見るな。殺気が湧き出る。

「何?あんたもしかして好きな人、いるの?」

「……!」

 咄嗟におどってしまう。子供らしい反応をしてしまう自分に嫌気がさす。

「諦めなさい。」

――――――――――

「…………。」

 自室で大の字に寝転ぶ。もう学校は終わった。

 窓からの昼を見る。鼻が白く反射する。春の優しい風が心地よい。少し癒された。

「花屋さん……。今日、開いてるかな。」

――諦めなさい。

「……何よ。私の意見も聞いてくれたっていいじゃない。」

 もういいや、花屋さんのところ行こ。今日は行かない予定だったのに。行きたくなった。幸せな気持ちになりたい。

「あ、やっぱり、今日、お休みか……。」

 いつも店の前に置いているバケツがない。

「…………帰ろう。」

 明日はきっと良い日になるよ。

 そう自分に言い聞かせ、その場を去る。

 ガラガラ

「あれ、」

 花屋は学生の後ろ姿を二階から見つける。

「あ、おーい、おーい!学生さん!」

「……え、」

 振り向く。花屋さんは二階の柵から大きな手を振っていた。袖も外へ出るカーテンのように舞う。

「どうしたのですか。」

 二人は今、ロミオとジュリエットだ。

「……。私、私っ」

 嫌なことなんか忘れた。好きな人の顔を見たら不思議と目の前のことしか考えられない。

「花屋さんに会いに来たの!」

 花屋は目開く。しかしすぐにふっと笑顔になった。

「そうなんですか。ちょっと待ってください。今、下に行きます。」

 下に来てくれる!嬉しい。まだ喋れるんだ。身だしなみ整えないと。

 ガラガラ

「あ、こんにちは。」

 前髪をいじっているところを見られた。

 咄嗟に出た言葉があいさつだなんて、花屋さんらしい。

「ふふっ、こんにちは。」

「ごめんなさい。今日、店開いてないんです。」

 申し訳なさそうに眉をひそませる。

「いいえ。知ってました。……嫌な事があったので、花屋さんに会いたかったんです。会えなくても。」

 花屋はその言葉に驚いたり、嬉しそうにせず、ただ学生に微笑んだ。

「そうですか。」

 花屋さんは咲き終わった桜を見上げる。

「少し、散歩でもどうですか。」

「……!はい。行きます。」

――――――――――

「ははは、もうほとんど散ってしまいましたね。花見がてら小川に来たのですが。」

「少しでも綺麗ですよ。ありがとう。」

 花屋さんの方が素敵だなんて言えない。

「……花屋さん。どうして花が好きなんですか。」

「うーん。好きと言うよりかは、花に使命的なものを感じているんです。」

 花屋は顎に骨の浮いた手を乗せた。

「使命?」

「はい。僕自身でもあまり分かっていませんが、花を渡したら皆、笑顔になるでしょう?」

 花屋さんは私に向いていた目を小川の方に向ける。その目は心の窓だ。

「それの仲介人が僕です。笑顔の仕事なんです。花屋というものは、ね。」

 きれいだ。

 花屋さんはきれいな人だ。誰かに大切な何かを否定されても、諦めろと言われても、この人は笑顔のまま受け流すだろう。けど心の中では煮えたぎった憎悪を死ぬまで持っている。それを抱えながら生きている。

「良い仕事ですね。花屋さんにぴったりです。」

「……そうですか?これでも嫌々してるんですよ。」

 はははっとまた笑う。春風が花屋さんを包む。

「そうなんですか?」

「はい。何もかも生きるためにしています。」

 桜が舞う。

「…………。そう言うものですね。人生は。」

「いいえ。貴方はまだ若いです。学生です。これから、様々な幸せが待っていますよ。」

 幸せ……。幸せなのかな。十年後、いや一年経ったら私は幸せ?

「……そうかな。」

「そうですよ。少なくとも僕は学生さんの幸せを願っています。」

――――――――――

「今日はありがとう。お陰で元気になりました。」

 もう外は薄暗い。

「いいえ。元気になられて良かったです。」

 学生は俯く。ぎゅっと拳を握っている。

「けど、まだ、帰りたくない。」

「…………。まだ晴れていませんか。」

 ぱっと電灯が二人を照らす。

「はい。今日……、親と喧嘩しまって、もう顔も合わせたくないんです。だから、花屋さんの家に泊まりたい。」

「それは駄目です。」

 即答された。少しでも期待してしまった自分が惡い。心臓が痛く、傷ついてしまった。

「親御さんが心配なさいますよ。こんな変な男の家に泊まっても良いんですか。」

「いい。」

 花屋さんの顔を見ない。見れない。子供な私が恥ずかしい。けど、ほんとに帰りたくない。まだまだ子供だ。

「ははは。困りましたね。あまりここに居座っていたら、僕が惡者になってしまいます。貴方の親御さんが勘違いをしてしまいますよ。」

「いい。」

 何でもかんでも、いい。としか言わない。

「んー。」

 晩御飯の匂いがする。

「親御さんに僕の事は伝えてますか。」

「……はい。」

 とっさに噓をついてしまった。

「なら、来月のどこか。僕の家に晩御飯を食べに来なさい。」

「良いんですか。」

 しかし、と言いながら人差し指を出す。

「今日はもう帰る事。いいですか。途中まで付き添いますから。」

「……分かりました。」

 花屋さんと歩く。これが終わったら説教だ。今日は本当についていない。のかな、

 花屋さんを見る。

「学生さん。仲直りの秘訣を教えましょう。」

「秘訣?」

 家の明かりと花屋さんが歩く。

「はい。まず何故相手が怒ったのか。考えてみます。」

 花屋さんは星空を見上げる。

「自分にも惡いところがあったはず。それを相手は怒っているのでしょう。」

 胸に手を当てながら、柔らかく笑う。

「あとは言葉にするだけです。一番難しいかもしれませんが、大丈夫。貴方ならできますよ。」

 麗らかな切ない眼で花屋さんは笑った。

「ごめんね、と。」

 この人は何故奥さんがいないのだろう。いてもおかしくないぐらい、優しい人だから。誰かに捕られていても、私じゃない誰かを愛していても、納得することができる。

「…………、」

 ごちゃごちゃが頭に入って来たが、そんな事どうだっていい。今はただ、目の前の優しい人を見つめたい。その人の隣にいるんだって実感したい。

「やってみます。花屋さんの秘訣、聞けちゃったから、これから誰とでも仲直りできそう。」

「はははっ。」

 豪快に笑う。

「まず喧嘩をしないのが一番ですよ。」

「あ、そうでしたね。ふふ。」

 この時間に閉じ込まれたい。

「ここならもう帰れますね。それでは、さようなら。」

「えぇ、さようなら。ありがとう。」

 手を振りながら歩く。すると花屋さんは私に葉っぱの付いた花を贈ってくれた。

「貴方ならできますよ。大丈夫!きっと相手に伝わります。」

「はい。ありがとう!」

 私は見えなくなるまで花屋さんに手を振った。

大丈夫!!

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