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遠くの花屋  作者: あ行
2/39

2裁縫

「今日は和蘭石竹(カーネーション)をお願い。」

「はい。和蘭石竹(カーネーション)ですね。色はどちらにしましょう。」

 花屋は今日も営業している。学生はまだ来てないようだ。

「桃色で。旦那に感謝を伝えるの。」

「それは良いですね。」

 花屋は花を水から上げて、(したた)り落ちる花を拭く。眼はうっとりと宝を眺める。

「包装はどうしますか。」

「うぅん、そうね。桃色で統一したいわ。全部そうしてちょうだい。リボンもお願い。」

 女性は花屋に笑う。

「はい。リボンも桃色ですね。」

 花屋はリボンを巻く。慣れているはずなのに、その動作は丁寧だ。

「あら、シャツのボタン、外れてるわよ。」

「え、ボタン?」

 花屋は示した方と逆の腕を上げる。

「逆よ、逆。ほつれてる。大丈夫?」

「あぁ、お恥ずかしい。後で何とかします。」

 少し頬を赤らめて少年のように笑う。人間らしい。

「どうぞ。」

「ありがとう。また来るわ。」

 錢を花屋に渡し、にこっと紅い口紅をまとって笑う。

「花屋さん。」

 私は好きな人に声をかけた。

「今日も来たのですか。」

「えぇ、花屋さんの為なら幽霊になってもくるわ。」

 冗談っぽく、意味は本気で。花屋さんはまた優しく笑った。

「ははは。来るんですか、本当に。」

「私は本気ですよ。」

 花屋さんは笑う。私も笑った。二人笑い合う。

「あら、花屋さん。ボタン取れそうですよ。」

「あぁ、これですか。」

 花屋さんは覗くように(たもと)を上げる。

「良かったら、私がお直ししましょうか。」

「良いんですか。ちょうど、どうしようかと思っていたんです。ありがとう。」

 ありがとう。

 急に敬語が外れたのでどきっとした。次の言葉が遅くなる。

「……、あそこの腰掛けで直しましょう。」

 風を感じながら、花屋さんの袖を引っ張る。

――――――――

 二人、店前のベンチに座る。

「えぇっと、まずは……」

 簡単なお裁縫箱を取り出す。

「女性というものは、針を常に持っているものなのですか。」

「? えぇ、学校で習います。」

 花屋さんに触れる。冷たい。春なのに。

「他にも、生花、お琴、作文など(まな)んでいますよ。綺麗なお嫁さんになるために。」

「そうなんですね。男とは全く違いますね。」

 花屋さんは、私に腕を(たく)しながら笑う。その笑顔に毎回惚れてしまう。

「花屋さんは何を學んでいたのですか?お花とか?」

「ははは。そうだと良いんですが、哲学を少し。けど、僕は教師になりたかったんです。」

 咄嗟に思った言葉を言う。

「じゃあ、先生ですね。」

「はは。そうだと良かったですね。」

 チョキンと糸を切る。その衝動で、少し花屋さんの腕が動いた。

「どうして先生にならなかったんですか。」

 少し間が空く。

 あれ、聞いちゃダメだったか。

 学生が口開く前に、花屋の声が咲く。

「僕は一人ですから。継がなければ。それに何故か父は教師を嫌ってました。しょうがない事ですね。」

 諦めた顔で笑う。花屋さんも私と一緒だ。望まない道を歩いている。私も歩こうとしている。

「……。私と同じだ。」

「何とおっしゃいましたか。ごめんなさい。聞こえませんでした。」

「何もありません。大した事じゃないので。」

 針に糸を通す。花屋さんのような黒い糸を。

「……花屋さん、」

「……。何ですか。」

 好きな人の目を見る。貴方は幸せですか。

「花屋さんは、」

 言い直す。

「何故、奥さんがいないのですか。」

「……!」

 花屋さんの手が動く。普通、花屋さんの年齢なら奥さんはいてもいいはずだ。

「え……っと、」

 真実を見る目で私に注ぐ。

「ごめんなさい。私……私が……」

 縁談があるなんて言えない。あるって言ったら花屋さんの所行けなくなっちゃう。

「「…………。」」

 ごめんなさい。気まずくして。許してください。

「ねぇ、学生さん。」

 花屋さんの声が耳に響く。

「今日はお礼に何か一本、花を差しあげましょう。」

「良いんですか?」

 気を遣ってくれたんだ。やっぱりこの人しかいない。縁談相手なんて嫌。

「ありがとうございます。」

 学生さんは僕の隣で笑った。

「いいえ。お礼を言うのは僕です。ありがとうございます。」

「えぇ?まだ終わっていませんよ。」

 少女らしく笑う。

 糸をボタンにくるくると巻く。後もう少しで終わってしまう。

「……。」

 糸を見つめる。

――――――――

「ありがとうございます。前より綺麗になりました」

「いいえ。花屋さんの役に立てて嬉しいです。」

 笑った。花屋さんのためなら何でもできるな。

「どれにしますか。好きなのを選んでください。」

「うーん。どれにしよう。花屋さんが選んでください。」

「…………、」

 花屋さんの手が止まる。きっと驚いているのに違いない。だって、好きな人に決めて欲しいから。

「はは。しょうがないですね。……でしたら。」

 黄色い鬱金香(チューリップ)だ。可愛らしい。

「可愛い。ありがとう。」

「こちらこそ。」

――――――――――

 花瓶に入った花を見る。青白い月明かりに照らされて、より一層黄金に光る。

「……縁談、か。」

――来月には来るって。早い事はいいね。

 早い。早過ぎる。

「花屋さん……」

 もういっそのこと、この気持ちを言おうか。

 べっこう飴。

「……やめとこ。」

 後悔しそうだ。

 乙女はその花が枯れるまで見つめた。

 黄色のチューリップ→正直、報われぬ恋

 カーネーション→ 感謝

きっと学生は赤い糸は小指じゃなくて薬指だとか言いそう。

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