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遠くの花屋  作者: あ行
17/39

17銭湯

「ねぇ、ねぇ。」

「何ですか。」

 花屋さんは学生とはまた違う困った顔をしていた。

「これが終わったら散歩しましょ。」

「今日は駄目です。」

 狐はずっと蒲魚(かまとと)ぶっている。

「何で?」

 狐は縁台で休みながら花屋に問う。

「今日は用事があるので。」

 花屋は花の手入れをしていた。

「用事ってなぁに。」

「さぁ。」

「もうなによ。いつもはぐらかしちゃって。大人ね。いっつも逃げるんだから。」

 狐の口がつんととがる。

「逃げることは惡いことではありませんよ。」

「いいえ、惡いわ。恥知らずよ。」

「あら、こんにちは。今日もいらっしゃるのね。狐さん。」

「えぇ。」

 常連さんだ。ふわっとお花の香りがした。何故かしら。石鹸の香りじゃ無いわ。

「部屋のお花が枯れちゃったからまた来たの。」

 常連さんは以前と比べて元氣だった。良かった。

 心の中で思った。心の中で思っただけ。

「どれになさいますか。」

「そうね……」

 狐は考える。

 あの子、最近来てないわね。嫉妬する顔が好きだったのに。つまんない。あたしが花屋を奪ってもいいの?あの子、馬鹿なのにそれなりの顔立ちなのが腹立つわ。

「……ふん。」

 花屋は常連に花束を渡した。

「狐さんって花屋さんの姪なの?毎日ここにいらしてるから。」

「いいえ。僕に兄弟なんていませんよ。」

「でしたら娘さんなのね。ごめんなさいね。勘違いを。」

 男らしい後ろ姿だ。華奢で細見だけどしっかりと芯が通っている。

「いいえ。娘でもございません。僕に妻もいませんよ。」

 常連は美しく眼をかっぴらいた。

「あら、そうだったの。てっきりいらっしゃるのかと……。ごめんなさい。」

「いいえ。大丈夫です。」

 またね。と常連は申し訳なさそうにどこかへ行った。

――――――――――

 夜。虫の音と湿気を含んだ暖かい風が肌を通る。いつもの錢湯の前で私は立ち尽くしていた。

「え、今日、お休み?」

 扉の張り紙には、故障につき本日休業。と筆でデカデカと書かれていた。

「仕方ない。遠くの錢湯行こ……。」

――――――

「ここか……。」

 中は賑やかで繁盛していた。奥さんを待っているお爺さん、子供の世話する親、男湯の暖簾(のれん)を腕押しする人。

「…………。」

 私も風呂敷を持って風呂に入った。

「わぁ……!床が木じゃない。タイルだ。」

「ふふふ。ここは最近造られたんだよ。」

 またふふふと腰の曲がった婆さんは笑った。

「なるほど。これがニュースタイル……」

 学校でお洒落な子達が言っていたハイカラな言葉を使う。使ってみたかった。

 湯に浸かる。

「ふぅ……。良い香り。」

「ふふふ。これはね。入浴剤ってのが入ってるんだよ。」

 婆さんは私の隣に入ってきた。

「……?!に、入浴剤……?」

「そうだよ。入浴剤……。まじないさ。体の疲れを(いや)してくれる。」

 お湯をすくってみる。

「ほ、ほんとだ。何だかよくなってる氣がするわ。」

「ふふふ。そうだろう。肩までちゃーんと使っておきな。」

 そう言って世間話で婆さんと盛り上がった。

「もう出ます。お話樂しかったです。」

「もう出るのかい。こんな婆さんの話を聞いてくれてありがとうなぁ。」

 私はお辞儀して出た。

「いい錢湯だった。」

 いつも行ってる錢湯の方が安いけど、それ相応の価値はあるわね。

 外へ出る。熱くなった体に暑い空気が入る。しかしあまり不快には思わない。夏という感じでがしていい。

「帰ろ。」

 と横を見た。

「こんばんは。」

「花屋さん……!?」

 花屋さんはふふっと笑って、手招きした。その姿すら好きだ。花屋さんに寄る。

「んーだー!!婆さんがいつも遅いにぁ!おーれ()がいっつも待っちょる!」

「なにぃ?あんたが早すぎるんでしょう?!」

 一緒に入った婆さんだ。と、連れの爺さんが二人で錢湯を出た。

「なぁんもする事ないんだぁ!」

「そしたら!新聞でも読んどきなはれ!」

「俺は文字が読めん!」

 すると婆さんはこちらに氣が付いたようだ。ふふふと軽く会釈した。私もつられて会釈した。

「噓つけい!」

 だんだんとディクレッシェンドごとく、小さくなっていった。

 花屋さんの方を向く。ぱらぱらと湿った髪がなびく。

「花屋さん。ここの錢湯に通ってるんですか。」

「いえ、違う方の錢湯に行ってます。今日ちょうど、休みだったので。」

「花屋さんもあそこの錢湯……(あま)の湯ってとこ行ってるの?!」

 重力によって髪の滴がしたたり落ちる。

「はい。もしかして学生さんも?」

「はい!しかし、何年も通ってて一回も会わないなんて不思議ですね。」

 錢湯からの漏れ出した光に照らされている。

「ははは。ほんとですね。お互い気付かないなんて。」

「ふふっ。知らぬ間に会っていたかも。」

 こころが落ち着く。軽い。月の重力よりも、最中よりも、風よりも。体の先の先まで嬉しいがぐっとぐーっと伝わる。

「歩きませんか。家の手前……まで送りますよ。」

「歩きます!ゆっくり行きましょう。」

 うさぎのようにぴょんぴょん歩く。

「花屋さん、花屋さん。」

「何ですか。」

 優しい目で私を見る。そのまま、ずっと私を見ていて。

「今度、お祭りに行きませんか。」

「祭り、ですか。と言ってもまだまだ先じゃありません?」

「はい。先約を取りたいんです。」

 もしかしたら狐に取られるかもしれない。憎たらしい。

「ごめんなさい。」

「え、なんでですか。」

 花屋さんの横顔を見た。首筋を通った水滴が風に当たる。

「学生さんは他の誰かと行ったらどうですか。僕みたいな大人と行ったって面白くありませんよ。」

「私は花屋さんと行きたいんです。一緒に花火見ましょう。」

「友達と行きなさい。その方がよっぽど自分のためになる。学生時代はそう言うものです。」

 花屋さんはどうしてそこまで拒むの。私と一緒は嫌ですか。

「分かりました。」

 仕方なく事実を受け入れた。

「あ、花屋さん。」

 花屋さんの目の前に立つ。花屋さんは腕を組みながら歩みを止めた。

「星が奇麗ですよ。」

 花屋の目に星々が浮かぶ。ふっと目を細めて微笑んだ。

「届かないから奇麗なんですよ。」

浪漫(ロマン)ですね。花屋さんみたい。」

 再び二人、歩く。

「浪漫?僕が?」

「違いますよ。ふふっ。星が花屋さんみたいだなって。」

 それを聞いた花屋さんは照れたり、恥ずかしがらなかった。

「ははは。ありがとうございます。」

「あ、もう着いちゃった。ありがとうございます。送ってくれて。」

 私の家に着いた。

「いいえ。それでは、さようなら。あまり長居してしまうと、前みたいになりますから。」

「ふふっ。そうですね。また会いましょう。さようなら。」

半分くらい終わりました

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