16惡い人
ミーンミンミン
「あつい……。」
強い日差しを遮る影さえ、むあっとくる暑さだ。入道雲が昇る。
「…………。」
お母さんにちゃんと花屋さんの事は弁明できた。良かった。これだけは間違えられたくない。
「あ、あんた。何玄関で寝そべってんだい。帰って来たのなら、手を洗いなさい。」
「だって、暑い、んだもん。」
迫力のあるお母さんだ。私を見下ろしため息をついた。
「早くどきなさい。今日は縁談の人が来るんだから。」
「え、それって、あの人も来るの?」
そんな話、聞いてない。母も私の返事を聞いて戸惑っている。
「ありゃ。言ってなかった?もうおめかしする時間ないねぇ。まぁ、今回は短いしそのままの学生服でいいんじゃない?」
このままだと、だらしがない人って落胆させられるかも。お母さんはそれに氣付いてないし幸運だ。
「うん。そうする。」
学生らしくばっと起き上がり、木の床を鳴らしながら洗面所に行く。
石鹸を取りモクモクと洗う。
「………………。」
石鹸の匂いがする。どちらかと言えば、好きな香りだ。かと言って、大好きかと聞かれたらそれほどでは無い。窓の外からの蝉声を聞きながら、奇麗に磨く。
バシャバシャ
ぬるい。ついでに顔も洗っておく。微妙な水温でも何故だか爽快になる。
「……ふぅ。」
蛇口をひねった。寝ぼけたような視界で手拭いを探す。少し、目に水が入った。痛い。顔についた水滴を拭く。
ガラガラガラ
「えぇ……?もう来たの……。」
今日は学校が午前までだったから、今日を選んだのか。それともたまたまなのか。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします〜。」
声の高い母の声。相手は低くて何を言っているかわからない。
「ここで待っとこ。」
行ったらあいつと過ごさなきゃならない。嫌だ。
「探して来ます〜。」
「…………!」
咄嗟に死角へ隠れる。忍者のようだ。
「あれー、あの子、どこ行った。」
何とか免れた。ほっと胸を撫で下ろす。
次は抜き足差し足忍び足で外に逃げるぞ。
「…………。」
慎重に。
パキッ
床が自己主張する。こんな時に限って。客間にを抜ける。なにか犯罪を犯している気分だ。
スーっと襖が開く。見つかった。
「あ、良かった。いたんだ。」
よりによってこいつに見つかった。へらへら笑ってる。ここで無視しても親に怒られるだけだ。大人しくしてよう。
「もう。どこ行ってたのよ。すみませんねぇ。ほら、あんたも!」
「すみません。」
機械のようにお辞儀した。
「良かったら二人で話したら?ちょうど西瓜もあるの。」
「いいんですか。ありがとうございます。」
にこっと笑いかけられる。
「ね。話そ。」
「…………。」
黙って縁側へ案内した。
チリンチリンミンミンミン
風鈴と蝉が空白を演奏した。
「「………………。」」
私は正座し、相手は胡座をかく。
「はいはいはい。お待ちどう。切っておいた西瓜だよ。たんとお食べ。」
「すみません。ありがとうございます。」
「いいえ。もう、礼儀正しいんだから。」
おほほと母は笑う。そんな母に嫌気がさす。
「「…………。」」
また無言になった。
「なぁ、今日は制服なんだな。」
「…………。」
私は真っ直ぐ朝顔を見た。
「奇麗だよ。月みたい。」
「…………。」
どうせなら花屋さんに言われたかった。花屋さん、今何してるかなぁ。
「なぁ、俺と一緒でいいのか?」
「…………知らない。」
最終的に籍を決定するのは親でしょう?私の氣持ちを知ってどうするの。
「そうか。」
相手も庭の方を眺める。父の手入れが行き届いた庭。
「西瓜、食べよう。せっかくの食べ物が腐る。ほら。」
「いらない。」
西瓜を差し出されても、相手の顔を見なかった。
「えぇ、俺、こんなに食べれない。だから一緒に食べよう。」
「……。」
仕方なく受け取った。
一口食べる。
シャク
水分が果肉の半分くらい出てきた。しかしこの西瓜は瓜の味があまりしない。それでも果実全般は好き。
「美味しいな。」
好きと言う感情を抑えながら食べていった。
「随分と美味しそうに食べるね。」
「……!そんな事、ない。」
抑えてたのに。バレてしまうなんて。
「ははっ。」
笑わないでよ。虫唾が走る。
「ついてるよ。」
相手は前屈みで私に近寄ってくる。何するの、触れないで。
「あぁ、そこだよ。」
相手は残念そうに手を落とす。自分で取れるわ。こんなことぐらい。
「……あのさ、」
相手が口開く。暑い日差しを見ながら。
「前、泣いちゃっただろ。俺が無理矢理花屋に連れて行っちゃったから。」
蝉の声がうるさい。
「あれからずっと後悔してて。傷つけたこと。悔やんで悔やんでやっと今日会えたと思ったら、」
風鈴がうるさい。
「俺のこと、避けてるって感じた。」
風がうるさい。
「だから、だからね。今日、謝りに来たんだ。」
「ごめんね。」
花屋さんに教わった。
――自分にも惡いところがあったはず。それを相手は怒っているのでしょう。
やめて。
――あとは言葉にするだけです。一番難しいかもしれませんが、大丈夫。貴方ならできますよ。
私の好きな人と被せないでよ。
――ごめんね、と。
貴方は惡い人じゃなきゃ駄目なの。
「…………。」
「ごめんね。許さなくてもいい。」
「そんな事、どうでもいい。」
「そ、そう?良かった。」
何でよ。こんなに私は貴方に惡いことをしているのに、なんで、なんで、
「なんで、貴方は良い人なの。」
「え。」
「私、こんなに貴方に酷いことしてるのよ。貴方にそっけなくしてるのよ。なんで、なんで、怒らないの。」
蝉が泣き止む。もう時期雨が降る。
「……えっと、俺は、」
ドンドン
母だ。
「あら、もうこんなに食べたの?もうそろそろお帰りになるって。雨が降る前にね。」
何事もなかったように定位置に座る。
「じゃあ、またね。」
私ごときに次があるのだろうか。