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遠くの花屋  作者: あ行
梅雨
13/39

13雨

「うーん、」

 買い物帰りに古本屋で花の本を読んでいた。

「…………。」

 花屋さんにもっと近づきたいから読み始めたが、難しい語句ばかりで全くもってさっぱりだ。

 もういいや。花屋さんに聞こ。

 本を買うお金もない。店を出る。まいどーっと店主の声が聞こえたが学生には聞こえていない。

「……あ、」

 ここの本屋は公園に続く道がある。本当はもう帰ろうかと思っていたけど、花の実物を見たら何か分かるかもしれない。

――――――――

「……綺麗。」

 蒸し暑いことを忘れるほど、綺麗な白い花が咲いていた。

「これ、なんて言う花かな。」

 白いから白い花?…………。安直すぎるか。

 庭のような道を進む。

「あ、これは紫陽花……!」

 紫陽花くらいは分かった。粒々とした、まりのような花が可愛らしい。

「……花屋さんが言っていた子紫陽花って言うのはこれかな。」

 そっと花に触れた。

「うーん。けど、香りなんかしないわ。」

 学生は楽しくなってどんどん奥へ進む。

「他の花はないかな。」

 スキップでもしたい気分だ。

「それにしても今日、雨が降りそうで降らない天気ね。猫みたい。」

 誰もいないので独り言もへっちゃらだ。

「……!」

 さっと物陰に隠れた。

「…………。」

 ひょこっと半分だけ顔を出す。

「……熱々だ。」

 夫婦が二人椅子に座っていた。

「………………。」

 じーっと見てしまう。大人だ。あれがあぁして、えー!!、

「私も、花屋さんと……?!」

 椿のように赤くなる。

「僕と?」

「……え、花屋さん!?」

 振り向くと、花田色(はなだいろ)の着物を着た花屋さんがいた。

 見られた?!聞かれた!!

「何で、え、ここに、どこから、今の、聞いてました?私、」

 色々と口滑ってしまいそうだ。

「ははは。落ち着いてください。驚かせてしまってごめんなさい。」

「…………、」

 学生は風呂を沸かしたみたいだ。

「どこから、見てました?」

「えぇっと、」

 花屋さんはあからさまに目を逸らす。

 全部見られてる!恥ずかしい、

「ほんの出来心だったんです。」

 犯人のような口調だ。

「……?何がです。」

 あれ、どこまで見てたの?余計な事言っちゃった?

「え、」

 慌てて何故か後ろの夫婦を見てしまった。まだ揚げたての天ぷらのように、熱々だ。

「……あぁ。」

「だって、私もあんな風になるのかなぁって思ってしまって。調べていたと言うか。」

 何言ってるんだ!私!

「とにかく、忘れてください!」

「……あ、」

 この場から逃げた。

――――――――――

「あぁ、またあんな事しちゃった。」

 必死に走っていると四阿(あずまや)にたどり着いた。ここで一人反省する。

「花屋さん、ごめんなさい。直さなきゃなぁ。」

 ぽつぽつ

「え、噓……。」

 空から雨が降る。

 大丈夫、数十分経てば止むでしょ。

「花屋さん、過去に、何があったんだろ。」

 夏の雨の匂いがする。

「友達と喧嘩とか……?」

 睡蓮(すいれん)は学生の話を聞く。

「知りたい。」

 花屋さんの全てを。何か犠牲になっても、花屋さんだけは好きでありたい。あわよくば、私が花屋さんにとっての一番でありたい。

「また縁談か。嫌だな。」

 相手に言えない。花屋さんの事が好きなんて。

「なんで、お母さんは私の、私の、」

――あんた、今日はあんたの好きな柿、買ってきたよ。

「…………。」

 でも親だから。

――あんた、どうしたの怪我しちゃって。こっち来なさい。

 期待をしてしまう。

――あんたはいい子だね。自慢の娘だよ。

 根から善い人なんだと。

「雨、止まないな。」

 ますます本降りになっている。

 買い物袋が揺れる。

「…………。」

 このまま(うち)に帰らず、心配をかけようか。そうしたら、優しくしてくれるかな。

「……いや、それはないか。」

「学生さん。」

 トントンと肩をたたかれる。

「え、花屋さん?何故ここに?帰ったんじゃ……」

「傘、持ってなかったでしょう。」

「えぇ。」

 花屋さんは少し雨に濡れていた。髪が程よく濡れている。

「なので近くの店先で買ってきました。帰りましょう。」

「――。」

 雨音に紛れて言う。花屋さんはただ笑っていた。

「良いんですか。ありがとう。花屋さんはどこまでも優しいですね。」

「そうですか。」

「えぇ。地球の裏側まで!」

「ははは。それは頼もしい。」

 学生は下を見つめる。

「けど、もうちょっとここで休みませんか。」

「……良いですよ。」

 花屋さんに色々聞きたい。

「お時間大丈夫ですか。」

「えぇ。」

 柵に肘つく。花屋さんの方がひょこっと背が高い。それに仕切りが狭いのでいつもより近い。

「花屋さん。」

「はい。何でしょう。」

「私のお母さん、私の意見を聞いてくれないの。」

 花屋さんは池の方を眺める。

「ずっと私の氣持ち分かったつもりでいるの。本当に嫌。もう家を出たい。」

「それでは、お嫁さんになるのですか。」

 縁談と目の前にいる花屋さんを思い浮かべた。

「えぇ。何でもできるお嫁さんに。」

「きっとなれますよ。」

 花屋さんは雨の中でも咲いた。

「本当?好きな人となれますか。」

「ははは。それは分かりません。僕は神様ではないので。」

「ふふっ。そうですね。」

 雨音が心地よい。いつまでも一定な雨音に。

「そろそろ行きませんか。」

「はい。」

 花屋さんを見上げる。好きな人と相合傘?

 花屋さんはぱっと傘を咲かせる。

「少し、小さいですが。」

「ありがとう。」

 帰り道を辿る。

「花屋さん、」

 近い花屋さんを見上げる。鼓動がとくとく鳴る。

「雨が降っていますね。」

「えぇ。長い梅雨ですね。」

 花屋は取手を強く握る。

「……はい。そうですね。」

 花屋さんと私の一歩。

「…………。」

 二人の間に奇妙な距離が空く。

「わっと、」

 花屋は傘を残して学生を避けた。

「大丈夫ですか。」

 同時に花屋は反対の手で学生を受け止めた。

「ごめんなさい。ありがとう。」

「いいえ。滑りやすいので気をつけてくださいね。」

「はい。分かりました。」

 もう着いてしまった。

「ここです。私の家。送ってくれてありがとうございます。」

「いいえ。早く(うち)に入って水滴を拭ってください。風邪を引くと困りますから。」

 幸せな時間だった。脳の裏に今親に見つかったらという怯えた自分がいる。

「花屋さん!肩、すごく濡れてますよ。」

「あぁ、本当ですね。」

「ごめんなさい。私のせいで。」

「いいえ。大丈夫です。」

「私の家に入りますか。」

 花屋は硬直した。

「だ、」

「入ってください。私が惡いのですから。」

睡蓮→優しさ

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