13雨
「うーん、」
買い物帰りに古本屋で花の本を読んでいた。
「…………。」
花屋さんにもっと近づきたいから読み始めたが、難しい語句ばかりで全くもってさっぱりだ。
もういいや。花屋さんに聞こ。
本を買うお金もない。店を出る。まいどーっと店主の声が聞こえたが学生には聞こえていない。
「……あ、」
ここの本屋は公園に続く道がある。本当はもう帰ろうかと思っていたけど、花の実物を見たら何か分かるかもしれない。
――――――――
「……綺麗。」
蒸し暑いことを忘れるほど、綺麗な白い花が咲いていた。
「これ、なんて言う花かな。」
白いから白い花?…………。安直すぎるか。
庭のような道を進む。
「あ、これは紫陽花……!」
紫陽花くらいは分かった。粒々とした、まりのような花が可愛らしい。
「……花屋さんが言っていた子紫陽花って言うのはこれかな。」
そっと花に触れた。
「うーん。けど、香りなんかしないわ。」
学生は楽しくなってどんどん奥へ進む。
「他の花はないかな。」
スキップでもしたい気分だ。
「それにしても今日、雨が降りそうで降らない天気ね。猫みたい。」
誰もいないので独り言もへっちゃらだ。
「……!」
さっと物陰に隠れた。
「…………。」
ひょこっと半分だけ顔を出す。
「……熱々だ。」
夫婦が二人椅子に座っていた。
「………………。」
じーっと見てしまう。大人だ。あれがあぁして、えー!!、
「私も、花屋さんと……?!」
椿のように赤くなる。
「僕と?」
「……え、花屋さん!?」
振り向くと、花田色の着物を着た花屋さんがいた。
見られた?!聞かれた!!
「何で、え、ここに、どこから、今の、聞いてました?私、」
色々と口滑ってしまいそうだ。
「ははは。落ち着いてください。驚かせてしまってごめんなさい。」
「…………、」
学生は風呂を沸かしたみたいだ。
「どこから、見てました?」
「えぇっと、」
花屋さんはあからさまに目を逸らす。
全部見られてる!恥ずかしい、
「ほんの出来心だったんです。」
犯人のような口調だ。
「……?何がです。」
あれ、どこまで見てたの?余計な事言っちゃった?
「え、」
慌てて何故か後ろの夫婦を見てしまった。まだ揚げたての天ぷらのように、熱々だ。
「……あぁ。」
「だって、私もあんな風になるのかなぁって思ってしまって。調べていたと言うか。」
何言ってるんだ!私!
「とにかく、忘れてください!」
「……あ、」
この場から逃げた。
――――――――――
「あぁ、またあんな事しちゃった。」
必死に走っていると四阿にたどり着いた。ここで一人反省する。
「花屋さん、ごめんなさい。直さなきゃなぁ。」
ぽつぽつ
「え、噓……。」
空から雨が降る。
大丈夫、数十分経てば止むでしょ。
「花屋さん、過去に、何があったんだろ。」
夏の雨の匂いがする。
「友達と喧嘩とか……?」
睡蓮は学生の話を聞く。
「知りたい。」
花屋さんの全てを。何か犠牲になっても、花屋さんだけは好きでありたい。あわよくば、私が花屋さんにとっての一番でありたい。
「また縁談か。嫌だな。」
相手に言えない。花屋さんの事が好きなんて。
「なんで、お母さんは私の、私の、」
――あんた、今日はあんたの好きな柿、買ってきたよ。
「…………。」
でも親だから。
――あんた、どうしたの怪我しちゃって。こっち来なさい。
期待をしてしまう。
――あんたはいい子だね。自慢の娘だよ。
根から善い人なんだと。
「雨、止まないな。」
ますます本降りになっている。
買い物袋が揺れる。
「…………。」
このまま家に帰らず、心配をかけようか。そうしたら、優しくしてくれるかな。
「……いや、それはないか。」
「学生さん。」
トントンと肩をたたかれる。
「え、花屋さん?何故ここに?帰ったんじゃ……」
「傘、持ってなかったでしょう。」
「えぇ。」
花屋さんは少し雨に濡れていた。髪が程よく濡れている。
「なので近くの店先で買ってきました。帰りましょう。」
「――。」
雨音に紛れて言う。花屋さんはただ笑っていた。
「良いんですか。ありがとう。花屋さんはどこまでも優しいですね。」
「そうですか。」
「えぇ。地球の裏側まで!」
「ははは。それは頼もしい。」
学生は下を見つめる。
「けど、もうちょっとここで休みませんか。」
「……良いですよ。」
花屋さんに色々聞きたい。
「お時間大丈夫ですか。」
「えぇ。」
柵に肘つく。花屋さんの方がひょこっと背が高い。それに仕切りが狭いのでいつもより近い。
「花屋さん。」
「はい。何でしょう。」
「私のお母さん、私の意見を聞いてくれないの。」
花屋さんは池の方を眺める。
「ずっと私の氣持ち分かったつもりでいるの。本当に嫌。もう家を出たい。」
「それでは、お嫁さんになるのですか。」
縁談と目の前にいる花屋さんを思い浮かべた。
「えぇ。何でもできるお嫁さんに。」
「きっとなれますよ。」
花屋さんは雨の中でも咲いた。
「本当?好きな人となれますか。」
「ははは。それは分かりません。僕は神様ではないので。」
「ふふっ。そうですね。」
雨音が心地よい。いつまでも一定な雨音に。
「そろそろ行きませんか。」
「はい。」
花屋さんを見上げる。好きな人と相合傘?
花屋さんはぱっと傘を咲かせる。
「少し、小さいですが。」
「ありがとう。」
帰り道を辿る。
「花屋さん、」
近い花屋さんを見上げる。鼓動がとくとく鳴る。
「雨が降っていますね。」
「えぇ。長い梅雨ですね。」
花屋は取手を強く握る。
「……はい。そうですね。」
花屋さんと私の一歩。
「…………。」
二人の間に奇妙な距離が空く。
「わっと、」
花屋は傘を残して学生を避けた。
「大丈夫ですか。」
同時に花屋は反対の手で学生を受け止めた。
「ごめんなさい。ありがとう。」
「いいえ。滑りやすいので気をつけてくださいね。」
「はい。分かりました。」
もう着いてしまった。
「ここです。私の家。送ってくれてありがとうございます。」
「いいえ。早く家に入って水滴を拭ってください。風邪を引くと困りますから。」
幸せな時間だった。脳の裏に今親に見つかったらという怯えた自分がいる。
「花屋さん!肩、すごく濡れてますよ。」
「あぁ、本当ですね。」
「ごめんなさい。私のせいで。」
「いいえ。大丈夫です。」
「私の家に入りますか。」
花屋は硬直した。
「だ、」
「入ってください。私が惡いのですから。」
睡蓮→優しさ