12本当に
「花屋さーん!」
私は貴方のあだ名を呼んだ。
「…………。」
物音がしない。まだ旅行から帰ってきてないかも。手紙を読んで三日経ったのに。けどもう一度、
「花屋さーん!」
しーんと静まりかえっている。
「…………いないか。」
帰ろうとした刹那、
ガタッ
「……?花屋さん?」
二階からもの凄い痛そうな音が聞こえた。
ガラガラ
窓が開く。
「あぁ、学生さん。少し待ってください。」
「……は、はい。」
花屋さんはいつも通り笑顔だった。花屋さんを待つ。
「来てくれたのですね。」
「えぇ。それにしても、部屋の中で何かありましたか。すごい音がしたので。」
「……あぁ、聞こえていたのですか。」
花屋さんは口元を隠し、何もない横へ眼をずらした。
「恥ずかしい。」
小さい声で本音を漏らす。学生には聞こえていないようだ。
「えぇっとあれは、下の座布団に気付かず、そのまま足を引っかけて転んでしまったのです。多分その音かと。」
「大丈夫?」
「……、」
「えぇ。」
それはそうと、と言いながら、
「土産です。カステラという西洋の菓子だそうで、旅行先の名物でもありました。どうぞ、ご家族の方とお召し上がりください。」
「……!!いいんですか?いかにも、高級って感じですよ?!」
「はい。どうぞ。」
花屋さんから受け取る。
「ありがとう!」
「いいえ。ほんの氣持ちです。」
学生は宝のように四方八方から土産を見上げた。
「かすてら……?っていう名前は一度、聞いたことがあるのですが、実物は初めてです。」
「そうですか?」
「はい。うちの親があまり西洋菓子などは買ってくれないので。煎餠や餠ばかり。」
幼い子供がビー玉を眺めているようだ。
「ははは。そうなんですね。」
――――――――――
「花屋さん、ご友人方に会えましたか。」
「…………。」
花屋さんは答えなかった。なぜだろう。
「樂しかったですか。」
「えぇ。」
花屋さんは笑った。頬を赤らめて嬉しそうにはしない。
「そのお二方って、一緒の所に住んでいるの?」
「えぇ。」
「家もですか。」
目の前の私を遠く見つめた。
「はい。夫婦です。」
「へぇ。そうなんですね。夫婦とか憧れます。」
「そうですか。二人は」
「いい夫婦ですよ。」
あ、そうだ。
「花屋さん、お手紙ありがとう。ちゃんと見ました。」
「あぁ、良かったです。」
大人の笑いだ。
「猫の話とか、紫陽花とか。読んでて心が軽くなりました。」
花屋さん。私に何か隠してる?
「そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです。」
隠してるなら言って欲しい。
「花屋さん、」
「何ですか。」
人間らしくない。
「本当に、ご友人方と会いましたか。」
「……何故、」
花屋さん、私の目を見て。
「何故そう思ったのですか。」
「だって、手紙にご友人方の事が一言も書いていなかったもの。」
遠くを見ないで。
「……。」
言葉を紡いで。
「本当に行きましたか。」
「……貴方は本当に僕を困らせますね。」
私を見る。気泡のように淡い。
「行きませんでした。」
「……、」
私は驚いて何も言えなかった。
「行けなかったんです。」
「いけなかった……?」
切なく微笑む。今は花屋さんしか見えない。
「はい。僕はあそこには行けない。」
「何で、」
なんで。
「…………。」
花屋さんは俯く。悲惨な過去を見透かす。
「何で、あんなに…………、たのしそうに、して……いたのに、なんで、」
「……僕は」
言葉が脳を刺す。
「勇気がなかった。今行っても相応しい人間なのか、見当がつかなかったんです。あそこに行くと、後悔が僕を襲う。」
「…………ぇ、」
頭が言葉でいっぱいだ。一度外れてしまうと、溢れかえって相手を溺れさせてしまう。
「花屋さん……過去に、何が……あったんですか、」
「僕は、弱い人なんです。」
そんな顔させるつもりはなかった。ごめんなさい。
「これ以上は言えません。」
「分かりました。」
花屋さん、何があったの。