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遠くの花屋  作者: あ行
梅雨
12/39

12本当に

「花屋さーん!」

 私は貴方のあだ名を呼んだ。

「…………。」

 物音がしない。まだ旅行から帰ってきてないかも。手紙を読んで三日経ったのに。けどもう一度、

「花屋さーん!」

 しーんと静まりかえっている。

「…………いないか。」

 帰ろうとした刹那、

 ガタッ

「……?花屋さん?」

 二階からもの凄い痛そうな音が聞こえた。

 ガラガラ

 窓が開く。

「あぁ、学生さん。少し待ってください。」

「……は、はい。」

 花屋さんはいつも通り笑顔だった。花屋さんを待つ。

「来てくれたのですね。」

「えぇ。それにしても、部屋の中で何かありましたか。すごい音がしたので。」

「……あぁ、聞こえていたのですか。」

 花屋さんは口元を隠し、何もない横へ眼をずらした。

「恥ずかしい。」

 小さい声で本音を漏らす。学生には聞こえていないようだ。

「えぇっとあれは、下の座布団に気付かず、そのまま足を引っかけて転んでしまったのです。多分その音かと。」

「大丈夫?」

「……、」


「えぇ。」

 それはそうと、と言いながら、

「土産です。カステラという西洋の菓子だそうで、旅行先の名物でもありました。どうぞ、ご家族の方とお召し上がりください。」

「……!!いいんですか?いかにも、高級って感じですよ?!」

「はい。どうぞ。」

 花屋さんから受け取る。

「ありがとう!」

「いいえ。ほんの氣持ちです。」

 学生は宝のように四方八方から土産を見上げた。

「かすてら……?っていう名前は一度、聞いたことがあるのですが、実物は初めてです。」

「そうですか?」

「はい。うちの親があまり西洋菓子などは買ってくれないので。煎餠(せんべい)や餠ばかり。」

 幼い子供がビー玉を眺めているようだ。

「ははは。そうなんですね。」

――――――――――

「花屋さん、ご友人方に会えましたか。」

「…………。」

 花屋さんは答えなかった。なぜだろう。

「樂しかったですか。」

「えぇ。」

 花屋さんは笑った。頬を赤らめて嬉しそうにはしない。

「そのお二方って、一緒の所に住んでいるの?」

「えぇ。」

「家もですか。」

 目の前の私を遠く見つめた。

「はい。夫婦です。」

「へぇ。そうなんですね。夫婦とか憧れます。」

「そうですか。二人は」


「いい夫婦ですよ。」

 あ、そうだ。

「花屋さん、お手紙ありがとう。ちゃんと見ました。」

「あぁ、良かったです。」

 大人の笑いだ。

「猫の話とか、紫陽花とか。読んでて心が軽くなりました。」

 花屋さん。私に何か隠してる?

「そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです。」

 隠してるなら言って欲しい。

「花屋さん、」

「何ですか。」

 人間らしくない。

「本当に、ご友人方と会いましたか。」

「……何故、」

 花屋さん、私の目を見て。

「何故そう思ったのですか。」

「だって、手紙にご友人方の事が一言も書いていなかったもの。」

 遠くを見ないで。

「……。」

 言葉を紡いで。

「本当に行きましたか。」

「……貴方は本当に僕を困らせますね。」

 私を見る。気泡のように淡い。

「行きませんでした。」

「……、」

 私は驚いて何も言えなかった。

「行けなかったんです。」

「いけなかった……?」

 切なく微笑む。今は花屋さんしか見えない。

「はい。僕はあそこには行けない。」

「何で、」

 なんで。

「…………。」

 花屋さんは俯く。悲惨な過去を見透かす。

「何で、あんなに…………、たのしそうに、して……いたのに、なんで、」

「……僕は」

 言葉が脳を刺す。

「勇気がなかった。今行っても相応しい人間なのか、見当がつかなかったんです。あそこに行くと、後悔が僕を襲う。」

「…………ぇ、」

 頭が言葉でいっぱいだ。一度外れてしまうと、溢れかえって相手を溺れさせてしまう。

「花屋さん……過去に、何が……あったんですか、」

「僕は、弱い人なんです。」

 そんな顔させるつもりはなかった。ごめんなさい。

「これ以上は言えません。」

「分かりました。」

 花屋さん、何があったの。

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