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遠くの花屋  作者: あ行
梅雨
10/39

10汽車

「それでは留守番、お願いします。」

 花屋は隣人と話していた、

「はい、泥棒なんて、刀でやっちけてやりましゃ!」

「はは。」

 愛想笑いで花屋はぺこりとお辞儀して、学生の方へ振り返った。

「花屋さん、行きましょ。」

「はい。」

――――――――

「…………、」

 今日の花屋さん、なんだか雰囲気が違う。一段と大人だ。帽子をかぶっているからだろうか。それに羽織りが見た事ない上等物だ。

「何ですか。僕の顔に何かついていますか。」

「え、私、そんなに花屋さんの……」

 途端に目が合った。ごもごもと口を動かす。

「ははは。ゆっくり行きましょうか。」

――――――

「花屋さん、今日はお洒落してるんですね。」

「はい。どうですか。似合ってますか。」

 人混みに紛れて会話する。

「はい。かっこいいです。」

「そうですか、」

 花屋さんは胸に手を当て、私に笑った。

「ありがとう。」

 私はその笑顔に惚れた。この笑顔はずっと忘れない。絶対に。

「襖の物置きから引っ張り出したかいがありました。」

「ふふ。」

「なぜ笑うのです。」

「だって、花屋さんが襖に体を入れているなんて。」

「ははは。それは、滑稽でしたね。」

「ふふふっ。」

 幸せだ。こうしていつまでも一緒にいたい。貴方の隣に居たい。

「…………。」

 途端に表情が止まる。

 あれ、これって他の人から見たら夫婦だって思われてるかも。

 そう意識すればするほど、人目が氣になった。

「人が多くなってきましたね。僕から離れないようにって、そこまで学生さんは小さな子供じゃないですね。」

「いいえ。花屋さんからしたら、私はまだ子供でしょう。」

 自然と二人の距離が近付く。

「…………。」

 心臓がバクバクと鳴る。きゅーっと頭が熱くなる。なんとも言えない血流が全身に吹き込む。花屋さんをちらっと見上げる。

「……かっこいい。」

 雑踏にまぎれて花屋さんには聞こえていない。多分。

 鼻筋が通っていて、まつ毛も長く、顎の線も申し分ない。まさに美顔だ。

「おっと、」

 花屋さんが私に寄りかかる。

「……!!」

 手が触れた。

「ごめんね。」

「い、いえ、だ、だ、大丈夫……です、」

 今、触れた?、私、花屋さん、え、手が、好きな人の、好きだ、好きな、

「あぁ、菓子屋にちょっとよっても良いですか。」

「はい。行きましょう。」

 店の隅で花屋さんを待つ。

「はぁい。何にござんしょう。」

 花屋さんは何か色々買っているようだ。

 じーっと花屋さんを見てしまう。好きだと相手にバレてしまう。いっそのことバレて私を好きになって欲しい。

「…………。」

 花屋さんは何か愛想笑いして、手で否定していた。

 何話してるんだろう。随分と、盛り上がっている。

 ちらっと店主がこちらを見る。ニマニマして。次に、花屋さんの肩をバシンと叩いた。花屋さんは困り眉で笑っている。

「やぁやぁ、遅くなってしまいました。ごめんなさい。」

「いいえ。全然そんなの氣にしてないですよ。何を話していたの?」

 花屋さんは突然目を(そら)に通す。

「えぇ、他愛ない話です。」

 花屋さんはそれ以上何も言わなかった。

「焼き団子、買ったんです。外の椅子で食べませんか。」

「ぜひ、食べましょう!」

 意気揚々と足もるんるんで店を出ようとした。甘いものなんて久しぶりだ。

「そこの人!」

 店主は私たちを呼び止めた。くるりと花屋さんは後ろを向く。

「ご(えん)がありますように!」

「ははは。」

 ぺこっと帽子で会釈し、外を出た。

「どうぞ、たくさん食べてください。」

「ありがとう。良いんですか。貰っちゃって。」

「はい、どうぞ。」

 ありがたく頂くことにした。

「花屋さん。」

「はい。何ですか。」

 花屋さんは私を見下ろした。太陽の陽に照らされている。

「こんなにのんびりしてて良いんですか。」

「えぇ。大丈夫です。」

 花屋さんはあっと口を開け団子を頬張った。

「ご友人さん、きっと待ってらっしゃるわ。」

「そうですね。待っていると良いんですが。」

「……?それってもしかして、今から行くこと伝えてないんですか。」

 花屋さんはもう一つは食べた。

「どうでしょう。」

「仲良しなんですね。」

 花屋さんはあっと口を開けるのを止めた。

「どうして。」

「急に来ても面倒がらない、いつでも歓迎してくれるってことですもの。」

「はは。そうですね。」

「良いご友人さんですね。」

「えぇ。」

 また団子を食した。

「あぁ、そうだ。花屋さん。私、前から花屋さんと手紙交換したいって思ってたの。」

「交換?」

「はい。だからこれ、書いてきました。」

 花屋は便箋を受け取った。

「お返事、待ってますね。」

「ははは。良いですよ。書きますね。」

「……けど。」

 学生は下を向く。

「忙しかったらいいです。旅行第一でお願いします。」

「あぁ、分かりました。しかしあまり多忙ではないと思うのでお返事書きますよ。」

「ほんと。」

「はい。ほんと、です。」

――――――――――

 とうとう駅に着いてしまった。

「ここでお別れですね。」

「はい。樂しんで来てください。土産話もたくさん聞かせて。」

「分かりました。では、行ってきます。」

 花屋さんは階段を登る。

 行ってしまう。これから、一週間会えない。

「あ、待って。」

 花屋さんは階段途中で止まった。

「…………。」

 花屋さんは私を見た。

「…………。」

 学生さんは僕を見た。

「「……………………。」」

 二人の空間で、見つめ合った。

「どうされましたか。」

 最初に花屋さんが口を開く。

「えぇっと、」

 どうしよう。その先のことなんか考えずに言ってしまった。

「大丈夫です。」

 花屋さんは目を細めて笑う。

「大丈夫。僕は必ずここに帰ってきます。」

 花屋さんはずいっと下を向く私に近づいた。

「お別れではないんですから、そう俯かないで。」

「……はい。」

 ちかい、ちかすぎる、

「そう。前を向いて。そうしたら、きっと、」

「花屋さん、」

 無理に笑っている。

「きっと。美しい花に出会えます。」

「…………、」

 そんなに心配しないで。

「それでは。さようなら。」

「はい。お怪我をなさらずに。」

 僕は必ず帰って来ます。

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