10汽車
「それでは留守番、お願いします。」
花屋は隣人と話していた、
「はい、泥棒なんて、刀でやっちけてやりましゃ!」
「はは。」
愛想笑いで花屋はぺこりとお辞儀して、学生の方へ振り返った。
「花屋さん、行きましょ。」
「はい。」
――――――――
「…………、」
今日の花屋さん、なんだか雰囲気が違う。一段と大人だ。帽子をかぶっているからだろうか。それに羽織りが見た事ない上等物だ。
「何ですか。僕の顔に何かついていますか。」
「え、私、そんなに花屋さんの……」
途端に目が合った。ごもごもと口を動かす。
「ははは。ゆっくり行きましょうか。」
――――――
「花屋さん、今日はお洒落してるんですね。」
「はい。どうですか。似合ってますか。」
人混みに紛れて会話する。
「はい。かっこいいです。」
「そうですか、」
花屋さんは胸に手を当て、私に笑った。
「ありがとう。」
私はその笑顔に惚れた。この笑顔はずっと忘れない。絶対に。
「襖の物置きから引っ張り出したかいがありました。」
「ふふ。」
「なぜ笑うのです。」
「だって、花屋さんが襖に体を入れているなんて。」
「ははは。それは、滑稽でしたね。」
「ふふふっ。」
幸せだ。こうしていつまでも一緒にいたい。貴方の隣に居たい。
「…………。」
途端に表情が止まる。
あれ、これって他の人から見たら夫婦だって思われてるかも。
そう意識すればするほど、人目が氣になった。
「人が多くなってきましたね。僕から離れないようにって、そこまで学生さんは小さな子供じゃないですね。」
「いいえ。花屋さんからしたら、私はまだ子供でしょう。」
自然と二人の距離が近付く。
「…………。」
心臓がバクバクと鳴る。きゅーっと頭が熱くなる。なんとも言えない血流が全身に吹き込む。花屋さんをちらっと見上げる。
「……かっこいい。」
雑踏にまぎれて花屋さんには聞こえていない。多分。
鼻筋が通っていて、まつ毛も長く、顎の線も申し分ない。まさに美顔だ。
「おっと、」
花屋さんが私に寄りかかる。
「……!!」
手が触れた。
「ごめんね。」
「い、いえ、だ、だ、大丈夫……です、」
今、触れた?、私、花屋さん、え、手が、好きな人の、好きだ、好きな、
「あぁ、菓子屋にちょっとよっても良いですか。」
「はい。行きましょう。」
店の隅で花屋さんを待つ。
「はぁい。何にござんしょう。」
花屋さんは何か色々買っているようだ。
じーっと花屋さんを見てしまう。好きだと相手にバレてしまう。いっそのことバレて私を好きになって欲しい。
「…………。」
花屋さんは何か愛想笑いして、手で否定していた。
何話してるんだろう。随分と、盛り上がっている。
ちらっと店主がこちらを見る。ニマニマして。次に、花屋さんの肩をバシンと叩いた。花屋さんは困り眉で笑っている。
「やぁやぁ、遅くなってしまいました。ごめんなさい。」
「いいえ。全然そんなの氣にしてないですよ。何を話していたの?」
花屋さんは突然目を虛に通す。
「えぇ、他愛ない話です。」
花屋さんはそれ以上何も言わなかった。
「焼き団子、買ったんです。外の椅子で食べませんか。」
「ぜひ、食べましょう!」
意気揚々と足もるんるんで店を出ようとした。甘いものなんて久しぶりだ。
「そこの人!」
店主は私たちを呼び止めた。くるりと花屋さんは後ろを向く。
「ご緣がありますように!」
「ははは。」
ぺこっと帽子で会釈し、外を出た。
「どうぞ、たくさん食べてください。」
「ありがとう。良いんですか。貰っちゃって。」
「はい、どうぞ。」
ありがたく頂くことにした。
「花屋さん。」
「はい。何ですか。」
花屋さんは私を見下ろした。太陽の陽に照らされている。
「こんなにのんびりしてて良いんですか。」
「えぇ。大丈夫です。」
花屋さんはあっと口を開け団子を頬張った。
「ご友人さん、きっと待ってらっしゃるわ。」
「そうですね。待っていると良いんですが。」
「……?それってもしかして、今から行くこと伝えてないんですか。」
花屋さんはもう一つは食べた。
「どうでしょう。」
「仲良しなんですね。」
花屋さんはあっと口を開けるのを止めた。
「どうして。」
「急に来ても面倒がらない、いつでも歓迎してくれるってことですもの。」
「はは。そうですね。」
「良いご友人さんですね。」
「えぇ。」
また団子を食した。
「あぁ、そうだ。花屋さん。私、前から花屋さんと手紙交換したいって思ってたの。」
「交換?」
「はい。だからこれ、書いてきました。」
花屋は便箋を受け取った。
「お返事、待ってますね。」
「ははは。良いですよ。書きますね。」
「……けど。」
学生は下を向く。
「忙しかったらいいです。旅行第一でお願いします。」
「あぁ、分かりました。しかしあまり多忙ではないと思うのでお返事書きますよ。」
「ほんと。」
「はい。ほんと、です。」
――――――――――
とうとう駅に着いてしまった。
「ここでお別れですね。」
「はい。樂しんで来てください。土産話もたくさん聞かせて。」
「分かりました。では、行ってきます。」
花屋さんは階段を登る。
行ってしまう。これから、一週間会えない。
「あ、待って。」
花屋さんは階段途中で止まった。
「…………。」
花屋さんは私を見た。
「…………。」
学生さんは僕を見た。
「「……………………。」」
二人の空間で、見つめ合った。
「どうされましたか。」
最初に花屋さんが口を開く。
「えぇっと、」
どうしよう。その先のことなんか考えずに言ってしまった。
「大丈夫です。」
花屋さんは目を細めて笑う。
「大丈夫。僕は必ずここに帰ってきます。」
花屋さんはずいっと下を向く私に近づいた。
「お別れではないんですから、そう俯かないで。」
「……はい。」
ちかい、ちかすぎる、
「そう。前を向いて。そうしたら、きっと、」
「花屋さん、」
無理に笑っている。
「きっと。美しい花に出会えます。」
「…………、」
そんなに心配しないで。
「それでは。さようなら。」
「はい。お怪我をなさらずに。」
僕は必ず帰って来ます。