1はな
ゆっくりペースで進みます。
「こんにちは。花屋さん。」
ジョウロで花に水をあげていた手が止まる。そして花屋はこちらを向いた。
「こんにちは。」
笑顔で答えてくれた。昼日が眩しい。
「花屋さん。」
藍色の着物姿で私を見る。
「何ですか。」
「今日の調子はどうですか。」
花屋は霞色の空に眼を写す。私より背が高いから、花屋さんの方が空に近い。少しずるい。
「今日ですか。今日は桜が綺麗ですね。」
「違います。私は花屋さんの事を聞いてるんです。」
ムッと口をへの字にし怒る。花屋さんは困り眉で口開く。
「ははは。困りましたね。僕はご覧の通り元気ですよ。」
「良かった。私もご覧の通り、」
学校の手提げ鞄を持って、手を開く。
「元気です!」
「はは、元気で何よりです。学生はそうでなければ。それはそうと、」
花屋さんは私の鞄を指差す。ごつごつしている男らしい手だ。
「重くないのですか。その鞄。学校帰りですか。」
「はい。花屋さんの所に一直線で来ました!」
「寄り道ですか。僕も学生の時によくしたものです。しかし女の子が、余り外をぶらついていると危ないですよ。」
花屋さんのそう言うところが私は好きだった。
「ふふっ。大丈夫です。花屋さんのところしか行かないので。」
「僕も男です。お嬢さんに何をするか分かりませんよ。」
どきっとする。花屋さんは冗談半分で言っているようだ。けど、私にはそう聞こえない。
「花屋さんになら何してもらっても、嬉しいです。」
「ははは。また困りましたね。貴方って人は本当に。」
素敵な笑顔だ。ずっとここにいたい。
「……もう帰らなきゃ。私、夕飯の支度を頼まれてるの。」
「そうですか。気を付けてお帰りください。」
小さな気遣いが嬉しい。名残惜しいが行かなくちゃ。両親に怒られてしまう。
「花屋さん、さようなら。」
「はい、さようなら。」
黒い綺麗な髪をなびかせて、学生は行く。
「……。」
――――――
「花屋さん……」
ぐつぐつと煮えたぎる鍋を見る。今日は煮魚だ。醤油で甘辛くじっくりと火を通す。絶品料理だ。
「いただきます。」
家族そろって、食卓を囲む。
魚を一口食べる。ちょっと味を濃くしすぎた。けどご飯が進む。我ながらに上手くできた。
「あぁ、あんた、そう言えば婚約したいって人がね、今日手紙くれてたよ。」
花屋さんの事はまだ親に言っていない。
「え、」
婚約……?結婚したら、花屋さんにもう会えない?
嫌だ。
「いい人そうだし縁談したら?あんたもう嫁にいけるでしょう。」
なんでそんな他人事みたいに。私は私の好きな人がいるのに。
馬鹿。
「……お断りしといて。」
「はぁ?一回だけでも会って見たら?相手が可哀想でしょう。」
相手なんか知らない。顔も見た事ない相手なんか好きじゃない。私は花屋さんが好きなの。
「あんた、相手の事を考えてみなさい。勇気振り絞って手紙くれたんだよ?奥さん。いいでしょ。あんたもうなれるよ。」
花屋さんに奥さんはいない。だから私が花屋さんのお嫁さんになるの。
「…………。」
「じゃ、縁談は――――――」
もう声は聞こえない。食事が喉を通らない。食べてもつっかえる。
この縁談が上手くいったら、私の両親が相手を気に入ったら、
私の幸せな日常はもう終わり。
「ご馳走様。」
薄暗い階段を駆け上がって、部屋に入る。
「……っ、わたし、私だって、」
淡い月が涙を照らす。
「花屋さん……」
学生→花屋のことが好きな子
花屋→花屋を経営してる子