独身時代に水商売していた嫁が不倫して子供を作ったので離婚しました。ただ、赤子を抱えて帰ってきて俺の子供の可能性もあると言われたので一緒に暮らしましたが、真実を知り後悔しました。
俺は大久保大和30歳のどこにでもいる普通のサラリーマン。
残業から帰ってきて風呂に入りビールの缶を開けてのんびりとくつろごうとしていたところに来客を知らせる音が鳴る。
ピンポーン!
特に何の疑いもなく俺は玄関を開け来客と直接顔を合わせてしまう。
「こ、こんばんは……元気にしてましたか?」
「えっ、ああ、お前か……帰ってくれ」
玄関のドアを開けるとそこには赤子を抱いた女性が一人立っていた。その女性は俺の知っている女性ではあるが、かなり疲れた顔をしており一瞬だが誰なのか分からなかった。
「その少しだけ話を……」
「俺はお前と話す事なんてない、じゃあな」
「あっ」
俺は取り付く島もなく玄関のドアを閉める。
勢いよく閉めた後、玄関ののぞき窓から外の様子を覗っていたが、まだ女性は帰っていく様子はない。俯いているだけでそこから微動だにしなかった。
しばらくしてもう一度、インターホンを押すそぶりをしたが躊躇して、その日は帰っていく。
「今頃なんなんだよ……」
今日来た女性は俺の元嫁だった女性。名前は鏡花、旧姓は佐々木。
離婚の原因は嫁の不倫だった。
鏡花とは幼馴染で実家も隣だったので幼いころは四六時中一緒に過ごした。しかし、鏡花の両親が他界したことで叔父叔母夫婦に引き取られて会うことが出来なかった。
偶然にも俺達は社会人になり再会をする。10年の月日は経っていたが相変わらずの鏡花の姿に俺はもう離れたくないという気持ちをそのまま鏡花にぶつけて交際をスタート。
その翌年に入籍。この時が俺にとって最高の幸せの時間だったと今になって思う。それにこの時はその翌年には離婚するなんて考えられなかった。
翌日、残業を終えて帰宅するとまたしても玄関前で鏡花が赤子を抱いて立っていた。ただ、昨日と違い人数が増えている。
「久しぶり」
っと、軽いノリの挨拶をしてくるのは鏡花の友人で盛岡ひまりという。結婚式にも出席してくれているので俺とも面識のある女性だ。しかもかなりの美人。実は彼女の職業はいわゆる水商売というもので、身なりもそれを体現化したような派手なものとなっている。
「結婚式以来ですね」
「そうだね、それよりさお願いがあって来たんだよ」
「……鏡花のことですか?」
「まあね、それで立ち話だと冷えるから入れてくれない?」
俺は再度、鏡花に視線を移す。赤子も生まれて間もない新生児のようなので、渋々と中に案内した。
「それで、単刀直入にいうと鏡花の娘を認知して」
「……は?」
俺はお茶を入れ二人に差し出して、話をしようと腰を据えて盛岡という女性の開口一番の言葉に唖然とする。
「なんて間抜けな顔してるのよ、意味分からないことないよね。パパになれっていうこと」
「いやいや、その赤子はあの浮気相手……クソジジイの子供だろ?」
「それがさ、あんたの子供の可能性もあるんだよ」
「そうだとしても俺は鏡花とはもう赤の他人なんだ。それにあのジジイにでも養ってもらえばいいじゃないか」
「……あんた、本気で言ってるの?」
「えっ?」
盛岡は美人だ。だからこそ、この時の俺をまるで汚物でも見るような冷たい視線にはかなりの攻撃力があった。俺は男のくせに少し後ずさってしまいそうになる。
「あのね、大和」
ここで鏡花が俺と盛岡の間に割って入ってくる。
「な、なんだよ。ご機嫌でも取るつもりか?鬱陶しいヤツだな」
鏡花をどうしても意識してしまう俺はかなり嫌な奴になっていた。言葉を出した後に自分でも自己嫌悪に陥るほどだ。
「その……この子……うっううっ」
鏡花は俺に何か言おうとしたのだが、そのまま泣き出して言葉が続かなかった。正直、こいつが何を言おうとしているのか分かる。ただ、不倫しておいて子供育てるためだけに手伝ってくださいなんて都合よすぎだろうと俺は心底呆れていた。
「泣くだけだと意味が分からない。ちゃんと話せよ」
俺が鏡花に対して強く出るとすぐそばの盛岡が俺の前にグイッ身を乗り出す。
「あのね、そんな言い方ないよ。それにこんな感じで鏡花、ずっと泣いてるんだよ。おかげで元店のNo.2が今じゃこの有様」
「自業自得だろ」
ちなみに鏡花も独身時代は盛岡と一緒に店で働いていた。しかも、学生時代にバスケをしており鍛えられたスタイルとその整った顔つきからかなりの人気があったのだが、人見知りな性格で口下手のため盛岡には到底かなわなかったらしい。
「自業自得じゃないから、ちゃんと話し合えば解決する。わかった?」
「話し合えばってお前……」
「もう、ここに鏡花置いていくから後は任せたよ。無責任に放り出したらただじゃおかないよ」
そのまま勢いよく帰っていく盛岡に部屋の隅にちょこんと座る置いて行かれた鏡花。盛岡の意図はなんとなくわかっていたがここまで強引に事を運ぶとは少々意外だったな。
「はぁ……」
鏡花を見るとため息しか出てこない。幸か不幸か赤子は寝ているようで沈黙が続き息苦しかった。その沈黙を破ったのは鏡花だった。
「ごめん……なさい」
鏡花の謝罪は俺にとっては腹が立つ材料の一つだ。
こいつは許せない。
その気持ちが一層に強くなる。俺が欲しいのは謝罪の言葉ではないのだ。俺を裏切ったこいつは存在自体が俺の心をかき乱す。
「ごめんじゃねえ、早くここから……」
「ほぎゃーほぎゃー」
俺はすぐに鏡花を追い出そうとした。しかし、赤子が泣き出してしまう。
「あの、お腹すいたみたいなの、それで」
「……ああ、向こうにいるから」
「ありがとう」
本来なら好きな人との間にできた子供の授乳姿なんて幸せな気分で見ていられるはずなのに、今の俺には子供が自分の子供ではない可能性のほうが高く感じるので嫌な気分にさせられるだけだ。
聞くところによると盛岡の家に今まで転がり込んでいたらしい。そこから出ていくとなると住むところがなくなるとの事。そこに帰れというも盛岡がそれを完全拒否。
俺は赤子と野宿する鏡花を想像するとあまりにも不憫に思ってしまう。
正直、今でも鏡花の不倫を許すつもりはない。
しかし、同時にさみしいという気持ちというか虚無感みたいなものが無くなっている事にも気づく。
「俺は……どうしたいんだろうな」
自分がかなりの優柔不断な男であることを改めて思い知らされる。
翌日、朝起きると味噌汁のいい匂いが鼻腔をくすぐる。思わず台所へと足を運ぶと鏡花が朝食を作っていた。
「鏡花……」
その後ろ姿に新婚当初の幸せな夫婦生活を思い出す。
「あ、おはよう……ございます」
鏡花は振り返ると俺の思い出よりもやつれた顔になっていることに気が付く。その瞬間、頭の中で一瞬にして不貞行為の映像が鮮明に思い出されてしまい口に手を当てトイレに駆け込む。
「うっ……」
「だ、だいじょうぶ?」
「来るな!」
トイレでゲエゲエと言っているもんだから鏡花も何事かと駆け寄ってくれるが強い拒否反応を示す。
あまりに大きな声を出したので鏡花は怯え涙目になっていた。
女の涙に弱いせいだろうか強く拒否したことを後悔する。
「ご、ごめんなさい」
「……」
鏡花と一緒にいて虚無感はなくなった。しかし、どう接していいのか分からないというのが本音。
「どうすればいいんだ、俺」
俺は頭の中がぐちゃぐちゃでスッキリしない生活がこれから続くのだろうと思うと気が重くなる。
ある日のこと、なんとか職場に復帰して仕事を再開。
自宅に帰るとなぜか玄関で土下座している元嫁の鏡花がいた。
「な、何しているんだ?」
それは俺が精神科に通っていることがバレたからのようで、家に置いてあった大量の精神安定剤がきっかけだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
俺が仕事から帰ってきてすぐに鏡花が玄関で泣き崩れたのだ。手に持っているものは俺が精神科で処方された大量の精神安定剤だった。
鏡花の話ではこんなにも大量の薬漬けにしてしまった自分を責めてくれて構わないというがそんな気にすらなれない自分は特に言い返すこともなかった。
「……」
「こんなにも……こんなにもあなたを苦しめてしまうなんて思ってもいなくて……」
鏡花は俺の薬の量がかなり多いことを知ったらしくそれを自分が不倫した責任だという事を後悔しているという。
それからだった、鏡花は俺の世話を甲斐甲斐しくやり始めた。だけど、俺はその行為を素直に受け取ることが出来なかった。
「あの、夕飯出来たので食べて……ください」
「……」
食事を作ってくれるが俺は返事すらしなかった。その他の世話もやってくれるが基本的に会話はしない。本当に必要最低限の会話のみ。
いつか出ていくかもしれないなっと思っていたが、それでも鏡花は赤子の世話と俺の世話を両方ともしっかりとしながら家事もこなす。
内心感謝はしている。
だけど、俺を裏切った彼女を信じることは出来なかったのが本音だ。
ただ、いなくなって欲しいかと言われた答えはノーだ。
そんな矛盾や葛藤を抱えながら生活するのだが、半年ぐらい経ったある日に言い争いになってしまう。
「あの、ご飯……おいしいですか?」
「……」
「おかわりいかがですか?」
「……」
「……ごめんなさい……ごめんなさい」
毎日のように謝り続ける鏡花。俺はそのごめんなさいに無性にイライラとしている。この感情がなんなのか分からない。
だけど、鏡花が謝るたびに腹立たしく俺はその日、感情に任せて暴言を吐いてしまう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、うるせえ!サルの一つ覚えみたいに謝れば済む話じゃないだろ。お前の浮気映像見て俺は不能になったんだ。この気持ちが分かるか?」
「ううっ……ごめん……なさい」
「くそっ……そうだ、鑑賞会としよう。あの映像、かなりの長編で俺もまだ全部は観てないんだよ」
「いや……でも」
「そうだ……そうしよう」
俺は鏡花の嫌がる姿が見たかった。嫌がらせがしたかったのだ。それは認める。後から我ながら情けない行動だったと恥じたぐらいだ。
それから離婚の決定的な証拠となった我が家の防犯カメラの映像を二人で見ることに……鏡花は最初抵抗していたが諦めた表情で俺の隣に座って見始める。
「あはは……気持ちよさそうだな」
「気持ちよくないです」
パソコンのモニターの中で俺以外の男と情事を行う鏡花の姿。
「へぇー、あんなにも楽しそうにしているのか?」
「そうしろと言われて」
「はいはい、そうですか」
言い訳をする鏡花に腹が立つ。なんだよ、こんなおっさんが俺よりもいいから不倫したんだろうが……本当にクソだな。
「あの、そろそろ」
「おいおい、まだまだあるんだぜ……そうだ一番古い撮影のものを見るか、俺もまだ観てないんだよ」
そういって俺は鏡花が嫌がるのをものともせずに動画を再生する。
正直、今でも吐きそうになっているのだが、鏡花の嫌がる姿が見たくて俺は我慢して再生させる。
ただ、そこには先ほどとは打って変わった映像が映っていた。
「な、なんだよこれ」
そこには目を覆いたくなるような真実だった。
「鏡花……どういうことだ」
「……見てのとおりです」
「これが……真実なのか?」
「……はい」
俺が初めて見る防犯カメラの最古の映像には嫌がる鏡花に無理やり性行為をさせる叔父叔母夫婦が映っていた。
『いやーやめてー』
映像には泣き叫ぶ鏡花。
『叔父さん叔母さん、私には大和がいるの、お願いします。やめ……』
その後、浮気相手のモノが鏡花の中に入っていく。抵抗する鏡花を押さえつける叔父叔母夫婦。
泣きじゃくる鏡花をものともせずに腰を振る浮気相手。
叔父叔母夫婦の表情は見えない。一番よく見えるのは泣き叫ぶ鏡花の歪んだ表情だった。
「ク……くそったれが!」
俺はあまりの衝撃にパソコンのモニターを思いっきり殴ってしまう。
また、それと同時に今までどうしてこのことを俺に相談しなかったのかを問いただすと鏡花は真実をポツリポツリと話始める。
どうやらこのように叔父叔母夫婦に無理難題を課されることは今回が初めてではないようだ。ただ、レイプまで強硬手段を取られたのは今回が初でこのことを俺に黙っていてほしかったら素直に従って抱かれなさいと命令を受けたという。
また、今回の浮気相手の正体を俺は知らなかったのだが県議会議員で周りからは大先生と呼ばれるほどの大物らしい。
また、この県議会議員は鏡花の元常連客で店を辞めた後に諦めきれずに探し回っていたらしい。金に糸目を付けぬ様子だったようで叔父叔母夫婦はそこに漬け込み県議会議員から大量の金を貰いこのような事をしたとの事。
ここまで真実を聞いて俺は真っ先に復讐することを考えてしまう。
「鏡花……すまなかった。ただ、何で相談してくれなかったんだ?」
「ごめんなさい、でもあなたに迷惑はかけたくなった」
「それでも、相談して欲しかったな」
「ごめん……なさ……い……ううっ」
俺の言葉に再度泣き出す鏡花。俺は浮気発覚後、初めて鏡花をそっと抱きしめた。
「えっ?大和?」
「俺と一緒に戦おう……もう、無理に従うことはない。だから、好きなだけココに居ていいからな」
「ん……ぅん……うん!大和……ヤマト……ヤ゛マ゛ト゛……うわぁぁぁぁぁぁぁん」
俺の胸の中で泣きじゃくる鏡花を久しぶりに愛おしいと思ったのと同時になんで気が付いてやれなかったのか自分が情けなくなった。
そこからしばらく鏡花が泣き止むまで俺は鏡花を包み込んで話さなかった。
叔父叔母夫婦は鏡花にとっては育ての親だ。だから逆らう事なんて出来なかった。だけど、これからは自分の選択を優先すべきだ。俺はそれを鏡花に何度も何度も言い聞かせ説得した。
「もう叔父叔母夫婦とは縁を切るべきだよ」
「でも、私のような女を育ててもらったのは確かなの」
「だが、このような仕打ちをされて黙っているのも」
「でも……」
鏡花はまるで洗脳されているかのように叔父叔母夫婦のことになると自分を捨て二人を庇うように話始める。
俺一人の力ではダメだと思い翌日から、俺が世話になっている精神科の先生のカウンセリングを一緒に受けることにした。
プロの話は効果抜群で鏡花は俺と一緒に叔父叔母夫婦と絶縁することを決め前に進事を決意。
まあ、ここからやることは簡単だったのだが、リークする情報が大物政治家にも関わりが出てきたせいで俺と鏡花と赤子の楓は出版社が用意した場所に軟禁状態だった。
会社にもしばらくの間、休むことを伝える。
静寂なビルの地下で俺たちはひっそりと事が過ぎるのを待つしかなかった。
「ここでしばらくの間は避難ってわけか」
「……ごめんなさい、私のせいで」
「いいよ。それよりも楓のオムツをかえてみてもいいか?」
「え?どうして?」
「いや……なんとなく興味があって」
「ん……うん!いいよ」
花咲くような笑顔になる鏡花の許しをもらい、俺は初めて乳飲み子のオムツを交換する体験をした。酸っぱいにおいが鼻につくが汚いという意識はあまりなく、そういうものなのだと初めて体験することに興味津々だった。
「ふう、こんな感じかな」
「あ、おしりを拭く場合は一定方向で……女の子だから」
「わかった」
慣れない手つきでおしりを拭く。そして、交換が終了してちょっとさっぱりとした顔をした楓は嬉しそうに顔の表情が緩んでいる。
それを見た鏡花もとても嬉しそうだった。
「ありがとう」
楓を抱きかかえて笑顔で頬をすり合わせる。その顔は母親というよりも年の離れた姉妹に見えてしまった。
鏡花の笑顔に俺は今までの鏡花に辛く当たった日々を思い出す。俺は許してやるべきなのだろうが……モヤモヤするのが晴れない。なんでだろう?
その後も軟禁状態ということで手持ち無沙汰のため俺の子供かもしれない楓の世話を積極的に行う。
おかげで退屈することなく過ごすことが出来た。
それから俺たちの軟禁状態が解除されるのは大物政治家の汚職事件、婦女子暴行が明るみになってから少し経ってからとなる。
久しぶりの我が家は少々埃がかぶっておりまずは掃除からすることになった。
「やっと帰ってこれた」
「すぐに掃除とかするね」
「ああ、楓は少し避難していこう」
「散歩に連れて行くの?」
「ああ」
家の事を鏡花に任せて俺は楓を抱いて近所を散歩する。
少し冷たい風に楓が寒くないか確認しながらゆっくりと歩きなれたコンビニまでの道を踏みしめる。慣れた道だというのに楓を抱いているだけで景色が変わって見える。
「不思議だなぁ」
それはそうと、犯罪を犯した叔父叔母夫婦はもう生きて塀の外を歩けないらしい。浮気もといレイプしたクソジジイもお天道様を拝むのはもう無理だろう。
本当にざまぁ見ろっと胸の中の靄がスッキリと晴れ渡る。
もうそこからは恐ろしいぐらいに平和だった。ただ、楓のおかげでイベント事には事欠かない。
仕事中に鏡花からラインを貰うのだが
『寝返りしたよ!』
『離乳食、食べたよ!』
『ハイハイしたよ!』
こんなラインを貰うたびに俺は急いで家に帰っていた。正直、親バカのような状態である。
ただ、鏡花を許すことは出来たが元鞘に戻ることが出来ないでいた。
それは楓のことだった。
「あのね、大和……相談があるの?」
「なに?」
「楓の事なんだけど」
「……うん?」
「DNA鑑定をしたいの」
俺の子供である可能性もあるが、あの大物政治家の可能性もあるのだ。
もし俺の子じゃなかったら……そんなことを考えるとDNA鑑定を行う事に二の足を踏んでいた。
「なあ、もし俺の子じゃなかったら……鏡花はどうするんだ?」
「もちろん、私一人で育てる。今まで本当に大和にはお世話になったけどこれ以上、無理させるつもりはない」
「無理って」
「精神科の薬を飲み続けているの私のせいなんだよね、だから……」
事実、まだ鏡花とあのクソジジイとの光景がフラッシュバックすることがあるので精神科通いは続いていた。
ただ、今さら鏡花と別れて本当に後悔しないのだろうか?
子供が別の男との子供でも可愛いと思える自分がいる。最初は裏切られた証として見てしまっていた楓だが世話しているうちに愛情が湧いてきているのは確か。
でもそれは自分の子供の可能性もあるから愛情を持てているのだろうか?
俺の中で答えを出せずにいた。
「……」
「本当に嫌な女だって分かってる。でも、あなたを苦しめたくない。叔父叔母夫婦から解放されてようやくあなたと子供のことだけを考えれるようになったの」
「俺は……」
次の言葉が出せない。
どんなことがあっても鏡花を幸せにするって言いたい。
でも、前回はそれが出来なかった。
自信がない。
もうあのクソジジイと寝たことはとっくに許している。
でも、受け入れて鏡花を抱くことが出来ないのも事実。
また、裏切られたら……別の人がいいと言われたら……そんなことを考えてしまって前に進めない。
頭では鏡花ともう一度、一緒に暮らしていき子供ももう一人欲しい。
そんな願望もあるが、俺の我が儘だと思っている。
「マん……ママ……」
「「えっ?楓?」」
そこへ楓がソファーに掴まり生まれたて子羊状態でヨチヨチと二本の足でこちらへ向かってくる。
「か、楓……歩いてる」
「す、すごいよ、偉いよ楓」
俺たちは先ほどまで死相がでそうな顔で辛辣な話をしていたというのに楓の登場でその場の空気は一変した。
「ほら、楓……おいで」
俺は楓に向かって大きく手を広げて懸命にかつ真っ直ぐに成長する子を迎える。
この時、初めての伝い歩きと「ママ」と喋ったこと。俺は楓の成長に胸がいっぱいで少し涙目になっていた。
「パ……パパ」
俺の胸になんの疑いもなく飛び込んでくれる楓。そして、俺の事を「パパ」と呼んでくれる。
無邪気で小さな存在に俺は先ほどまで悩んでいたことが馬鹿らしくなった。
「ありがとう、楓」
「ワキャ……パパ、ママ」
抱きしめる小さな存在が掛け替えのないものであることにようやく気が付いた瞬間だった。
「なあ、鏡花……お願いがあるんだけど」
「ん?」
「DNA鑑定しようか。そして俺、楓のパパになるよ」
「……うん、ありがとう。それじゃあDNA鑑定を」
「それなんだけど、もし俺の子供じゃなくてもパパになりたいんだ」
「えっ……?」
「何があろうと俺はお前と楓と一緒にやっていきたい。それが俺のお願いだ」
「大和……」
「だって楓がパパって言ってくれたんだ。だから、どんなことがあっても楓のパパは俺でママは鏡花だ」
「うん……うん……ありがとう……パパ」
「あ、当たり前だ……パパ、だからな」
鏡花は泣きながら俺の胸に飛び込んでくる。楓と鏡花を抱きしめる俺はこの時、自分の中で本当に父親であると同時に夫であることを認識した。
よく男親は子供に「パパ」や「お父さん」と言われないと父親と自覚を持てないというがまさにこのことだと思った。
そして、血のつながりよりも愛情で繋がった人のほうが大切に思えるのも納得する。
その後、DNA鑑定をしたのだが、結果、楓は俺の子供だった。
このことに一番喜んだのは鏡花だった。
「よかった……本当に良かった、いつも怖かった。あの人との子供だと愛情がなくなりそうで……」
「俺は半分は鏡花の血が混ざっているから愛せる自信はあったぞ」
鏡花は照れくさそうに頬染めている。自覚はないが相当くさいセリフだったようだ。
「あ、ありがと」
「どういたしまして……」
高揚する鏡花に気が付いた俺は顔を近づける。すると鏡花は目を閉じるのでそのまま唇を重ねた。
唇が離れると二人して楓の方を見る。
楓は良く寝ている……それを確認すると俺は鏡花をベッドへと運んだ。
もちろん、俺の不能はすでに鳴りを潜めている。それどこか元気一杯で困っていた。
鏡花とよりを戻していこう精力がかなり向上して一晩に3回にも及ぶ長期戦をしてしまうほどに……ただ、鏡花はそれが大変うれしいようでストレス発散にもなっており子供を産む前よりも若々しくなっていた。
余談だけど……後から計算して分かった事。
この時の行いが二人目の子を成すきっかけになったとの事だ。