98 ミィちゃんの社会科見学8
「木の上におうちがある! すごい!」
上を見上げながらミィが言う。
ここのゴブリンたちはツリーハウスに住んでいる。
太い幹の木の上には、大工さんが作ったような立派なおうち。人が住むにはちょっと小さいが、ゴブリンからしたらちょうどいい大きさ。
彼らには何一つ技術がなかったので、ヌルに頼んで一から教えてもらった。修行にはそれなりに時間がかかったものの、今では立派にツリーハウスを建築できるまでになった。
「うわぁ! すごい! すごい!」
ミィはツリーハウスの村がよほど気に入ったのか、楽しそうに集落を見て回っている。
家と家の間にはつり橋が渡され、物を釣り上げるための滑車もある。ちょっとしたテーマパークみたいな雰囲気。
子供が見たら興奮するのは間違いない。ミィも内面は子供のままなのだ。
「ねぇねぇ、登ってもいい⁉」
「ああ、だけど中には入れないと思うぞ」
「ちょっとのぞくだけ!」
「足を滑らせて落ちないようにな」
「うん!」
ミィは梯子を上って木の上にあるツリーハウスへ。
彼女が中を覗き込むと、ゴブリンたちが挨拶をする。
「こっ……こんにちは」
「どうも……」
気まずそうに頭を下げるゴブリンたち。
突然の来客に驚いているようだ。
「ユージさまぁ! いらしてたんですか!」
俺の姿を見つけたアナロワが駆け寄ってくる。
「いきなり尋ねてすまんな」
「とんでもありません!
何もないですが、ゆっくりしていてください!」
「……うむ」
彼の言う通り、ここには本当に何もない。
ゴブリンにしては珍しい生活スタイルをしているが、特筆すべきはそれくらいか。白兎族の里のように特別面白い施設があるわけでもない。
「すごいよユージ! 小さなおうちがいっぱいある!」
ミィは何度も梯子を上っては降りを繰り返し、全ての家を覗いていた。そんなに気に入ったのかね。
ゴブリンにはプライバシーやプライベートと言った概念がなく、全ての財産を群れで共有しているので、ここにある全ての家が彼らのマイホーム。
ゴブリンは一つの群れの中で複数の個体と生殖活動を行い、子孫を残す。当然、群れには序列が存在するのだが、上位のオスだけでなく、下位のオスもメスと交尾をする権利を持っている。
そのため、誰が父親で誰が母親という血族意識が薄く、群れ一つが大きな家族と言う認識らしい。
なので、あまり家の中を覗かれても気にしない。あくまで同族同士の場合に限るが……。
「気に入ったようでなによりだ。
でも、彼らをあまり驚かせるなよ」
「うん! 分かった!」
そう言いながらも、ミィはまだ降りてこない。
こういう小さな家が好きなのか……。
今度ミニチュアでも作ってやるか?
「そう言えばアナロワ……奥さんはどうした?」
「妊娠小屋で休んでます」
「そうか……また新しい子が生まれるのか」
「ええ、これで三人目ですよ。
いやぁ……ユージさまと出会ったころは、
父親になるなんて想像もつかなかったですが、
気づいたらこんなことに」
アナロワは照れくさそうに笑いながら頭をかく。
俺はこの村を移住させるに当たって、
一つのルールを設けた。
それは、男女でつがいを作って、他の個体とは子供を作らないルール。つまりは結婚したら夫婦になって、無秩序な生殖行為を行わないという決まりだ。
無秩序に交尾を繰り返したら近親交配によって血が濃くなり、自然消滅してしまう。彼らもそれはよく理解しているようで、定期的にゴブリンの群れ同士で個体を交換し合うらしい。
ゴブリンたちの間には独自のネットワークがあるようで、他の群れと連絡が途絶えて孤立するのは稀。
アナロワの群れにも定期的に他の群れから交換要員がやって来る。
しかし、この習性に従っていたら、いつまでもゴブリンはゴブリンのままだ。彼らを魔族の一員として認めてもらうには、一般的なルールに従ってもらう必要がある。
このことについて彼らを説得するのは大変だったが、労力に見合うリターンはあったと思う。
「ねぇねぇ、ユージ! 他には何かないの⁉」
降りて来たミィが興奮気味に尋ねてくる。
珍しいのはツリーハウスくらいで、他はあんまりなぁ……。
「よし、では工房に行くか」
「え? 工房?」
この集落には俺が設立した工房が存在する。
そこでは……。




