90 I'm alive
「レオンハルト……好きぃ!」
「おいおい、くすぐったいぞ」
魔王の身体に抱き着いたシロは、その上を縦横無尽に動き回り、たてがみの中でかくれんぼしている。
はたから見ていてうっとおしそうだが、魔王は全く気にしていない。
どういう基準で判断しているか分かりかねるが、シロは人柄を的確に見抜く。
俺もレオンハルトは悪人ではないと思っている。彼は人間には容赦しないが、圧政を敷くような暴君ではない。オークも、ゴブリンも、他の魔族たちも、差別しないで平等に受け入れている。
民衆から搾取するようなことはしないし、自分勝手に税金を使い果たしたりもしない。意外と質素な生活を好むのだ。
その為、民衆からの支持もそれなりに高い。単に何も考えていないだけかもしれんが……悪人でないことだけは確かだ。
しかしまぁ……それは魔族サイドのお話。人間からしたら凶悪な人型猛獣でしかない。戦争が始まって彼がたくさん人を殺したら、シロは彼の人柄をどう判断するのだろうか。
「申し訳ありません、閣下。
紹介しようと連れて来たら、
とんだご無礼を……」
「いやいや、構わん。
こうやってじゃれ合うのは嫌いではない。
幼い子なら、なおさらだ」
「閣下は、シロを警戒なさらないのですね」
「警戒? どうして?」
キョトンとする魔王。
「その子の見た目は人間です。
魔族からしたら、敵に思うのでは?」
「そういや、そうだな。あっはっは!」
シロを全く警戒していない。それはそれで構わないのだが……無警戒過ぎて逆に心配になる。
「この子、あんまり人間臭くないんだよね。
人間ってもっと嫌なにおいがするんだけどさぁ。
この子の匂いはとってもおいしそう!」
「左様ですか」
「ああ、食べちゃいたいくらいだよ!」
おやめください、閣下。シロを食べたらお腹を壊します。
「ねぇねぇ、ユージ!」
ハイテンション状態のシロが魔王のたてがみから顔を出す。
「どうした、シロ?」
「この人、からっぽー!」
「からっぽって、なにが?」
「頭の中がー! なにも考えてない!」
そう言うことは言わないの。
気にしたらどうするんだ。
「はっはっは!
確かに俺はなにも考えてない!
空っぽだな!」
「からっぽ! からっぽ!
魔王様、だぁいすきぃ!」
「うむ、いい子だ。良かったら俺の子にならんか?」
「それはダメー! 私はユージの子ぉ!」
「そうか、そうか」
きついジョークを軽く受け流すシロ。
魔王は笑っている。
この二人はいつまでこうしてるつもりなんだろう。
かれこれ、一時間はじゃれ合っている。
感性が似てるんだろうなぁ。魔王は子供受けよさそうだ。
「あのぅ、閣下……そろそろ」
「そうだな。シロちゃん、下りておくれ」
「ええっ、まだ遊びたいよぅ」
「わがままを言っていたら、
ユージおじさんに怒られちゃうぞぉ」
「怒られるのは嫌ぁ」
魔王は両手でシロをつかんで、ゆっくりと床の上へ降ろす。
「お手間を取らせて申し訳ありません」
「いやいや、別に構わんぞ。
シロちゃんの相手ならいつでも大歓迎だ」
「ありがとうございます……」
「それにしても、変だねぇ。
前に会った時は妙な感覚がしたのになぁ。
今回は全く、そんな感じがしない」
そう言えば……以前にシロを合わせた時に妙な感じがすると言っていたな。喉に刺さった小骨がなんとか。
「お前、その子になにをしたんだ?」
「サナトに一任していましたので、
私も詳しいことは分かりません。
ですが……」
シロは勇者によって力を解放され、巨大化した。いろいろあって俺が取り戻し、サナトが今の形に変えた。その結果、魔力の流れとかが変わって、レオンハルトが言う妙な感じがしなくなったのかもな。
「なるほど。
巨大化した身体から取り出して、
悪いものをすべて取り除いた真っ白な状態になり、
浄化されたというわけだな?」
「まぁ……そんな感じだと思います」
我ながら、テキトーな推理だ。実際の所どうなってるのかよく分からないので、真相はやぶの中だろう。
マリアンヌに聞けばなにか分かるかもなぁ。
「それでは閣下。幹部の件は……」
「ああ、そのことならまた今度しっかり話そう。
会議の席で、皆とな」
幹部の空席の件については次の会議に持ち越しとなった。クロコドの配下が占める事態は避けられそうだ。
しかし……シロが言ったことが本当なら、別にそれで構わない気もするな。クロコドは敵ではないのだから……。
「それでは、これで失礼します」
「ああ。またねぇ、シロちゃん」
「またねー!」
手をぶんぶんと振ってお別れするシロ。
魔王もにこやかに手を振って返す。
実に微笑ましい光景だ。
俺はシロの手を引いて自室へと向かう。この子を見たらミィはなんて言うだろうか?
全く想像できない。
二人が仲良くしてくれば良いのだが、もし喧嘩を始めたらどうしよう?
「シロ、魔王はどうだった?」
「空っぽだった。
悪意の欠片もない、真っ白な心。
まるでなにも描かれていないキャンパスのよう」
「うっ、うむ……」
よくわからんが、とにかく真っ白だってことだな。
レオンハルトはシロにとって好ましい人柄だったようだ。
それにしても……テンションが違いすぎて怖い。さっきまでの元気溌剌とした姿とは違い、ぼんやりとした表情を浮かべて大人しくしている。
この子は気に入った人の前では元気になるが、それ以外だと大人しくなるらしい。
クロコドには全く反応していなかったが、あいつは気に入らなかったのかな? それとも相手が何人もいたから騒いだらまずいと空気を読んだ?
シロの性格がいまいちよく分からない。
この子はいったい何を考えているのだろう。
そんな謎の感性の子が、果たしてミィと上手くやっていけるだろうか?
ミィもミィで、かなり気難しい。
二人が仲良くできなかったらどうしよう。
「シロにはもう一人紹介したい人がいるんだ」
「……誰?」
「俺にとって大切な人だ」
「……そう」
「仲良くしてくれると嬉しい」
「……うん」
……本当にしゃべらないな。
外だと大人しくするが家の中だと滅茶苦茶元気になる。パターンは分かりやすいのだが、切り替えが早すぎてこっちが混乱する。
もう少し、テンションを一定にしてもらいたい。
その方が付き合いやすいと思うんだよなぁ。
「さぁ、着いたぞ」
俺は自分の部屋の前で立ち止まる。
この部屋にはミィがいる。シロと彼女との初顔合わせ。さっさと済ませば、さっさと終わるイベントなのだが、俺はとても緊張している。
もし二人の相性が悪かったらどうしよう。
そんな不安が頭の中から離れて行かない。
「この中にミィがいる。ちゃんと挨拶するんだぞ」
「……分かった」
俺は深呼吸をする。
肺は無いので気分だけを味わう。
俺はアンデッドだ。
肉体は存在しない。
でも、心はある。
辛いときは辛い。
嬉しいときは嬉しい。
怒りだってするし、悲しんだりもする。
たとえ脳や心臓を失っても、俺の心は確かに存在する。
そう……俺はここにいるのだ。
死人である俺は、確かにここに存在している。
俺の存在を認めてくれる人たちがいる限り、俺は自分が死んだなんて認めない。
「さぁ、シロ……中へ入ろう」
「……うん」
もしかしたらシロとミィは仲良くできないかもしれない。
そうなったら俺は……どうすればいいんだろう。
そんな不安も俺が生きているから感じるのだ。
未来は見えない。
何が起こるか分からないからこそ面白い。
これからの毎日も、きっと面白くなるだろう。
俺は扉を開いた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
物語はまだまだ続きますが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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