89 厄介な特殊能力
「なんだ、そのガキは」
クロコドはぎょろりとした目でシロを睨みつける。
奴は数人の部下を引き連れ、こちらへと歩いてくる。
「サナトの実験によって生み出されたホムンクルスです。
この子は自分の意志を持ち、自分で動きます。
どうです? すごいでしょう?」
「はんっ! どう見ても人間のガキではないか!」
「いいえ、違います。
その証拠に、心臓は動いていませんし、
呼吸もしていません」
「むぅ……」
シロの存在を警戒してか、クロコドはピリピリしている。
彼の立場からしたら、俺が人型のホムンクルスなんか連れていたら、なにか企んでいるのではと警戒するだろう。
「その少女が、我々に害をなさない証拠は?」
「それは……私が約束します」
「口約束など、信用できん。
ちょっとここで待っていろ。
……おいっ」
「はっ!」
クロコドが合図すると、奴の部下は廊下を引き返してなにかを取りに行った。
「いったいなにを?」
「しばらく待て」
「そう言えば……
クロコド様はどこへ行かれる予定だったのですか?」
「魔王様に我が配下を紹介しようと思ってな。
空席が出来てしまった幹部の座に、
配下を推薦するのだ」
もう手を打ってきやがったか。
幹部の件については既に魔王と相談してある。しかし……まだどうするかは決まっていない。保留と言われたまま返事がないのだ。
クロコドは自分の配下をねじ込んで、今後の政策を思い通りにしようと考えているのだろう。こちらも手を打たなければ。
しかし……幹部になれなんて言ってもみんな断るだろうなぁ。
フェルもノインも幹部なんてガラじゃないし、ヌルもサナトも普通に断るだろう。アナロワはゴブリン隊の指揮で手一杯。エイネリは……止めておこう。あいつを幹部にしたら逆に面倒だ。ムゥリエンナもトゥエも幹部に見合うほどの実力はない。
どこからか引っ張って来る必要がありそうだ。
幹部候補なんて直ぐに見つかるとは思えないが……。
「ふはははははは!
この者たちが全員幹部になれば、
獣人の優位は決して揺るがぬものになる!
もう貴様の出る幕などないのだ!
わっはっは!」
高笑いするクロコド。
確かな自信を持っているようだ。
彼はどういう政策を行うか考えているんだろうか? 財政なんてガン無視で歳出を増やしまくるだろう。そうすりゃ、あらゆるところで混乱が起き、この国はたちまちダメになる。
国が破綻するなんて想像もしていないだろうから、もしそうなった時に彼がどんな顔をするのか実に見ものだ。
……まぁ、そうなる前に俺がなんとかするんですが。
「クロコド様っ! お持ちしました!」
先ほど、どこかへ行っていた部下が戻ってきた。
彼はペンと書類を持っている。
「よしっ、ユージよ。
ここに一筆したためろ」
「それは……?」
「その少女がなにかした時に貴様が責任を取る誓約書だ。
サインすればその少女が魔王城に入ることを許可してやる」
クロコドは何様なんだ?
それは魔王がすべきことだろう。
しかし、断るわけにはいかない。
ここは素直に応じるべきだ。
「分かりました……サインすればいいのですね?」
「うむ」
俺はクロコドが差し出した書類にサインする。
「ふむ……確かに」
俺が差し出した書類をひったくり隅々まで確認するクロコド。これで満足してくれるのなら安いものだ。
「もしもの時は、これに書いてある通り、
貴様には責任を取ってゼノを去ってもらう。
……いいな?」
「ええ、まぁ……」
シロが問題を起こすことはもうないと思う。きちんと意思疎通が図れるようになったし、無秩序に暴れまわるような性格の子ではない……と、思う。
それにしても追放処分か。随分と甘いな。
「それでは、これで失礼しよう。
魔王様に配下を紹介しなければならんのでな。
貴様はその少女と遊んでいるといい。
わっはっは!」
クロコドは部下たちを引き連れ、去って行った。
「ねぇ……ユージ」
「なんだ?」
シロが俺のローブをちょんちょんと引っ張る。
「本当はユージを処分する気なんてない。
あの人はユージを、とっても頑張り屋さんと評価している」
「ええっ?」
急に何を言い出すんだこの子は。
「どうしてそう思う?」
「私は心が読める」
「え? そうなの?」
「……うん」
心が読めるぅ?
本当なんだろうか?
「じゃぁ、試しに……俺が何を考えてるか分かるか?」
「ユージは私を疑ってる。
私には心を読む力なんて無い。
そう思ってる」
「では……」
脳内でリンゴを思い浮かべる。
すると……。
「リンゴ」
「じゃぁ……」
「ゴリラ」
「えっと……」
「ラッパ」
「それなら……」
「パンタグラフ」
市場で良く見かけるリンゴならともかく、この世界では見たこともないゴリラ。存在するはずがないパンタグラフまで。シロはまるで見て来たかのように答える。
「私は心に思い浮かべたことなら、
なんでも知ることができて、理解できる」
「それは俺限定?」
「違う。全ての人が対象」
全ての人って……相手の心が無条件で読めるのか、この子は。
「サナトも、フェルも?」
「あの二人は、とっても心が綺麗。だから好き」
「じゃぁ、俺は?」
「汚いけど好き」
ううん……汚いかぁ。まぁ、綺麗だとは思っていなかったが、直に言われるとショックがでかい。
シロはそんな俺でも好きだと言ってくれる。ありがたい事じゃないか。
「クロコドが俺を気に入ってるって本当なのか?」
「本当」
「でも……なんで?」
「あの人は自分にできないことを理解してる。
ユージはあの人ができないことをできる。
だから、必要としている。
処分する気なんてない」
「じゃぁ、どうしてあの書類を?」
「それは建前。
私の存在を黙認したら、
部下たちの手前、示しがつかない」
「……なるほど」
クロコドは案外話せる奴なのかもしれない。
俺が思っていた以上に有能なのかもな。
「それじゃぁ、いつも俺に食ってかかって来るのは?」
「そう言う態度を取らないと、皆が不安になる」
「俺がアンデッドだから?」
「……そう」
そうかぁ。
クロコドは獣人たちを気遣って、俺にあんな態度を……。
シロが言っていることを、手放しで信じることはできない。
しかし……否定することもできない。
正直なところ、どう受け止めればいいのか。
自分でもよく分からない。
「シロ……心が読めるって言うのは、
煩わしくならないか?」
「……特に」
そうか。ならないか。
シロには心がある。
しかし、それは人間のものとは違う。
魔族とも違う。
アンデッドとも。
彼女の存在がどこか遠くに感じる。
シロ、君は何者なんだ?