88 再会
「……シロ?」
そこにいたのは怪獣の中で出会った少女だった。
白い髪のボブショート。瞳の色は紫で、きらりと鋭い光りを放っていた。
あの時と全く同じ見た目。唯一違うのは……額に赤い魔石がはめ込まれているところ。
「ユージ?」
「ああ、俺はユージだ。
君は……シロなのか?」
「うん、そうだよ。シロ……だよ」
俺はずっと彼女に会いたかった。会って話がしたかった。シロは大きく成長して会話できる状態で俺の目の前に現れた。
ああ……この瞬間をどれほど待ちわびたことか。
「でかしたサナト! 良くやっ……あん?」
振り返るとサナトが入り口から顔だけ出して、恐る恐る様子を伺っているのが見えた。
「どうした?」
「その子に不用意に近づかないで下さい。
恐ろしい目にあいますよ」
「恐ろしい目? どうなるって言うんだ?」
「直ぐにわかります……」
びくびくと様子を伺うサナトに、俺は不信感を募らせる。
彼女はシロになにをした?
「シロ……君は……」
「ユージ……好きぃ!」
「え? うわぁ⁉」
シロは俺に飛びついて来た。
「好きぃいいいいいいいいい!
大好き、大好き、大好きっ!」
「やめろぉ! 壊れるぅ!」
俺に抱き着いて来たシロは、ものすごい勢いで体中をいじくりまわしてきた。おかげで骨の何本かが吹っ飛びバラバラになりかける。
「お願いだ、落ち着いてくれ、シロ!」
「好きぃ! 大好きぃ!」
「分かった! 分かったから!」
「ずっとずっと大好き! これからも大好き!
もっともぉぉぉっっと大好きぃ!」
シロは俺の身体に口づけをする。頬に、額に、肋骨に。ありとあらゆる場所にちゅっちゅして、自らの愛の深さを証明するのだった。
「ほぅら……言ったじゃないですか」
サナトが言う。
なるほど、分かったぞ。
彼女があんな姿で出て来たのはこの子が原因か。
「シロ、サナトのことは好きか?」
「うん! 大好き!」
「じゃぁ、フェルは?」
「フェル?」
「ほら、あそこにいる……」
俺はフェルを指さした。
「アレが……フェル?」
「そうだ、フェル君だ。好きになれそう?」
「うん……好き……かも」
良かったな、フェル。
お前も好きになってもらえたぞ。
「じゃぁ、フェル君の所へも行っておあげ」
「はーい」
「え? ユージさま⁉」
俺がシロを降ろすと、彼女はフェルの方へと歩いて行った。
そして……。
「フェル……好きぃいいいいいいいい!」
「うわああああああああっ!」
フェルに飛びついたシロは、耳をつかんで後頭部に顔を埋めた。ぐりぐりとフェルのつむじに顔を押し付け、匂いをクンクンと嗅ぐ。
「サナト、これはどういうことだ?」
「うぅ……私にも分かりません。
気づいたらその姿になっていたんです。
それからずっと私に引っ付いて、
好き好き好き好き……そればっかり。
抱き着いて、顔をすりすりして、
色んな所にキスされました」
色んな所って……ゴクリ。
「あっ、今へんなこと考えました?」
「いや、別に……」
「絶対考えてましたよね?」
「だから考えてないって」
サナトは俺の心を読んでいるのだろうか?
「ユージさまぁ! この子をなんとかしてください!」
「好きぃ! フェルくん好きぃ!」
フェルに引っ付いて離れないシロ。
かわいそうなのでそろそろ許してあげて欲しい。
「とりあえず……上手く言ったな」
「ええ、上手くいきました。
これで命は差し出さずに済みそうです」
「たとえ失敗したとしても、
俺は命まで奪おうとは思ってなかったぞ」
「でしょうね……あなたはそう言う人ですから」
これまた見透かされていた。関係が壊れるだろうと思ってはいたが、その心配は杞憂に終わったわけだ。
……本当に良かった。
「それで、この子はどうすればいい?
何を食べさせればいいんだ?」
「適当に魔力のあるものを定期的に与えて下さい。
それで大丈夫です」
「魔力のあるものって?」
「そりゃぁ、もう決まってるでしょう。
魔石ですよ、魔石」
魔石かぁ。
あれってかなり高価じゃなかったっけ。
「そんなもん、どうやって手に入れろと?」
「小さいのなら市場に売ってますよ。
数か月に一回程度で良いと思うので、
彼女に与えて下さい。
普通の食事とかはいらないと思います」
「人間になったわけじゃないんだな」
「ええ、見た目は女の子ですけど、
本質的には全くの別物です」
ふむ……やっぱり人間じゃないんだな。
「フェル君好きぃ!」
「もうやめてえええええ!」
うさ耳をびょんびょん引っ張るシロ。そろそろ止めさせないとフェルがストレスで脱毛する。かわいそうなので止めてあげよう。
「これこれ、ウサギをいじめてはいかんぞ」
「ユージ?」
「うん? どうした?」
「ユージは私のこと、好き?」
俺はシロをフェルから引きはがし、ゆっくりとベッドに座らせる。
「ああ、好きだぞ」
「嘘じゃない?」
「嘘なんてついてどうするんだ」
「本当に?」
「ああ、本当だとも」
俺はシロの頭をそっと撫でた。
すると彼女は……。
「えへへ……」
嬉しそうに笑うのだった。
「ユージ、約束してくれた。
私を楽しい場所へ連れて行ってくれるって。
ここはとっても楽しい。
約束、守ってくれてありがとう」
「あっ……ああ。そうだな」
別に何かをしたわけではないのだが、シロは満足してくれたようだ。
……よかった。
「とりあえず……閣下に面通しでもしておくか」
「え? 魔王様に会わせるんですか⁉」
サナトは俺の言葉にギョッとする。
「ああ、そのつもりだ。
隠しておいても仕方がないからな」
「でも……本当に大丈夫ですか?
魔王様に会わせて滅茶苦茶したら……」
それなら大丈夫だ。あの人、結構大人しいから、いきなり取って食ったりはしないだろう。
「と言うことで、行くぞ」
「……うん」
急にテンションが下がったシロ。
部屋から出たとたんに大人しくなる。
「あら、どうしたの急に?」
「外へ出ると不安になるんじゃないか?
サナトの部屋にいたから、テンションが高かっただけで」
「そうか……ずっと部屋に閉じ込めてたから、
あんなふうに暴走したのかもしれませんね」
部屋に閉じ込めていたら逆にダウナーになると思うんだが。
大人しくなるというのなら、積極的に外へ連れ出そう。そっちの方が面倒見やすいかもな。
俺はサナトとフェルを置いて魔王の所へと向かう。
「…………」
魔王の部屋へ連れて行くまでのあいだ、シロはずっと黙っていた。無表情のまま俺の手に引かれ、大人しく付き従っている。
このテンションの落差はなんだ?
誰かが見ていると元気がなくなるのか?
「おいっ! そこのお前っ! なにをしている!」
後ろの方からクロコドに呼び止められた。
面倒な奴が……。




