87 それから…。
数日後。
「……ですから、綿密な計画を立てる必要があるのです。
無策のまま突撃して返り討ちにあい、
先代は打ち取られることになりました。
閣下も同じ轍を踏まないために、
懸命なご判断をお願い申し上げます」
「ああ……分かってるよ。んもぅ」
うんざりした様子でふんぞり返る魔王。
嫌でもサインしてもらわないと困る。
「その黒と緑のしま模様のマフラー。どうしたの?」
「ああ……これは……」
魔王は書類にサインしながら、
俺が身に着けているマフラーに目を向ける。
「これは貰ったんです」
「誰に?」
「部下に……」
「……よかったな」
「どうも」
俺は一礼して王の間を後にした。
はぁ……本当にやれやれだ。
報告が終わったので自室へと向かう。
右見て、左見て、もう一度右を見て……ヨシ!
誰も見ていないことを確認し、自室の扉を開いたら素早く部屋の中へと滑り込み、さっとドアを閉める。
「あっ、お帰りー。遅かったね」
俺のベッドの上で一人のミィが寝ころんでいる。
芋を薄くスライスして油で揚げ、塩で味付けした菓子。
それを美味しそうにほおばりながら、ベッドでうつ伏せになってパタパタと足を動かしていた。
お菓子はノインに作ってもらった。ポテチが食べたいという彼女の要望に応えたのだ。
「ご機嫌そうだな、勇者」
「うん、これ面白い」
そう言って読んでいた本を持ち上げるミィ。
彼女の要望に応え、俺は仕事の合間に新作を書き上げた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「ねぇ……なんで勇者?」
「たまにはそう呼んでみたくなったんだよ」
「やだ、ちゃんと名前で呼んでよ」
「そうだな……すまん」
工事が終了し、ミィが俺の部屋へ帰ってきた。
ミィは最後まで仕事を頑張ったのだが、仲のいい友達はできなかったという。彼女のコミュ力では無理だったようだ。
ベルやシャミとは良好な関係を築けたのだが、友達になれたかというと微妙らしい。素直に友達になりたいって言えばいいのに、それが出来ないのがミィなのだ。
「ねぇ、マフラーなんかしてて暑くない?」
「別に。スケルトンだからな」
「ふぅん……似合ってるよ、それ」
「……そうか」
どうやら俺がマフラーをしていても違和感はないらしい。このままずっと着けてようかな、これ。
「そうだ、ミィ。
またマムニールの所へ行くつもりは無いか?」
「え? やだぁ」
「どうして?」
「ここにいた方がいいよ。楽だし」
うーん……この子はダメな子になりつつある。彼女のわがままを許していたら、本物のニートになってしまう。
どうすれば彼女を外の世界へ連れ出せるか。今度はイミテにでも頼んでみるかな。あの子の修業はぬるそうだし。
「楽ばっかしてると、ろくな大人にならないぞ」
「そうなったらユージに養ってもらう」
「本気で言ってたら怒るぞ?」
「ううん……怒られるのは嫌ぁ」
とことん、ぬるくなりつつあるミィ。マジでニートになるんじゃないだろうか。もしそうなったらどうしよう。
幸い、この世界にはネットがない。引きこもりになってもできることは限られる。退屈になって外へ飛び出すのを待とう。いつか自立すると決意してくれるはずだ。
「ねぇねぇ、ユージぃ」
「……なんだ」
「シロちゃんはどうなったの?」
「あの子なら……」
シロはサナトの所へ預けてある。
魔石との同化は上手くいったのだが、彼女の身体は大きくならなかった。失敗とも、成功とも言えない、どっちつかずの結果にサナトは納得しなかった。
どうしても彼女を成長させたいと迫るサナトに、俺はシロを預けざるを得なかった。
それからというものサナトはずっと部屋に閉じこもっている。中でなにが行われているのかさっぱり分からない。
俺は彼女を信じてシロを託したので細かいことはとやかく言わない。しかし……進捗の報告くらいはして欲しいものだ。
「ふぅん……ユージはそれでいいの?」
「仕方ないだろう……任せると言ったんだ。
彼女を信じて待つさ」
「もし失敗したらどうするの?」
「その時は……」
サナトを追放処分にする? 勿論、そんなことはしない。彼女は自分でこの地を去るだろう。無理に引き留めるつもりもない。
万が一、彼女が自らの命を絶とうとしたら流石にその時は止める。
それでも、シロが崩壊するなど最悪の事態に至ってしまったら、俺とサナトとの関係は壊れるだろうな。
……そうならないで欲しいものだ。
「ユージさまぁ、いますか?」
フェルの声だ。
「ミィ、隠れろ」
「うん……」
俺はミィを部屋の隅に隠す。
「入ってくれ」
「失礼します」
フェルは恐る恐る部屋へと踏み込み、辺りをきょろきょろと見渡した。
「どうした? 俺の部屋がそんなに珍しいか?」
「いや、ちょっと……変な感じがして。
ここに人間なんていませんよね?」
「ああ、いないが?
俺の気配を感じ取っただけじゃないか?」
「アンデッドと人間の気配は違います。
間違えるなんてありえません」
「……そうか」
どいつもこいつも、感が良くて困る。
ミィの存在をどこまで隠せるか分からんぞ。
「それで、なんの用だ?」
「サナトさんからユージさまを呼ぶようにと」
「ほぅ、シロの成長が成功したのか?」
「いえ……」
「失敗したのか?」
「その……」
なんとも判断しかねる返答だな。
自分で見に行った方が早いだろう。
「直接、自分の目で確かめる」
「あっ、待って下さい!」
俺はフェルを置いてサナトの所へと向かう。
「ユージさま、待って下さい!
とりあえず話を……」
「どうせ聞いたところで結果は変わらん。
実際に見に行った方が早い」
「でも、心の準備をしておかないと!」
心の準備だと? そんなものをしてどうなると言うのだ。なにをしても同じだ。
サナトは失敗したのか?
だから、フェルはこんなに焦っているのだ。他に考えようがない。
失敗か……信じていたんだがな。
サナトは俺を見たら、どんな反応をするだろうか。泣いて謝罪する? それとも居直る?
どちらにせよ、彼女との関係は破綻するだろう。
あそこまで大見えを切っておいて、失敗しましたじゃ話にならん。デコピンの一つでもしてやらんと気が収まらん。
「サナト! 出てこい! シロはどうなった⁉」
俺は部屋の扉を何度も叩き、サナトに呼びかける。
なかなか返事がない。どうしたと言うのだ。
「おい、フェル!
サナトはこの中にいるんだろうな⁉」
「はい……シロさんと一緒に……」
「シロがこの中にいる⁉
彼女は消滅していないのか⁉」
「いや、消滅したなんて一言も……」
「じゃぁ、どうして素直に結果を言わない⁉
なんで俺に隠すんだ!」
「だから隠すつもりなんて……」
ええい、これではらちが明かない。
とにかく中へ入って確かめて……。
きぃ……。
ゆっくりと扉が開く。
中からサナトが顔を出した。
「え? サナト?」
サナトは酷い顔をしていた。
髪の毛はもみくちゃになり、目にはくっきりと隈が出来ている。
「どうしたんだ……その顔?」
「中に入れば分かります」
「え?」
「さぁ……早く中へ」
「おっ、おう……」
サナトにいざなわれるままに、俺は部屋の中へと入った。
ふわりといい香りが漂う。女の子のいい匂い。
部屋には色んな小物が置いてあり、全体的にピンクな色合いの装飾。300才でも心は乙女のままなんだな。
そして、サナトのベッドの上には……。




