86 自由を
この度、タイトルの副題を改定いたしました。
数日間悩んで新しい副題を決めたのですが、まだ悩んでいる状態です。
もし、タイトルについてのご意見、アドバイスを頂けるようでしたら、活動報告の方にコメントを残していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
「ちょっ! なにやってる⁉」
サナトの手には魔石が握られている。
フェルが勇者のアジトで見つけたという、特大サイズの奴だ。
彼女はそれを両手で持ち、床に寝かせたシロの身体に近づけていた。
「やっぱり……魔石が反応している。
この子の身体にも魔石が埋め込まれてるんだ」
サナトは独り言のように言う。ふざけた感じではないのだが……なにか変なことをやりそうで怖い。
「ゆっ……ユージさま……。
早くサナトを止めないと、
取り返しのつかないことになりますの……」
地面に這いつくばったエイネリが言う。
サナトに瞬殺されたようだ。
「サナト、シロを返してくれ。
その子になにをするつもりだ?」
「この子は魔石によって動かされています。
だからより強い力を持つ魔石を取り込めば、
身体も成長するはずです」
サナトはそう言うが、今は試すつもりは無い。シロを実験道具のように扱うのは俺が許さん。
「だからなんだ。
その魔石を取り込ませて、
シロを兵器にでもするつもりか?」
「いえ……そんなつもりはありません。
この子は自分の意志を持っています。
身体が小さくて表現できないだけなんです。
だから……」
「力を与えれば彼女が口を利くと?」
「ええ、その通りです」
ううむ……サナトが言っていることが本当か嘘か、俺には分からない。
シロが口を利けるようになるのは、彼女にとって良い事なのかもしれない。しかし、彼女自身が望んでいるかどうかは不明。俺の身勝手な意思で実行に移してよいものか。
それに、この実験が上手くいくとは限らない。シロになにかあったらどうするんだ。
「サナト、君の言う通りにそれを食わせて、
シロが無事でいられる保証があるのか?」
「ありません……ですけど……」
「試す価値はあると?」
「……はい」
成功するかどうかも分からない実験に、シロを付き合わせろと言うのか。俺は到底、同意しかねる。
「もしそれでシロが死んだらどうする?」
「この子に生命はありません。
死んでいるも同じです」
「なんだとっ⁉」
彼女の言葉に、俺は我慢ならなかった。
「シロが死んでいるだと⁉ ふざけるなっ!
この子には自分の意志があるんだっ!
それを死んでいるなんて……取り消せっ!」
俺が怒鳴るとサナトは……。
「この子から自由を奪っているのに、
そんなことを言うんですか?」
「自由を奪っている? 俺が⁉」
「この子はただ自由に歩き回りたいだけなんです。
あの大きな体になった時この子は、
にぎやかな人の住む場所を見たかった。
だから街へ行こうとした」
シロが街を見たかった?
本当にただそれだけだったのか?
そもそもどうしてサナトはそれを理解できる。
魔法でも使ったというのか。
「君はどうしてシロの気持ちが分かるんだ?」
「なんとなくそう思ったんです。
この子は自分の意志で動けるようになりたい。
そう願っていると……」
なんとなくって……。
確固たるエビデンスがあるわけじゃないんだな。
「君の言っていることが本当だとして、
その実験に同意する価値がどこにある?
もし失敗してシロを殺してしまったら、
なんの意味もないじゃないか」
「失敗もなにも、彼女はこのままにしていたら、
何もできずに悠久の時を過ごすのです。
ずっと成長できずに、この姿のままなんて。
飼い殺されているのと同じじゃないですか」
「…………」
反論できなかった。
シロをずっとそばに置いておきたいと思っていたが、俺のエゴだったのかもしれない。彼女から成長する自由を奪い、ずっと骨で出来た籠の中に閉じ込めて、心の隙間を埋めようとしていただけなのか。
「耳を貸してはいけませんですの!
あの女は出まかせを言っているだけで……」
「黙れ……エイネリ」
「うっく……その……」
俺はエイネリを黙らせた。
他の誰かに口を挟ませるつもりは無い。
「サナト、一つ問う。
もし君の言う通りにしたとして、
失敗してシロが壊れたらどうする?」
「私の命を差し出します。
どうぞ、お好きに処分なさって下さい」
「それほどの覚悟だと?」
「愚問ですね。でなければこんなことしませんよ。
ユージさま、どうか私を信じてください。
シロを救えるのは私だけです」
サナトはまっすぐに俺を見据えて言った。
「ミィ……君はどう思う?」
「私は……」
ミィは俺から視線を逸らした。
しばらく悩みこんでから彼女は……。
「私は、彼女の言う通りにすべきだと思う。
あそこまで言うんだったら任せても良いんじゃない?
あの人はユージが信用する人なんでしょう。
だったら……」
「サナトの言う通りにした方が良いと?」
「ユージが信じられるのなら、そうすべきだと思う。
ユージが私に彼女と同じことを言ったら、
私は信じて任せるよ」
……なるほど。そうか。
ミィはそう言う子だよな。
「サナト、俺は君を信じる。
シロを君に託そう」
「本当によろしいのですか?
後で後悔しても、取り返しがつきませんよ」
「構わない。やってくれ」
俺がそう言うと、サナトは魔方陣を錬成する。床一面に巨大な魔方陣が描かれ、その中央にはシロと魔石。
魔方陣がひかり輝き始める。もうすぐ魔法が発動する。
もし、失敗すれば、俺はシロを失う。ずっと守ってきた彼女を、俺は永久に手放すことになるのだ。
それでも……ずっと彼女を赤子のまま、手元に置いておくよりはいい。
俺は彼女に自由に歩き回ってもらいたい。自分の言葉で、自分の意志を伝えてもらいたい。サナトがあそこまで言ったのだ。信じるしかあるまい。
どうやらこの魔法はかなり複雑なようで、普段は無詠唱で魔法を発動するサナトも、ずっと呪文をつぶやいている。
果たして成功するのだろうか?
失敗すれば、俺はシロを失う。しかしそれでも……賭ける価値はある。
シロが自分の意志で歩き、自分の意志でしゃべり、自分の意志で行動するというのなら、俺は全てを差し出してもいい。




