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83 望むもの

「ふわぁぁ……疲れた、んもぅ」


 大きな欠伸をする魔王。

 若干、声がしゃがれている。


「お疲れさまでした、閣下」

「ユージよ、お前の言った通りにしたら、

 実に上手くいったぞ。

 皆で軍歌を合唱して楽しく過ごせた。

 歌うというのは良いなぁ!」


 俺の提案通りにした魔王は住人たちを落ち着かせることができたようだ。


 フェルによると魔王は前振りもなしに唐突に歌い始め、住人たちを困惑させた。しかし、繰り返し歌い続けると住人達もつられて歌い始めたという。


 その為、混乱は起きず穏やかに時間が過ぎて行った。誰も不平や不満など漏らさず、人々は落ち着いて時が来るのを待ったそうだ。


「住人たちは自宅へ帰りつつあります。

 街への被害もほとんどなく、損害は皆無。

 全ては閣下のご指示によるもの。

 閣下あっての勝利でございます」

「ククク、口ではそう言っているが、

 本当のところ、どう思ってるのか分からんな」


 魔王は自分のあごを人差し指と親指で撫でる。


 なんか今日はすごい魔王っぽいな。騒ぎの後でテンションが上がったのか?


「なぁ、ユージよ。

 お前は俺をどう思っている?」

「えっ……どうとは?」

ていよく操れる人形だと思っていないか?」

「そんなまさか……」

「ククク、言わんでもよい。

 今は道化を演じてやるとしよう。

 だがな……それはお前に利用価値がある間だけだ。

 もしこの国に仇なすようなことがあれば……」

「それはあり得ません」


 俺は断言する。


「それだけは絶対にあり得ません。

 私はこの国を愛しています。

 この国を、臣民を、それらを統べる閣下を、

 裏切るようなことは決して致しません。

 もし私が役に立たないというのであれば、

 いつでもご処分ください」


 俺はひざまずいて合掌する。

 魔王はそんな俺を興味深く眺めていた。


「その言葉に偽りはないな?」

「勿論です」

「ユージよ、正直俺は分かりかねるのだ。

 貴様をどう評価すれば良いか。

 お前はこれからどこへ行こうとしている?」

「わっ、私は……」


 どういう意図の質問なのだろうか。

 魔王が何を考えているか良く分からない。


「答えられぬか?」

「その……どう答えればいいのか分かりません。

 閣下は私に何を聞きたいのでしょう?」

「複雑に考えるな。

 お前が何をしたいのかを言えばいい」

「私が……ですか?」

「ああ、そうだ」


 俺が何をしたいか?

 それを聞いてどうすると言うのだ。


「他の者であれば、働きに応じて報酬を払うが、

 お前はなにも要求しない。

 今回の働きに見合うだけの褒美をやろうにも、

 なにが欲しいか分からなくては与えられてやれん」

「報酬ならちゃんといただいておりますが……」

「ククク、そう言う所だぞ。

 他の者なら遠慮なく欲しいものを言う。

 だが、お前は普段支払っている賃金で満足してしまう。

 欲のない男だよ、お前は」


 欲がない、と言えばその通りだ。俺は個人的な要求はしたことがない。仕事のことでしょっちゅうお願いをしてはいるが、それは個人的な願望とは違う。


「ユージよ、今一度尋ねる。

 お前の望むものとはなんだ?

 これから何がしたい?

 何を実現したい?

 お前が望む世界とは?」

「私は……」


 俺の望みは、もっと根本的な物。金でも、食べ物でも、豊かな暮らしでも、性的なものでも、怠惰をむさぼることでもない。


 たった一つ、望むものは……。


「私は……この国に恒久的な平和をもたらしたい。

 人々が安心して幸せに暮らせる幸福な国にしたい。

 それが私の願いです」

「ククク、アンデッドのお前が臣民の幸せを語るか。

 何とも滑稽だな」


 魔王はくぐもった笑いを漏らす。


「なぜ、そう思われますか?」

「アンデッドとは生ける屍。

 なにを望むこともなく、暗闇を徘徊するしか能がない。

 アンデッドのお前が人々の幸福を願うとは思わなくてな」

「左様ですか……」


 そりゃまぁ、アンデッドだからな。他人の幸せを望むスケルトンがどこにいるというのだ。


「ユージよ、平和を望むというのなら、

 人間どもを殺しつくすのが一番だと思うが、

 お前はどう思う?」

「それは……」


 魔族が大陸を平定し、人間を絶滅させれば、この世界から争いがなくなるのだろうか?


 無論、そんなことは絶対にあり得ない。人間がいなくなれば、今度は魔族同士で争い始めるはずだ。


「恐れながら申し上げます。

 私の望む平和とは、争いの先にあるものではありません。

 戦争によってもたらされるのは一時の平穏。

 再び世は戦乱を迎え、過ちは繰り返されるでしょう」

「では、どうすれば平和が訪れると?」

「戦争ではなく別の方法で……」


 言ってからしまったと思った。

 そんなことをこの男が望むとは思えない。


「つまり貴様は、戦争を望まないと?」

「えっ、ええっ……まぁ……」

「だが、一度たりとも反対したことがなかったな。

 むしろ戦の為の準備に進んで協力して、

 一番に力を尽くしていたのがお前だ。

 それなのに、そんなことを言うのか?」


 剣呑けんのんな目つきで俺を見やる魔王。

 ちょっと怖い。


「確かに、私は戦争を望みません。

 しかし、今回の戦いは避けられないかと思います。

 であればできる限り犠牲を減らし、

 勝利を収めるしかないかと思いまして……」

「どうして避けられないと?」

「それは、民衆が戦争を望むからです」

「ふむ……」


 レオンハルトは沈黙して考え込む。

 何気に緊張感がヤバい。


「では、民衆が戦争を望まなければ、

 お前はその手段を放棄すると?」

「いえ、民衆が望まなかったとしても、

 敵が攻めて来たら戦わざるを得ません。

 平和をもたらすには身を守る術も必要。

 武力を放棄したとしても平和はなしえません」

「なるほど……良く分かった」


 魔王は立ち上がり、窓の外を眺める。

 後ろ手に手を組んで振り返らずに言う。


「今回、お前の働きによって街は守られた。

 その点については感謝している。

 だが、今後も同じように、

 我が軍に勝利をもたらすかは疑問だ。

 平和、平和と、世迷言をのたまっているようでは、

 軍を任せるわけにはいかん」

「…………」

「……だがな」

「……?」

「俺はお前を信じてみようと思う」


 彼は振り返って俺を見る。その表情は先ほどとはうってかわり、実に柔和にゅうわな顔つきになっていた。


「実は俺も、お前と同じように思っていたことがある。

 戦争なんかしても何も変わらないのではないかと。

 ずっと考えていた時期があってな」

「それは……本当ですか?」

「ああ、幼いころに何度も死ぬ思いをして、

 戦争なんか無くなればいいのにと思ったよ。

 だが、父が死に、俺が魔王になり、

 戦うことでしか己の価値を証明できないと気づいた。

 皆もそう言っていたし、俺自身もそう思った。

 だが……」


 魔王は身をかがめ、ひざまずく俺に視線を合わせる。


「お前は俺に、別の道を示してくれた。

 王として民衆の前に立ち、

 人々と想いを同じくすることで、

 俺の務めが何かはっきりと分かった。

 改めて礼を言うぞ、ユージ。

 ありがとう」


 レオンハルトはそう言って俺の頭を撫でた。

 ホッとするようなぬくもりを感じる。


「あなたのような方にお仕えできて幸せに思います」

「ククク、それは本心なのか?」


 嘘でも偽りでもなく、真実だ。

 俺は心の底からそう思う。

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