81 この世の地獄
「アハハハハ! アハハ!」
狂ったように笑うマリアンヌ。
その周囲では黒いエネルギーが渦巻いている。
「逃げろっ! こっちだ!」
「……うん」
俺はシロの手を引いて逃げ出した。
「逃げるの⁉ 逃げちゃうの?
アハハハハ! あんなに威勢が良かったのに!
逃げて、逃げて、逃げ回ればいいわ!
どんなに逃げても外へは出られない!
永久に外へは出られない!
アハハハハハハハ!」
後ろからマリアンヌの笑い声が聞こえる。
あの女は自分が負けるなんて思ってない。ここへ誰かが来るのは想定内だったのか? もしそうだとしたら無策で突っ込むのは危険だろう。
先ずはここで何が出来るのか試してみよう。こちらから攻撃できるのなら、その手段を確かめたい。
確か心の闇がどうの言ってたな。今まで体験した負の経験が力になるのなら、俺にも十分勝ち目がある。
「アハハハハ! 消えろ、消えてしまえ!」
マリアンヌは右手を掲げ黒いエネルギーを集中させる。
あれで攻撃するつもりのようだ。だが……。
「無駄だっ!」
放たれた黒いエネルギーを俺は片手で受け止める。すると、俺の心の中にヴィジョンが流れこんで来た。
一人の少女が棺桶の前で泣いている。人が入っているとは思えないほど小さな、小さな棺桶。胸が貫かれるような痛みが走る。
大切な人を失うと言う苦しみ。それが彼女の抱えている闇だと言うのか?
「……っ! なんだと⁉」
俺が攻撃を受け止めたのが意外だったのかマリアンヌは驚きの声を上げた。
「その程度の痛み、慣れているからな」
「あなたは……いったい何者なの?」
「ただのスケルトンだよ。
人よりもちょっと経験を積んでいるがね」
どうやらこの空間では過去に体験した負の経験を相手にぶつけ、精神的なダメージを与えられるようだ。
それなら……。
「今度は俺の番だな」
俺は右手を掲げ、精神を集中させる。見る見るうちにエネルギーが集まり、巨大な球体ができあがった。
「……⁉ なによ、そのまがまがしい力は!
予想外よ⁉ 全くの予想外だわ!
そんな闇を抱えて正気でいられるはずが……」
「どうやら俺の心の闇は、
お前とは比べ物にならないほど強いらしい。
自分の経験に自信があるようだが、
相手が悪かったな。
俺はお前なんかよりもずっと長く生きている」
「生きてる⁉ アンデッドのくせに!
いったい何を言っているの⁉」
そうだ。俺はアンデッドだ。
物を食べず、水も飲まず、眠らず、休まず、誰かと身体を重ねることもない。
それでも俺は生きている。自分の意志で立って歩いている。今までに積み重ねて来た経験は、色褪せないまま心に残されている。
だからこそ、俺は生きていると言える。
自信を持ってそう主張できる。
命とは、心の連続性だ。死とは心が失われ途切れること。心が失われない限り俺の生命の炎は燃え続ける。
「たとえ肉体が朽ち果てようとも、
俺の心は死んでいない!
くたばれ、マリアンヌ。
お前にはありったけの闇をくれてやる!」
「いやぁ……止めてっ! 止め……」
「くらえええええええええええっ!」
「いやああああああああああああ!」
俺が放った特大の暗黒エネルギーはマリアンヌの身体を直撃。彼女は膝をついて悲鳴を上げ、苦痛にもだえ苦しんでいる。
「こんなっ! こんなのってないわ⁉
正気じゃない、とても正気じゃないわっ!
何も希望がない苦しいだけの人生っ!
まさにこの世の地獄じゃない!」
……冷静に考えると俺の人生って割と狂ってたんだな。少なくとも彼女をドン引きさせるくらいには。
「これは……異世界での記憶?
ドヴァンの言っていたことは本当だったのね……。
別の世界から転生してきた連中がいるって」
「ほぅ、俺の他にも転生者がいるのか?
そのドヴァンとは何者だ?」
「教えるわけないでしょう……敵のあなたに」
「まぁ、いいさ」
俺は再び右手に意識を集中させ負のエネルギー集める。
「ただのコピーであるお前を拷問しても無意味。
一思いに消し去ってやる。
最後に何か言うことはあるか?」
「私は……諦めない。
今回は失敗したかもしれないけど、
いつか必ず死者の復活を成し遂げてみせる」
「死者の……復活だと?」
「ええ、死んだ人間を蘇らせるの。
アナタのような中途半端な存在ではなく、
肉体を持った完全な生命としてね」
勇者のくせに、たいそうな野望をお持ちで。
せいぜい頑張るといい。
そう言う試みって大抵、失敗するけどな。
「さっきも言ったが、俺は生きている。
アンデッドだからって死んでるわけじゃない」
「そう思ってるのはアナタだけでしょう?」
「自分で思っていれば十分なんだよ。
他人にどういわれようが、関係ないね」
「ふふっ……アナタって面白い人ね」
……よく言われる。
「じゃぁ、そろそろ消えてもらおうか」
「ええ、もう充分満足したわ。
今頃、私の仲間が幹部たちを殺して、
その首を持ち帰っているころよ。
せいぜい悔しがるといいわ」
さっき賊がなんとかって狼の獣人が言っていたが、マリアンヌの仲間のことだったのか。
「それは……残念だ」
「さぁ、一思いにやって頂戴。
どうせこの身体も長く持たないわ」
「一つ聞くが、お前を殺したら、
本体はどうなる?」
「どうにもならないわ。
私はコピー、儚く消えていくの。
ただそれだけの存在だもの」
「いや、違うな」
「……え?」
最後に敵に塩を送ってやることにした。
「お前は本体のコピーに過ぎない。
しかし、自分の意志を持ち、自分で行動した。
確かにこの暗闇の世界で生きていたんだ。
俺はお前の存在を認知し、記憶した。
お前は俺の中で生き続ける。
永遠にな」
「ふふっ……アハハハハ!
なにそれ! なんてことを言うの?
私が一番言って欲しかった言葉じゃない!
そうよ、私は生きている!
生きてここにいる!
だから……だからこんなにも苦しいのね!
アハハハハハハハ!」
コピーのくせに良く笑う。
しかし、どういう仕様なんだろうな。精神を分離してコピーするなんて、そんな魔法があるのだろうか?
「じゃぁな、マリアンヌ」
「ええ、また会いましょう。
でも次会うとしたら、本体の方だと思うけど」
「……そうだな」
俺は右手に集めたエネルギーを放出してマリアンヌにぶつける。コピーの身体は粉々に砕け散り、土くれのように崩れていった。
「……死んだの?」
シロが俺に尋ねる。
「ああ、死んだ」
「……そう」
彼女は確かにここにいた。俺はそれを忘れない。
「さぁ……行こうか」
「どこへ?」
「明るい場所だよ」
「明るい……場所?」
「ああ、皆がいる、楽しい所だ」
遠くに光が見える。あそこから外へ出られるかもしれない。俺はシロの手を引いて光へと向かう。