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80 怪獣の内側に潜むもの

「ここは……?」


 怪獣に取り込まれた俺は何もない空間に放り出された。


 ここは……あれだな。


 俺が最初に死んだ時に、良く分からない存在から転生するかどうか尋ねられた場所。あそこに似ている。


 真っ暗闇で何もない空間で俺はいったい何をすればいいのだろうか?


「おーい! 誰かいないか?」


 俺は呼びかけながら歩き出す。


 身体の感覚はいつも通り。特に違和感はない。


 真っ暗闇と言っても俺の身体を見ることはできる。闇の中に俺の白い骨の身体だけが、くっきりと浮かんでいる状態だ。


 暑さも、寒さも、匂いも、音も、なにもない、時間の感覚でさえ希薄になるこの空間で、俺はひたすら歩き続けた。


 ずっと呼び掛けているが返答はない。果たして俺は、元の世界へ戻れるのだろうか?そんな不安が頭をもたげ始めた時だ。


 ……あれは?


 小さな子供がうずくまっている。周囲に明かりが全くないのに、俺の身体と同じようにその姿を視認できた。


「君……大丈夫か?」

「…………」

「ここで何をしている? 君は誰だ?」

「私は……ううん、分からない。

 何も思い出せない」

「記憶がないのかい?」

「分からない」

「そうか、分からないのなら仕方ないな。

 ここから脱出するから一緒に来るかい?」

「……うん」


 そこにいたのは幼い少女だった。

 彼女は俺の質問に小さく頷いて答える。


「顔を見せてくれるかい?」

「…………」


 少女は無言のまま顔を上げる。


 その少女は白い髪の色をしていた。ボブショートでかわいらしい。服は灰色でボロボロの服を着ている。

 宝石のように輝く紫色の瞳孔をもつ不思議な雰囲気の少女だった。

その表情に不安はなく、怒りや、苦しみや、憎しみなど、負の感情は一切感じられない。


「君は……もしかしてテレジアなのか?」

「え?」


 少女は目を丸くする。


「いや……すまない。

君がある人によく似ているから、

なんとなくそう思っただけなんだ」

「……そう」


 その少女は俺が知っている人物に雰囲気が似ていたが、まったくの別人だろうな。


 そもそも年齢が全然違う。

 なんでそう思ったか自分でも分からん。


「こんなところに一人でいるのも寂しいし、

 俺が外の世界へ連れて行ってあげるよ」

「いいの?」

「ああ、一緒に来てくれ。

 俺が君を守ってやる」

「うん」


 少女は立ち上がり、俺の手を取る。

 顔を上げた彼女のおでこはつやつやできれい。


 さて……これからどうするかな。


 出口はどこにも見当たらない。

 永遠にこの空間をさ迷う羽目になるのか?

 それは嫌だな。


「ちょっと、待ちなさい」


 女の声が聞こえた。

 振り返ると銀髪で褐色肌の女性が立っていた。

 白いレオタードの上に鎧を着ている。


 ……なんて恰好してんだよ。


「誰だ、貴様は?」

「私はその子の保護者……と言えばいいかしら?」

「保護者? この子は誰なんだ?」

「あなたが大切にしていたあの嬰児よ。

 取り戻しに来たようだけれど……無駄ね。

 連れて行かせたりはしないわ。

 彼女にはまだ大切な役割が残されているの。

 ゲンクリーフンを壊滅させる、大切な役割が」


 なるほど。銀髪の彼女の言う通りなら、この少女はシロの本体になるわけだ。


 外側の怪獣が暴走しているのは、本体の意思とは関係がないらしい。あの銀髪が身体を動かしているのだろうか?


「なぜそんなことを?」

「人間にその子の存在を覚えてもらうためよ。

 誰にも知られないまま独りぼっちで死ぬのって、

 とても寂しいじゃない。

 とっても寂しいと思うの。

 だから……」

「そんなことの為に、

 この子を殺人兵器として利用するのか?」

「ええ、その通りよ。何が悪いの?

 何が悪いって言うのよ、あなたは」


 悪びれもなくそう言う少女に、俺は苛立ちを覚えた。


「そんなこと、この子が望んでいると思うか?」

「その子の意志なんて関係ないわ。

 子供には分からないのよ。

 英雄になることの素晴らしさが」

「俺にも分からんね」

「あら……つまらない男。

 本当につまらない」


 銀髪の少女は俺を馬鹿にしたように笑う。


「理解してもらわなくてもいい。

 ところで、そろそろ教えてくれないか?

 君は誰なんだ?」

「私の名はマリアンヌ。勇者よ」


 彼女は胸に手を当てて言う。

 胸元の赤い宝石が怪しく輝いている。


「勇者? 勇者がなぜここに?」

「その子を覚醒させるために、

 魔石に魔力を注ぎ込んで分身を作ったの。

 私は本体から切り離されたコピー。

 その子をコントロールする為にここにいる」

「つまり、怪獣を操っているのはお前か」


 俺がそう言うと彼女は頷いた。


「ええ、その通り。

 私がここにいる限り、

 この怪獣を止めることはできないわ」

「そうか……では、お前を倒して、

 この子を解放するとしよう」

「どうやって私と戦うつもりなのかしら?」


 どうやって?

 ……本当にどうすれば良いんだ?


 勇者のコピーとはいえ、スケルトンの俺が戦って勝てるとは思えない。物理での戦いにほぼ勝ち目はない。


 しかし、ここは現実とは違う。恐らくシロの中の精神世界的な場所なのだろう。それなら俺に勝ち目がないわけじゃない。


「ここは精神世界。

 力の強さは関係がない。

 つまりは精神の強さが勝敗を決める。

 ということじゃないだろうか?」

「ご名答、その通りよ」

「じゃぁ、俺に勝ち目がないわけじゃないな」

「ええ、でも……」


 マリアンヌは髪を払った。暗闇の中で淡く輝く。


「心の強さで私に勝てるかしら?

 私が抱えた心の闇は、

 常人とは比べ物にならないほど深い。

 あなたが私に勝てる見込みはゼロ。

 皆無に近いわ」

「だとしても……」


 俺はここで引くわけにはいかないのだ。


「俺はシロを助けなくちゃいけない。

 お前を倒して、彼女をここから連れ出す」

「そう……浅はかね。とっても浅はか。

 アナタは自分が強いと思い込んでいるようだけど、

 私には絶対に勝てない。絶対にね」


 そう断言する彼女は実に美しかった。

 深い沼に映し出された月のように、優しく銀色の髪が輝く。


「さぁ……始めましょうか。

 私と、アナタ。

 どちらが強い心を持ち合わせているか、

 ここで証明しましょう」


 マリアンヌは無邪気な子供のように微笑んだ。

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