75 俺だけの役割
「閣下ぁ! 閣下ぁ!」
俺は叫びながら魔王の部屋の扉を開けた。
「んもぅ、なにぃ? こんな夜中に……」
眠気眼をこする魔王。
パジャマ姿でナイトキャップを被っている。
どうやら熟睡していたらしい。呑気なもんだ。
「大変です! 緊急事態です!」
「勇者でも現れたの?」
「勇者も現れましたが撃退しました。
今問題になっているのは巨大怪獣です」
「怪獣ぅ?」
ここで話していてもらちが明かない。
現物を見てもらったほうが早いだろう。
ということで、魔王をバルコニーまで連れ出す。
「ご覧ください、アレが怪獣です」
「ふぇぇ……おっきぃ」
「早く対応しないと、取り返しがつかなくなります。
いかがいたしましょうか?」
「ええっ、普通に倒せば良くない?
幹部たちになんとかしてもらってよ」
丸投げである。危機感が皆無。
「閣下、呑気に見物している暇はありません。
アナタが動かなければ民衆も不安がります」
「ええっ、俺が倒すのぉ? 面倒だなぁ。
あんなのちょっと頑張ればすぐ倒せるでしょ?」
その自信はいったいどこから出てくるのか。
この人がガチれば普通の怪獣なら倒せるだろう。
大した危機だとは思ってないのかもしれない。
しかし……。
「あれはちょっと特殊な怪獣でして、
物理での攻撃が通用しないのです。
物体を取り込んでしまうので、武器は使えません」
「じゃぁ、素手で倒せばいいじゃん」
「本当に可能だと思われますか?」
「ええ、出来ないの?」
逆に聞きたい。どうやったらできるのかと。
「まぁ……ダメそうなら俺がなんとかするよ」
「それでは閣下。
いったん避難所におもむいて、
民衆を落ち着かせて下さい」
「え? 逃げるの?」
「先ずは民衆を落ち着かせることが先決です。
閣下の声で皆を安心させるのです」
「ふぅん……そっかぁ。分かった」
考えるのが面倒になったのか、魔王は素直に従った。
「それではこちらにサインを」
「え? こんな時にも書類?」
「これが無いと誰も言うことを聞きませんので」
「別に良いけどさぁ……。
そう言えばユージよ。
お前も自分の軍を持ってただろ?」
「いえ……」
俺が動かせるのは数人のオークと白兎族。それとゴブリンたちくらいだ。戦闘部隊は俺の指揮下にない。
まともな戦闘戦力がなく怪獣と戦うには力不足。どうしても正規軍の協力が必要になる。
「私の配下は雑務が主な仕事でして……」
「そろそろ自分の軍団を持てば?
お前も幹部なんだしさぁ。
なんなら、他の部隊から何人か引き抜いて、
自分だけの部隊を作っちゃいなよ」
そんなことを話している暇はない。
早くなんとかしないと、城下町はおろか魔王城まで壊滅してしまう。
「とにかく閣下は、民衆を落ち着かせて下さい」
「でも、どうやればいいの?」
「何かこう、適当なことを言って、
自信満々にふるまっていれば大丈夫です。
俺の指示で直ぐになんとかなるから安心しろと、
民衆に言い聞かせるのです」
「それだけでいいの?」
「はい、大丈夫です」
俺がそう言うと魔王は……。
「自信がないなぁ。台本とかないの?」
「そんなものを読んでいたら民衆は不安がります。
自らのお言葉でなければ意味がありません」
「自らの言葉って……なに言えばいいか分かんないよ」
ううむ……どうしたもんか。
こういう緊急時はリーダーが自信を無くすと、部下たちは途端に不安になってしまう。彼が自信満々にふるまうだけで、見ている人の気分はだいぶ変わる。
人から渡された台本を読み上げるのを見たら、こんなのが魔王で大丈夫かと民衆は不安になる。なにがなんでも自分の言葉で……。
「あっ、そうだ。こうしたらどうでしょうか?」
俺は魔王にある提案をした。
「え? 歌うの? なんで?」
「しどろもどろになるよりはましです」
「ふぅん……」
なにも言えないのなら、適当に歌でも歌っておけ。民衆を励ますのならこれで十分だろう。
いきなり魔王のカラオケ大会を始めても、民衆は何事かと思って混乱するだろう。だが、不安そうに人から渡された台本を読み、形だけ人々を落ち着かせようとする姿を見せるより、ずっとましかと思う。
「適当に軍歌でも歌って下さい。
確か先代が作曲したものがあったはずですよね?
行進する際に兵士たちに歌わせる曲が。」
「うん、小さいころに死ぬほど歌わされた」
「それを繰り返し歌い聞かせるのです。
民衆の前であなたが歌えば、
兵士たちも続いて歌い始めるでしょう。
閣下がそうして人々の面倒を見ている間に、
私があの怪獣をなんとかします」
「そうか、分かった。全部、お前に任せるよ」
魔王はそう言って書類を受け取り、自分の名前を書き込む。
誰かにこの人を丘の上まで連れて行ってもらい、そこで民衆に軍歌を聞かせればいい。魔王が健在ならみんな落ち着くはずだ。
「魔王様ぁ!」
フェルがやってきた。もう着いたのか、早い。
「ハァ……ハァ……。
良かった、ここにいらしたんですね。
お部屋にいなかったので、どこにいるかと」
息を切らせるフェル。さすがの彼もここまで全力で走るには、体力を消耗してしまったようだ。
「フェル、民衆の避難は?」
「アナロワさんにお願いしました。
僕の仲間も一緒に回って、誘導を行っています。
今の所、大した騒ぎも起こっていません。
あの……」
「なんだ?」
「この前の鳥人間がラッパを吹いて飛び回ってるんですけど……」
「俺の指示だ。眠っている民衆を起こすには、
あの方法が手っ取り早いだろ?」
「そうだったんですか」
ホッとするフェル。
トゥエが勝手に変なことをしていると思ったのだろう。
「他に何か問題は?」
「今のところは、何も」
「うむ、それでは閣下を丘へお連れしろ」
「了解しました!」
アロワナから教わったのか、彼も敬礼をして返事をする。
フェルは十分に役割を果たしてくれていると思う。
「なんだ、お前も自分の軍を持ってるじゃないか」
魔王が言った。
「いえ、フェルは軍人ではなく……」
「彼はもう立派な戦士だ。
お前が思っている以上にな」
「…………」
レオンハルトはフェルを見てどう思ったのだろう。
彼のことを高く評価しているようだが……。
「フェルと言ったか、うさ耳の少年よ」
「はい!」
「これからも頑張って働いてくれ。
わが国には君のような人材が必要だ」
「え?」
魔王はフェル頭をすっぽりと覆うくらい大きな手で、彼の頭をゆっくりと撫でた。
「あっ、ありがとうございます!」
「では任務に移るとよかろう。
君の力で民衆を助けてくれ」
「はい! それでは魔王様。
僕について来て下さい!」
「うむ」
フェルが歩き出すと、魔王もそれに続く。
「ユージよ」
レオンハルトは振り返って俺を見る。
「はっ、なんでしょうか」
「お前が俺に何をさせようとしているのか、
なんとなく理解できた。
今のようにやればいいのだろう?」
「ええ、その通りです」
「ふっ、これは俺にしかできない役割のようだな。
他の者に任せることはできない、俺だけの役割。
魔王になって初めて、
誰かに必要とされたような気がする。
感謝するぞ、ユージよ」
「もったいないお言葉です……」
目の前にいる彼がとても魔王らしく見えるのは、恐らく勘違いではないだろう。
その背中がとても大きく見えた。




