74 避難誘導
俺を後ろに乗せたサナト。ゼノの首都であるゲンクリーフンを一望できる高さまで一気に上昇。
郊外にあるマムニールの農場から一直線に魔王城を目指すシロ。移動速度はそれほど早くはないが、城下町に到達するのは時間の問題だろう。
「ユージ様、これからどうするんですかぁ?」
まだ酔っているのか、サナトは変なテンションのままだ。
「フェルには既に指示を出しているが、
出来るだけ多くの住人に避難を呼びかけたい」
「でも、今の時間だと皆寝てますよねぇ?」
「うむ……そうだな」
寝静まった住人たちを起こすのは大変だ。
普通に呼びかけただけでは時間がかかる。
「いい方法はないかなぁ?」
「試しに空中で爆発でも起こしてみます?」
「え? 出来るの?」
「やれないことはないです。
なんてったって、私は魔女なので!
優秀な宮廷魔女なので!」
無邪気にはしゃぐサナト。
もし街の上空で大爆発なんて起こしたら、住人が混乱しかねない。確かに目は醒めるだろうが、パニックを起こしては元も子もない。別の方法はないだろうか?
「爆発はちょっと待て。別の方法を考える」
「別の方法って何がありますかぁ?」
「それを今考えているところで……」
「おやぁ? そんなところで何してるんですか?」
誰か別の声が聞こえる。空中で話しかけてくる奴なんて限られているが。声の主は……。
「トゥエか?」
「はい、トゥエであります!」
笑顔で挨拶をするトゥエ。
そんな彼女をサナトはうんざりとした表情で見つめる。
「あんた、この前フェルを襲ってた翼人族ね」
「そう言うあなたは!
私を風魔法で吹き飛ばしたロリっ子魔女!
ここで会ったが百年目!
決着をつけるであります!」
そう言って戦闘ポーズを構えるトゥエ。今はそんなことをしている場合ではない。
「トゥエ、落ち着いてくれ。
あそこに大きな化け物が見えるだろう」
「え? 化け物? あっ、本当だ」
今頃気づいたのか? 少々鈍感すぎるぞ。
「アイツが街へ到達する前に、
住人たちを避難させなくちゃいけない。
協力してくれるか?」
「勿論であります!」
「なら……」
確か翼人族は楽器を持っていたはずだ。
それを使えば住人たちに警告が出来るはず。
「魔王城から少しはなれた場所に丘があるだろう。
あそこへ住人を避難させるんだ」
「どうやってでありますか?」
「ラッパを吹いて飛び回れ。
住人も音に驚いて様子を見に外へ出てくる。
皆に危機が迫っていることを知らせるんだ」
「なるほど、了解したであります!」
彼女が音を鳴らして街中を飛び回れば、住人たちは何事かと目を覚ますだろう。トゥエが呼びかければ異変にも気づくはずだ。
避難誘導はフェルとアナロワがうまくやってくれる。あいつら、かなり有能だからな。
「それじゃぁ、頼んだぞ!」
「了解であります!」
トゥエは街の方へと飛んでいき、すぐさまラッパを吹き鳴らした。遠くの方まで良く通る音で、俺たちの所まで十分に聞こえた。
「はぁ……あんな奴が役に立つなんてね。
私はお役ごめんかしら」
サナトが愚痴る。
「君には別の役割がある」
「アレを倒すんでしょう?
無理かもしれないけど頑張ってみまーす。
ユージさまをどこで降ろせばいいですかぁ?」
「魔王城まで頼む」
「了解しました、ユージさまぁ!」
サナトはゆっくりと方向を変え、魔王城の方を向く。
かと思ったらいきなり急加速。一瞬で城の上空まで飛んで行った。
「ばかやろう! 加速する時は言え!」
「あら、ごめんなさい」
「なぁ……もしかして怒ってるのか?
なんでそんな不機嫌になってるんだよ?」
「……怒ってません」
「いや、怒ってるだろ? なんでだよ?」
俺が尋ねるとサナトは……。
「じゃぁ、正直に言いますね。
私の役割がとられたようで嫌だったんです。
爆発の威力を抑えることも出来ました。
なのにあの鳥人間に役割を奪われたから……」
「え?」
「わっ……私はぁ……。
ユージさまのお役に立ちたかったのにぃ!
それなのにあの鳥人間に……。
うわあああああああん!」
突然、泣き出したサナト。
彼女は俺に抱き着いて離れない。
まだ酔いが醒めてないのか?
こんな下らないやり取りをしている暇はない。早く魔王の所へ行かなければ。
「とにかく落ち着け! 落ちる!」
「落としても嫌いにならないでぇ!」
「ならないから! 頼む! 落ち着け!」
「本当ですかぁ⁉」
普段は落ち着いてクールな雰囲気のサナトが、こんな風に取り乱すなんてな。
アルコールの力って怖い。改めてそう思った。
サナトを落ち着かせたら魔王城のバルコニーへ着陸。他の幹部の連中は異変に気付いていないのか、驚くほどに静かだった。
「ううん……ユージさまぁ。私、眠い」
着陸すると、その場に座り込んでしまうサナト。
トロンとした目つきでとても眠そう。
「もう一回水を浴びるか?」
「それはもういいですぅ」
「では正気に戻って、しっかりと働いてくれ。
早くあの化け物をなんとかしないと……」
「じゃぁ、キスして下さい」
……急になに言ってんだコイツ。
俺に唇は存在しない。キスなんてやっても意味ないだろう。歯が当たるだけだぞ。
「サナトにとってキスってどういう行為?」
「好きな人とする行為ぃ!」
「アミナとはキスしたの?」
「それはもぅ、何度も!」
女の子同士でのキス……尊い!
って、んなこたぁ、今はどうでもいい。
とにかくまずは魔王の所へ行かないと。
「悪いがそんなことしてる場合じゃない。
サナトは少しここで休んだら……」
「すぅ……すぅ……」
サナトはその場で寝てしまった。
こんなところで寝たら風邪ひくぞ。
仕方ないのでローブを脱いで彼女の身体にかける。ついでに、イミテに貰ったマフラーを彼女の首に巻く。これで寒くはないはずだ。
「じゃぁ、俺はこれで行くからな」
「すぅ……すぅ……」
ぐっすりと眠るサナト。騒ぎが収まるまで目を覚まさないかもしれない。そんな風に感じるほど安らかな寝顔だった。