72 巨大怪獣
「ぎいいいいいいっ!」
巨大な化け物が不気味な咆哮を上げる。
突然、農場のど真ん中に白くて足がたくさんある化け物が現れた。
「あれは? ユージさん、何か知ってる?」
俺の頭蓋骨を抱えたマムニールが尋ねる。
「分かりません。
もしかすると敵の切り札かも。
先ほどの連中の仕業だと思われます」
「そう……厄介なことになったわねぇ」
マムニールは落ち着いているが、アレが暴れたら大損害だ。
「んぎいいいいいいいいっ!」
金属が擦れあうような鳴き声を上げ、化け物はゆっくりと移動。
真っ白な巨体はつるつるの質感で、鱗や毛などは見当たらない。背中にはいくつもの突起物が生えており、細長い足が無数に生えている。
今まで目にしたことのない不思議な形状の生き物。
あの正体はいったい……。
「ユージ、どうすればいいんだ?」
こちらへ駆け寄ってきたノインが尋ねる。
「ううむ……対処のしようがない。
軍を出動させて討伐するしか……」
「見てください! あれ!」
フェルが叫んだ。
彼が指さす方を見ると、化け物の身体が建物に触れている。
触れた個所は化け物の身体に吸い付けられ、そのまま付着して剥がれない。物体を取り込んでいるのか?
「ご婦人、あれは物を飲み込んでしまうようです。
奴隷たちを避難させて下さい」
「そうね、その方がよさそうね。
悔しいけど農場は諦めましょう。
命がなくなったら元も子もない。
逃げるが勝ちね」
マムニールは奴隷たちに指示を出し、退避を命じた。
幸いにも化け物は生き物に興味がないようで、奴隷たちを無視してゆっくりと歩き続けている。このまま農場から出ていくかもしれない。被害もそれほど大きくならずに済みそうだ。
「ご婦人、どうやら無事に済みそうですよ」
「本当に良かったわ。
建物が少し壊れただけで……。
でも、あれはいったいなんなのかしら?」
「分かりませんねぇ……」
俺には心当たりがない。あんな足がいっぱいあって物体を取り込む生き物なんて、俺が知っているはずが……うん?
どこかで聞いたような気がするなぁ。思い出せない……。
「あれ……もしかして物食い虫じゃないか?」
ノインが言った。
「え? 物食い虫?」
「あれと同じ形の生き物を見たことがあって、
物食い虫だって教わったんだ。
あんなに大きな奴は見たことがないが……」
じゃぁ、あれは……。
「フェル、魔力を感じるか?」
「ええ、それはもうビンビンに。
ゲブゲブさんの所で感じたのと同じ魔力です。
多分ですけど、魔石か何かを取り込んで、
あんなふうに巨大化したんじゃないですか?」
ううむ……物食い虫に魔石か。どうも嫌な予感がする。
もしかするとあれは……シロなんじゃないか?
急にいなくなったのはマティスにさらわれたからで、奴は魔石を使いシロに魔力を注いで巨大化させた。そう考えると辻褄があう。
もしそうだとしたら、どう対応すればいいのだろうか?
見当もつかんぞ。
「おいっ! 街の方へ移動してるぞ!」
ノインが言った。
巨大化したシロは街の方へ歩き出した。
このまままっすぐ進めば、魔王城まで到達する。
物体を取り込んでしまうのであれば、外壁はなんの意味も持たない。物理での攻撃も通用しないだろう。
「奥様っ! 無事ですか⁉」
ベルが駆け寄ってきた。
彼女の隣にシャミもいる。
「ええ、私は無事よ。
他の子たちは平気なのかしら?」
「全員、安全な場所へ退避させました。
ですが……ミィが……」
「ミィちゃんがどこにもいないんです!」
シャミが泣き出しそうな声で叫ぶ。
「大丈夫よ、落ち着いてシャミ。きっと無事よ。
アナタたちも安全な場所へ逃げなさい。
ミィちゃんは私がなんとかするから」
「でも……ミィちゃんを置いては……」
「シャミ、大丈夫。ミィはきっと無事」
「え? ベルさん?」
「奥様を安全な場所へ退避させることが先決よ。
彼女なら後でゆっくりと探せばいい。
あの子は機転が利くから、きっと先に逃げてるわ。
私はそう思う」
「そう……なのかな」
ベルの言葉に落ち着きを取り戻すシャミ。
ミィのことを心配してくれるのはありがたいが、今は自分の身を案じて欲しい。
「ユージ、これからどうすればいい? 指示をくれ」
ノインが指示を求めて来た。
「そうだな……先ずはフェル。
ひとっ走りして魔王城へ行って、
危機が迫っていることを伝えてくれ」
「分かりました!」
アレが街に近づいていたら嫌でも現状を理解すると思う。
幹部連中が自分勝手に動いても、あの化け物を倒せるとは思えない。所詮は烏合の衆だ。
「魔王の指示があるまで動くなと幹部に伝えろ」
「え? 戦わないんですか?」
「ああ、下手に手を出しても犠牲が増えるだけだ。
住人の避難を優先させろ。
アナロワに言えば手伝ってくれる。
避難場所は魔王城から離れた場所にある丘が良い。
あそこなら全ての住人を避難させても、
十分にスペースがある」
「魔王様は?」
「一緒に避難してもらえ。
あの人が一緒の方が住人も安心するだろう」
これは割とマジで言ってる。
レオンハルトは最強クラスの魔王なので、彼がいれば街の連中も安心するはず。
「ユージ、俺は?」
「フェルと一緒に魔王城へ行ってくれ。
ヌルや他のオークを集めて、
いつでも動けるように準備するんだ」
「分かった、指示があるまで待機だな?」
「そう言うことだ、頼んだぞ」
俺がそう言うと、彼はゆっくりと頷いた。
「……じゃぁ、行ってきますね!」
「次の指示があるまで待ってるからな!」
フェルとノインは全力で走り出し、魔王城へと向かう。
さて……。
「ミケ」
「……?」
「お前だお前、ミケ!」
「あっ、私か」
ミィはようやく自分が呼ばれたのだと気づいた。
「君はあの化け物の後を追って様子を見てくれ」
「分かった。ユージは?」
「俺は……」
このままでは動きようがないので、新しい身体を手に入れる必要がある。
ゲブゲブの所へ行こうかな。ついでにサナトも回収しよう。あのまま寝かせておいたら危険だ。
「俺は身体を取りに行く。
だから俺をぶっ壊してくれ」
「ええっ……また?」
「他に方法がないだろう。
さぁ、一思いにやってくれ」
「でもぉ……」
ミィは俺を壊すことに抵抗があるらしく、まごついてなかなかやろうとしない。
「ユージさん、骨を砕けばいいのかしら?」
「え? 婦人?」
「良かったら私がやるけど」
「えっ、じゃぁ……」
「まってっ!」
ミィが待ったをかけた。
「私がやります」
「え? でも……」
「私がやります!」
「分かったわ、黒騎士さん。
アナタのお仕事を取ったらダメよね。
ここに置いておくから、どうぞ」
俺を地面に置いてゆっくりと下がるマムニール。一思いにアンタが砕いてくれた方が良かったんだが。
「いっ……行くよ!」
両手で剣を構えて思いっきり振りかぶるミィ。
まるでスイカ割りでもしているかのよう。
「えぃっ!」
空振り。俺の頭のすぐ横に剣が刺さる。
「あのさ、真面目にやってくれないかな」
「真面目にやってるよぉ!」
「だったら……」
「分かってるってばっ!」
もたもたするミィ。
さっきまでの威勢のよさはどこへ行った。
それから何度か失敗して、ようやく彼女は俺の身体を破壊した。




