71 もうちょっと真面目に戦え
「いやああああああっ!」
「フハハハハ! 泣け! 叫べ! そして死ねぇ!」
イルヴァに巻き付いた俺は、思いつく限りの嫌がらせを行った。
耳に息を吹きかけるだけでなく、甘噛みしてみたり。胸を揉みしだいて敏感なところをいじ繰り回したり。股の間に骨を突っ込んだり、しりを触ったりと、あらゆるセクハラをやりつくす。
しかし、それで敵が倒せるわけでもなく、俺はずっと巻き付いたまま。
ゲブゲブの話だと、この状態から元に戻れないみたいなので、誰かに俺を破壊してもらう必要がある。
勢いで発動したは良いが後のことは全く考えていなかった。
さて、これからどうしたものか。
「おいクソ骨ぇ! テメェなにやってやがる!
イルヴァが可哀そうだろうが!」
マティスが俺の方を見て叫ぶ。
彼はミィと鍔迫り合いをしているところだった。
「可哀そうもクソもあるか、クソ勇者。
貴様らから仕掛けて来た戦いだ。
何をされても文句は言えまい」
「だからってよぉ、戦い方があるだろうが!
もうちょっと真面目に戦え!」
って言われてもなぁ。俺は至って真面目なんですが。
非力なスケルトンの俺では、この魔導士の女を倒せない。なんとか足止めするのがやっと。ほかに手段がないのだ。
別にセクハラする必要もないのだが、一応敵だし困らせた方がいいと思って、なんとなくやってみただけ。
別にセクハラがしたいわけじゃないぞ。
本当だぞ。
「おい、黒騎士ぃ! テメェはいいのか⁉
なぁ、おい! 何か言えよ、黒騎士ぃ!」
「…………」
マティスが話しかけるが、ミィは一切答えない。
彼女はどう思ってるんだろうか。
まさか後で殴ってきたりはしないだろうな?
「いやぁ! 放してぇ!」
「誰が放すか! ウヒヒヒヒヒ!
貴様は俺を巻き付けたまま、
セクハラされて一生を送るのだぁ!」
「いやああああああああ!」
サイコパス女は身をくねらせていやいやする。それでこそ囚われのヒロイン。俺の意地悪な心が刺激される。
さっきは「殺していい?」だの言ってた奴が、今は涙ながらに許しを乞うている。こんなに面白いことがあるだろうか?
「イルヴァ! 待ってろ!
直ぐにコイツを倒して助けに行く!
うおおおおおおおおお!」
マティスは全力を出しているようだが、ミィが簡単に倒されるはずがない。このまま戦いが続けば、恐らく彼女が勝つ。
前回、マティスと戦った時はミィの方が優勢だった。奴は道具に頼ろうとしていたからな。あいつが根っからの戦闘狂ではなく、少しでも勝率を上げて戦いに臨む性格だと分かる。割と慎重なタイプなのだろう。
連中が切り札を隠していれば別だが、どうもその様子はない。先ほどからマティスは押され気味。にもかかわらず、策を講じるでもなくただ打ち合いを続けている。
「マティスっ! 見ろっ!」
ダクトとかいう戦士が叫んだ。
「なんだ⁉」
「新手だ! それも数十人はいる!」
「なんだとっ⁉」
ここは連中にとってのアウェー。騒ぎが大きくなれば大きくなるほど、こちらが有利になる。
屋根の上に何人か人影が見えた。マムニールの配下の奴隷兵たちだ。彼女たちは弓を番え、狙いを定めている。
乱戦になっているので正確な狙いはつけられないが、敵からしたらかなりのプレッシャーになるはずだ。
「私の庭で何をしているのかしらぁ?
不法に侵入した輩はハチの巣にしてあげる。
その前にここから去りなさいっ!」
どこからかマムニールの声が聞こえる。
正確な位置は分からない。
「マムニールだな⁉ どこにいやがる!
さっさと出てこい! ぶっ殺してやる!」
そう叫ぶマティスだが、ミィの相手をするので精一杯。
「マティスっ! ここはいったん引くんだ!
この数相手に、とても戦えない!」
後退するダクトが言う。
彼を追ってノインが切りかかっている。
「私も逃げた方が良いと思う!
ちょっと派手にやりすぎたみたい!
直ぐに衛兵も駆けつけてくるよ!」
アリサが言った。
ゆっくりとフェルから距離を置いている。
「くっそぅ! こんなはずじゃなかったのによぉ!
引くぞっお前らっ! 退散だっ!」
マティスは逃げ出した。ダクトとアリサもそれに続く。
「ちょっと待って! 置いてかないで!」
逃げようとしたイルヴァがバランスを崩して倒れた。
俺が巻き付いているのでまともに動けないでいる。
「畜生、世話の焼ける女だっ!」
マティスは俺の身体を切断して彼女を解放。
バラバラにされた俺の身体は力を失い、頭蓋骨が地面に転がる。まだ意識は頭蓋骨に残っているが、マティスにはいちいち壊している余裕はなかったようだ。
敵は一塊になって逃げだし、暗闇の中へと消えて行く。
「「「「おぼえてろー!」」」」
負けた悪役が言うようなセリフを吐いて、彼らは戦線から離脱。こうして俺たちはマムニールの暗殺を阻止することができた。
めでたし、めでたし。
「暴漢は去ったわ!
アナタたち、直ぐに火を消して頂戴!
農場に燃え移ったら大損害よ!」
マムニールはすぐさま消火活動に移る。
奴隷たちは連携の取れた動きを見せ、バケツリレーで水を運んで火を消していた。
「流石ですね、ご婦人」
「あら、ユージさん?
そんなところで何を?」
地面に転がっている俺の頭蓋骨を拾い上げ、マムニールは首をかしげる。
「勇者たちと戦っていたのですよ。
あなたを暗殺しようとしていたようで……」
「あら、ありがとう。
そこにいるオークと白兎族はアナタの部下ね?
黒い甲冑の彼も部下なのかしら?」
「ええ、勿論」
「アナタたち、ここの主として礼を言うわ。
私の農場と私の命を守ってくれて、ありがとう。
このお礼はいつか必ずするからねぇ」
マムニールはノインとフェルに礼を言う。
黒騎士であるミィに対しては……。
「アナタもありがと、ミィちゃん」
「……⁉」
小声でこっそりと彼女の名前を耳打ちする。
他の人たちには聞こえていない。
「ご婦人……」
「ユージさんにも複雑な事情があるのでしょう。
この騎士様の正体は秘密にしておくから、
安心して頂戴」
そう言ってマムニールはウィンクする。
この人、本当にすごいな。
どうやって正体を見破ったのだろう?
「なぜ、騎士の正体が彼女だと?」
「だってぇ、見ちゃったんですもの。
慌てて着替えてたから、なにかと思って……」
あー、そう。そりゃばれるわ。
「奥様っ! 大変ですっ!」
ベルが血相を変えて駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「向こうの方で巨大なものだが……」
巨大な物? ベルが指さした方を見る。
するとそこには……。