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70 フェル

「魔を滅する光の弾丸よ!

 かの者を浄化して無に帰せ!

 ホーリーボール!」


 攻撃に向かうフェルに対して、敵の僧侶は容赦なく魔法を発動した。


 放たれた光の弾丸は地面へと着弾。まばゆい閃光を放って爆ぜる。フェルは両手で顔を覆い衝撃から身を守った。


 先ほどから、僧侶は魔法を乱発し、全く近寄れていない。


「ふふふ、逃げてばかり?

 そんなんじゃ私は倒せないよ」


 僧侶の女は不敵に笑う。


「うるさい!」


 フェルはパチンコを構える。

 小石を女僧侶へと向けて放つが、彼女が持っていた杖で軽くはじかれてしまった。


「僕ぅ、威勢がいいのは結構だけど、

 それだけじゃ私を倒せないよ。

 攻撃力が全然足りてない」

「くそっ!」


 確かに、彼女の言う通り。フェルの攻撃はあまりに弱い。


 ノインの一撃に比べたら蚊がさしたようなもの。相手を倒すには力が足りなすぎる。


「聖霊よ、風を吹かせ。

 かの者を切り裂き、血潮をまき散らせ。

 ウィンドカッター!」


 魔法を詠唱して、風魔法を放つフェル。

 しかし……。


「聖なる光の壁よ、我を守り給へ。

 いかなる力をも及ばぬ、

 聖域をここへ顕現させよ。

 セイントウォール!」


 女僧侶は防御魔法を発動。放たれた風の魔法を防ぎきる。


 魔法の盾。それは空間そのものを断絶する魔法。あらゆる物理攻撃を防ぎ、魔法ですら拒絶する。


 あの魔法の盾がある限り、こちらの攻撃は通用しないだろう。


 僧侶は補助系の魔法を豊富に使える。彼女が覚えているのは防御魔法だけではないはずだ。


 おまけに……。


「ふんっ!」

「おわっ!」


 女僧侶は杖を思いっきり振りかぶって攻撃。


 彼女は近接戦闘にも心得があるらしく、近づこうものならすぐさま反撃を受ける。耐久力のないフェルにとって、杖による殴打でも致命傷になりうる。


 相手に押され気味のフェルではあるが、必ずしも敵を倒す必要はない。


 敵の職業は僧侶。主な役割は味方の治療。


 足止めをする限り、敵は仲間を回復できない。こちらへ注意を向けさせていれば、それだけで彼が役割を果たしたことになる。


 ……本当にそれでいいのだろうか?


 あの女を殺害すれば仲間に加勢できて優位に戦いを進められるはずだ。

 ここで足止めを食っているのは自分も同じ。


「ハァ……ハァ……」


 息が上がってきた。このままではジリ貧だ。


「どうしたの? 僕ぅ?

 きついみたいだけど、降参する?」


 女僧侶は息を乱さず、余裕をもってそう言った。


 ハッキリ言って彼女の方が強い。純粋な殴り合いでも勝てないかもしれない。

 フェルは焦り始めた。


 今、自分にできることは何か? 非力な僕が彼女を倒せるのか? 湧きあがった疑念は、やがて不安へと形を変える。


 無力だ。


 さして力のない僧侶。

 そんな相手ですら、何もできずに手をこまねいている。


 単純なぶつかり合いですら制することができない。

 種族としてのハンディキャップが足を引っ張る。


 本当に僕たちは無力だ。里を焼き討ちされた時もそうだった。


 何か悪いことをしたわけでもなく、平和にこっそりと暮らしていた。そこへ人間たちがやってきて理不尽に暴力をふるった。


 仲間が、家族が、友達が、次々と捕らえられて檻へ入れられた。中には面白半分で虐待され無残に命を落とした者もいる。


 最初は戦おうとした。しかし、白兎族はあまりに非力。抵抗すらままならない。


 人間の筋力は白兎族をはるかに凌駕し、拳で殴られるだけでも命の危険にさらされる。圧倒的な戦力差を悟ったフェルたちは、ただただ逃げるしかなかった。


 フェルは生き残った仲間たちと必死に逃げ、ゼノまで落ち延びる。


 数百人もいた里の仲間たちは、数えられるばかりまで減ってしまった。親も、兄弟も、大好きだったあの人も、どこかへ連れていかれて行方が分からない。


 平穏な生活をぶち壊した人間どもを、心の底から憎んだ。絶え間なくあふれる憎悪に身を焦がされ、自らの心が焼き尽くされるような感覚に陥る。


 どうすれば人間をこの世から抹消できるか。あいつらさえいなければ平穏に暮らせる。憎しみを際限なく募らせた彼にとって、ユージの提案は渡りに船だった。


 魔王軍に参加しないか。


 住む場所を無条件で与えてくれた恩人。彼の提案を断る理由はなかった。


 仲間たちを助けられるかもしれない。

 そう思った彼は魔王軍に参加する。


 しかし、任された役割は雑用。


 魔王城の清掃、ゴミ捨て、洗濯、物品の管理。人間と戦う訓練など全くしないで、微妙な仕事ばかりを押し付けられた。


 恩人であるユージの頼みなので断ることもできない。


 このままでいいのだろうか? 他に何かできることはないのか? 復讐を果たすことができるのだろうか?


 悩んだ末に出した結論は一人でこっそりと訓練することだった。


 彼はパチンコを使い遠くの的を狙って石をぶつける訓練をした。最初は上手くいかなかったが、狙った通りに当てられるようになった。


 少しずつ自信をつけた彼は仲間たちとの訓練を始める。


 最初は、簡単な取っ組み合いから。次第に本格的な格闘の訓練を取り入れ、そこそこの技術を身に着けることができた。


 しかし、どんなに訓練を積もうとも、身体が大きくなるわけでもなく、ひ弱な子供体形のまま。


 フェルは歯がゆかった。


「逃げてばかりじゃ私は倒せないよ! ほうらっ!」


 女僧侶は再び杖で殴りかかってくる。あの人は魔法を使うよりも物理で戦うタイプらしい。


 フェルは持ち前の俊敏さでその攻撃を回避。次から次へと繰り出される殴り攻撃を、かすりもせず容易にいなす。


「このっ!」


 隙を見て反撃に出る。勢いをつけて飛び蹴りをお見舞いするが……。


「こんなの、無駄ぁ!

 私には効かないから!」


 フェルの攻撃は杖で防がれてしまう。


 これでは埒が明かないな。攻められる一方で攻撃できない。

 どうすれば反撃できるだろうか?


「今度はこっちから行くよ! ふんっ!」

「……つぅ!」


 僧侶の一撃がクリーンヒットした。

 肩に当たった杖に跳ね飛ばされ、左肩にかなりのダメージを負ってしまう。


 痛い。


 打撃を受けた左肩に、尋常ではないほどの痛みを感じる。まだ動かすことはできるが……次同じ攻撃を受けたら戦闘の継続は不可能だろう。


「当たったっ! やったっ!」


 女僧侶が感嘆を漏らす。

 向こうも向こうで、苦戦していたようだ。


 攻撃が当たらないのはフェルだけではない。

 相手もまた攻めあぐねていたと言えよう。


 攻撃が当たらない? それは敵も同じ?

 それなら……。


「うおおおおおおおおっ!」


 フェルは一直線に敵に向かって突撃する。


「来なさいっ! 次で終わらせてあげる!」


 杖を構える女僧侶。

 どうやら物理で応戦するつもりのようだ。


 僧侶は思いっきり杖を振りかぶる。

 それを避けることなど、造作もない。

 問題なのは……。


「ふんっ!」


 敵の攻撃。回避する。


 空振りした杖がむなしく空を切ると同時に、フェルは女僧侶へとびかかった。


「こんのおおおおおおおおおお!」

「きゃぁっ!」


 女僧侶を押し倒し、思いっきり殴りつける。

 顔面にめり込んだ拳は、鈍い感触とともにわずかに震えた。


 敵を捕らえた。

 そう思ったら全身が熱くなった。


 熱がほとばしり、汗が噴き出る。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 フェルは殴り続けた。

 女僧侶は両手で顔面をガードする。


「くそっ! くそっ! 死ねぇ!」


 何度も何度も殴りつけるが、最初の一発が顔面に入ったほかは、全て両腕によって防がれてしまった。


 何かダメージを与えられるものはないか?

 周囲を見渡すと彼女が落とした杖が目に入った。


 フェルが手を伸ばした瞬間……。


「がはっ!」


 顔面に強い衝撃を感じた。女僧侶がフェルの胸倉をつかんで顔を引き寄せ、思いっきり額をぶつけてきたのだ。


「やってくれたね、ホント。

 女の子を殴るなんてサイテー!」


 鼻から血を垂らす彼女は、ひるんだフェルを突き飛ばして立ち上がる。


「ハァ……ハァ……。

 戦いに女も男もないだろ!」

「そうだよね、僕。

 君はどっちでもないもんね」

「僕たちの種族を知っているの?」

「白兎族でしょ、知ってるよ。

 どうして魔族の味方をするのか分からないけど、

 敵として現れた以上は殺さないとね」


 そう言って、殺意のこもった目でフェルを見る女僧侶。

 彼もまた殺意を込めて睨み返す。


「そうだね、僕も同じ意見だよ。お前を殺す」

「ふふっ、いい目をしてるじゃない。

 もし生きて捕まえられたら、

 たっぷり可愛がってあげる」

「お前、僧侶っぽくないよな」

「良く言われる」


 二人は立ち上がり、対峙する。

 相手を殺すために。

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