68 最弱なりの戦い方
「黒騎士ぃ!」
お気に入りのおもちゃを見つけた幼子のように、マティスは無邪気な笑みを浮かべた。勇者がそんな顔をするなんて、とても不気味で気持ちが悪い。
「誰なんだあれは⁉ ユージは知ってるのか?」
ノインが尋ねる。
「ああ、俺の心強い味方だ。
あいつが勇者をなんとかしてくれる!」
「味方ぁ⁉ なんで急に現れた⁉」
「俺が助けを呼んだからだ」
「マジかよ……」
ミィは俺を見捨てたりしない。
助けて欲しいと願えば絶対に来てくれる。
それだけの信頼感があるのだ。
…………すとん。
ミィは俺たちの前へと降り立った。
黒甲冑を身にまとった彼女は剣を引き抜き、ゆっくりとマティスへ近づいて行く。
「へぇ……やる気満々って感じだな。
黒騎士ぃ……お前はいったい何者なんだ?
どうして魔族どもの味方をしてやがる?
お前、人間だよなぁ?
匂いが人間なんだよなぁ。
獣人でも、アンデッドでも、一つ目野郎でも、
魔神でも、半魚人でも、魔女でも、人型トカゲでもねぇ。
俺の鼻が人間だって言ってる」
「…………」
「なんでなにも言わねぇんだ?
人間だってばれてビビってんのか?
俺が怖いんなら逃げてもいいんだぜ?
まぁ……逃げないだろうけど……な」
マティスは霞の構えをする。
この前と同じスタイルだ。
「…………」
ミィは無言を貫く。
相手をするつもりなどないのだろう。
「ノイン、フェル。俺たちも動くぞ。
ノインはあのデカブツを頼む。
フェルは……」
彼を戦わせるとしたら、どっちのが正解だろう?
魔導士か? 僧侶か?
「フェルは……あの僧侶の女を頼む」
「はい。あの……殺してもいいんですか?」
「構わん、手加減は無用だ。
ノインも思いっきりやってくれ」
「言われるまでもねぇ」
別に敵を確実に殺す必要はないが、敵に情けをかけるのは自殺行為。とっとと殺して、さっさと数を減らし、安全を確保したい。
もし魔導士が魔法を使えば農場は瞬く間に炎に包まれる。火事になれば奴隷たちも巻き込まれる。奴らを殺すことで多くの命が救われるのなら、俺は殺人をも厭わない。
それで他人の手が汚れようが無駄に罪を負わせようが関係ない。
罪悪感に打ちひしがれている暇などないのだ。
「行くぜっ! 爆裂閃光剣!」
マティスが動いた。
輝く剣を振りかざし、ミィへと切りかかる。
ミィは剣を構えなおし、その攻撃を受け止めた。
その刹那、まばゆい光が放たれ、周囲に爆発音がとどろく。
それが合図となり戦端が開かれた。
「ノイン! フェル! 行けっ!」
俺が叫ぶと、ノインとフェルは左右に散る。
それぞれ別のルートから、敵のパーティーがいる位置へと向かう。
俺も走り出したのだが……。
二人よりもずっと足が遅い。
筋肉のついていない骨だけの身体では、のろのろと走るので精一杯。
「天より下される裁きの焔よ。
かの者を焼き捨て、灰燼に帰し、
全ての罪を洗い流せ!
ファイアストーム!」
魔導士のイルヴァが魔法を発動する。
錬成された魔方陣から渦巻く炎が放たれ、辺り一面を火の海にかえる。こんな状態で戦えるかと思ったが、意外にもノインとフェルはひるまなかった。
ノインは強引に火の海を突っ切り、フェルはぴょんぴょんと跳躍して炎を避けた。二人ともこの程度で臆するようなたまじゃない。
ノインもフェルも既に敵へ接触、戦闘を開始。
二人とも俺よりずっと足が速い。
「うおおおおおっ!」
全力でダッシュするが、俺の足では二人のように走れない。筋肉が全くついていないので、よたよたと歩くだけ。普通の人が普通に歩くよりも遅い。
骨だけの身体ってのは実に不便だ。
「天より下される裁きの焔よ……」
魔導士が詠唱を開始する。
次の攻撃は阻止しないと……この調子で炎を撒かれたらマズイ。
農場が火の海になるだろう。
皆に避難を促している暇はない。
このままでは……。
あっ、そうだ。あの技を試そう。
「喰らえっ! 骨パンチ!」
俺は右手を前に突き出し、ゲブゲブが備え付けたという新技を試した。叫ぶと同時に腕が発射され、魔導士のイルヴァに向かって飛んでいく。
そのあまりに弱弱しいさまに、俺は既に不安になっている。
こんなんで敵を倒せるのか?
とても無理だろう。
しかし……あることに気づいた。
腕の感覚が消失していない。
切り離された腕は俺の意志で動かせる。
てことはつまり……。
「全ての罪を……きゃああああああああ」
イルヴァが悲鳴を上げる。
俺の飛ばした腕は、彼女の胸に着弾。
大きく開いた手のひらは、たわわなおっぱいをわしづかみにしていた。
「なにこれ⁉ ちょっとなにこれぇ⁉
なんで動いてるの⁉
なんで触ってるのぉ⁉
やめてよぉおおおおおおおお!」
「フハハハハ! 思い知ったか!
これが我が必殺技!
遠隔おっぱいもみもみ攻撃だぁ!
これで貴様の胸を揉みしだいてやるぅ!」
どうしようもねぇな、コレ。
だが仕方がない。
これは戦争なのだ。
敵から軽蔑されようと関係ないからな。
「ほうれぇ! もう一つ追加だぁ!」
「いやああああああああ!」
俺は追加で骨パンチを発動。
イルヴァの胸にもう一本の腕を放出する。
彼女は両方の乳房を骨の手に揉みしだかれ、羞恥心のあまり顔を赤らめている。
もう戦いどころではないだろう。
「やめてぇ! やめてよぉ!
こんなの戦いと違うぅ!」
「そうだ! これはセクハラだぁ!
胸をもまれるのが嫌なら、
戦いに参加しなければいいのだぁ!
さて……もう一つ、俺の必殺技を見せてやろう」
「なに⁉ まだなにかあるの⁉」
「これがもう一つの必殺技……。
渦巻ほねほね……あれ? なんだったっけなぁ?」
長すぎて技名を忘れた。
どうでもいいか。
俺はもう一つの必殺技を使った。
「くらえええええええええ!」
「いやあああああああ!!!」
イルヴァの悲鳴がこだました。




