66 わけの分からない女
「まったく、なにを考えていやがる」
マティスが言った。
彼はマリアンヌの傍らにある、骨でできたかごに目を向ける。
「それをどこで見つけた?」
「骨野郎を観察していたら簡単に見つかったわ。
これが私たちのアジトにあった切り札よ」
「それがぁ? 見た目が違うぞ?」
籠の中を不審そうにのぞき込むマティス。
一見して、それは嬰児には見えない。
得体の知れない白い塊。
「これに流れている魔力を解析すれば、
間違いなく同じものだと分かるわ」
「それができるのはお前だけだな」
「ええ、この程度のこと造作もない」
マリアンヌは胸元の魔石に手を当てる。
彼女は身体に埋め込まれた魔石の力により、魔力の流れを敏感に感じ取れる。その能力は誰にでも備わっているものではなく、改造手術を施された時に獲得した。
魔力の流れを読めば、その性質を理解し、どのような物質なのか把握できる。つまりマリアンヌは万物の魔力を解析することが可能なのだ。
「じゃぁ、改めて確認するわね。
アナタはこれをマムニールの農場へ持って行って、
私が渡した魔石を使って活性化して頂戴」
「なぁ……なんでこれを農場へ?
街の中で活性化させればいいだろ」
マティスが尋ねると、マリアンヌは肩をすくめた。
「よく考えて欲しいの。
ちゃんとよく考えて。
郊外でこれが巨大化して動き出したら、
連中はどう動くかしら?」
「そりゃぁ、討伐しに集まって来るだろ」
「なんだ、ちゃんと分かってるじゃない」
マリアンヌは口元に手を当てクスクスと笑う。
「多くの兵士が討伐に向かったら、
街の防備はどうなるかしら?」
「……手薄になるな」
「そうしたら、私の仕事もやりやすくなる。
幹部連中を簡単に狩れるってわけ。
街の中で使ったら逃げちゃうかもしれないしね」
「ちょっと待ってよ!」
話の途中でアリサが口をはさんだ。
「私たちはどうなるの?
それが暴れてたら手が付けられないでしょ!」
「大丈夫よ、安心してアリサちゃん。
これが動き出すまでに時間がかかるから、
目覚める前に目標を殺してさっさと逃げるの。
そうすれば安全にやり過ごせるわ」
「ふざけないで! 私たちを囮にするつもり?」
「ええ、そのつもりだけど、いけないかしら?」
悪びれもなく言いのけるマリアンヌに、アリサは嫌悪感をあらわにする。
「このっ……!」
「やめとけ、アリサ。
マリアンヌの言っていることは正しい」
「マティス⁉」
「よーく考えてみろ。
コイツは幹部を数人殺さなくちゃいけねぇ。
俺たちと比べたら労力が段違いだ。
だったら、ちょっとくらいは、
協力してやってもいいと思うけどな」
「そんな……」
マティスの言っていることは分かる。
しかし、納得できない。
アリサはぎゅっと両こぶしを握り締める。
「まぁまぁ、落ち着いてぇ」
アリサの肩をもみもみしながらイルヴァが言った。
イルヴァは魔導士。マティスパーティーのメイン火力だ。
長いウェーブのかかった栗色の髪。黒いワンピースに黒いベレー帽。首には黒いチョーカー。そばかすがチャームポイント。
「でもイルヴァ……こいつは……」
「分かってるよ、アリサ。
この人は私たちを良いように利用している。
それは私も分かってるよぉ」
「じゃぁ、なんで? どうして反対しないの?」
「そんなの決まってるじゃない。
私たちがただの駒だからだよぉ」
イルヴァの言葉に、ぎょっとするアリサ。
それを聞いたマリアンヌは不敵にほほ笑んだ。
「彼女は自分の役割を理解してるのね。
それを聞いて安心したわ。
この作戦は必ず成功させる。
そのためにも、アナタたちには、
囮として頑張ってもらおうかしら」
「……っ!」
アリサは歯を食いしばる。その指示は承諾し難い。
「落ち着けって。言う通りにしようぜ」
「アンタは良いの?
コイツは私たちをおとりにして、
捨て駒にするつもりなんだよ?」
「構わねぇよ、別に。
俺たちはここで死ぬたまじゃねーし」
「だったらなおさら……。
こんな無茶苦茶に付き合う必要はないでしょ!」
アリサを一瞥したマティスは小さくため息をつく。
「あのな、アリサ。
今回の件で、俺はマリアンヌに借りがある。
本来ならそのヤベー物体は、
サタニタス討伐に使うつもりだったんだ。
それを俺の不手際で敵の手に渡しちまった。
責任問題なんだよ、これは」
「…………」
「だが、マリアンヌはそれを見つけてくれた。
本当なら他の勇者たちに連絡して、
自分の手柄にすべきだ。
でも、コイツはそれをしない」
「……どうして?」
アリサはマリアンヌを見やる。
「私の考えだと、
サタニタスの討伐は成功しない。
絶対に失敗するわ」
「なんでそう言い切れるの?」
「私の勇者としてのカン。
これを切り札に使っても、作戦は失敗する。
だったら、手頃な場所で成果を上げた方がマシ。
結果を残すのにゼノはうってつけなの」
「ううん……」
アリサは納得がいかない。
マリアンヌは“それ”を使うことにこだわっている。
その理由が全く理解できない。
彼女は質問を続ける。
「分からないわ……私には。
それを使うことになんの意味があるの?
ゼノの幹部なんていくらでも暗殺できるはずでしょ?
今までだって……」
「ふふ、ちゃんとした理由があるの。
きちんとした明確な理由があるの。
私が幹部の首を持ち帰って、この子のおかげだと言えば、
民衆の記憶にその存在が刻み込まれる。
そうしたら……永遠の命が手に入る」
「……はぁ?」
全く理解できない。アリサは頭が痛くなるのを感じた。
マリアンヌは胸の魔石に手を当てて言う。
「この子の存在が知れ渡れば、
死者の魂と肉体を活用する研究が重要視されるはず。
そうなれば……死者の蘇生が実現するかもしれない」
「死者の蘇生っ⁉
本当に実現可能だと思ってるの⁉」
アリサには彼女の言葉が理解できなかった。
「夢を見るのって素敵じゃない?
いつか本当に実現できる。
アンデッドなんかじゃない、生身の存在として、
私の大切な人が蘇るのよ」
「そんなの……神への冒涜よっ!」
アリサは叫んだ。
目の前にいるこの女が、邪悪な存在に思えてならなかった。
「神への冒涜……か。是非もない。
どんな背信も厭わないわ。
私は必ず目的を達成する。
その為にも……頑張って逃げ回って頂戴ね。
可愛い子ネズミちゃんたち」
口元を釣り上げて笑うマリアンヌを見てマティスは小さくぼやく。
「本当にわけわかんねぇ女だな……」