64 いろんな悩み
「うひぃ~もう一杯!」
「もういい加減にやめとけって……」
俺はサナトのやけ酒に付き合っている。
今まで知らなかった彼女の過去を知り、理解を深められたのだが……。サナトは秘密にしていたことを明かしたからか、妙にはっちゃけてしまった。
酒をガバガバとあおる彼女は、辛かった過去を振り切ろうと躍起になっている。
「いいじゃぁないですかぁ!
ちょっとくらい飲んだってぇ!
奢ってくれるって言ったのに。
今更お財布の心配してるんですかぁ?
けち臭い上司は嫌われますよぉ!」
「そういうことを言ってるんじゃない!
お前の身体の心配をしてるんだ!」
俺はサナトが持っていたグラスを取り上げる。
「バカみたいに飲み続けたら身体を壊すだろ。
そろそろお開きにしておうちに帰ろう」
「嫌ですぅ! やーやなのぉ!
もっと飲みたいの! やー!」
やー、じゃねぇよ。
なんだこの300才児。手が付けられない。
「そろそろやめろ。マジで」
「ユージさま、私のこと嫌いになったんだ。
うええぇぇん……嫌いになったんだぁ!
うわああああああああああん!」
今度は泣き出したよ。どうすりゃええねん。
「すみません、お会計を」
「はい、かしこまりました」
俺は店員を呼んで会計を済ます。
そろそろお開きにしなければならん。
「うえぇぇ……ユージさまぁ……ぎぼじわるい」
「飲みすぎたんだよ、このバカ」
「バカって言ったぁ! うわぁん!」
「この……もぅ」
手が付けられないまでに酔っ払ったサナトは、幼児退行してやりたい放題。
「今から次にお前がなんて言うか予想してやろう」
「ええっ? 良いですよぉ」
「次にお前は『帰りたくない』と言う」
「せいかーい! 帰りたくありませーん!」
ああっ……もぅ。
本当にダメな子だ、今のサナトは。
普段からきっちりと真面目に働いている人に限って、タガが外れるととんでもないことになるのだ。サナトはその典型だな。
いろいろと面倒ごとを頼みすぎたせいで、ストレスが溜まっていたのだろう。
あんまり感情を顔に出さない人だからなぁ。苦労とか、辛さを、誰かに話すことなんて、滅多にないのだと思われる。
もうちょっと彼女のことを気にかけるべきだった。仕事ができるからと言って、放っておいても大丈夫とは限らない。
「ダメだ、帰るぞ」
「いやぁ! 魔王城はいやぁ!
ユージさまのおうちに帰るぅ!」
「なんで俺のおうちなんだよ。
それに俺も魔王城に住んでるんだぞ。
結局、行き先は変わらんだろうが」
「じゃぁ別のおうちぃ!」
酔っ払ったサナトはわけの分からないことを言う。
始末に負えないので、店から連れ出した。
「はぁ……しゅじゅしぃ」
道端に腰かけ、とろけそうな顔になるサナト。
しばらく外で涼んでいれば正気に戻るかな?
「あっ、ユージさま」
「二人でなにやってんだ、こんなところで?」
そこへフェルとノインが通りかかった。
二人に声をかけられギクリとする。
妙な誤解をされなければいいが……。
「二人で飲んでたんだよ」
「へぇ、アンデッドのお前が?」
ノインは俺を見て首をかしげる。
「勿論、俺は飲んでない。
仕事の相談に乗ってただけだ」
「相談でそこまで酔っ払うか?
どんだけ飲ませたんだよ」
疑り深く俺を見つめるノイン。
「いや、サナトが勝手に一人で飲んだんだ」
「ほんとかなぁ?」
「ノイン、お前は俺を疑うのか?」
「疑ってなんかないさぁ。
アンデッドのお前が女の子と仲良くしてるのを見て、
微笑ましいなって思ってるだけだよ」
「そりゃどーも」
微笑ましいってのはどうなんだろうな。
美少女と骨が仲良くする光景なんて、ゾッとしないだろう。
「そっちは?」
「俺たちも一緒に飲んでたんだよ」
「へぇ、珍しいな。どんな話をしてたんだ?」
「ああ、ちょっと恋愛相談をな」
「へ?」
恋愛相談? ノインとフェルが?
「……マジか」
「ああ、フェルもああ見えてモテるらしくてな。
同族からアプローチされて、困ってるらしい。
お父さんになるのか、お母さんになるのか、
それも悩みの種らしくてな」
へぇ……悩ましい問題だな、それは。
ノインはどうやって相談に乗ったんだろう。
俺にはとてもアドバイスなんて出来そうにない。
「うへへ、フェルくんかわいぃ」
「やめて下さいサナトさん! やめてって!」
サナトはフェルを捕まえてセクハラしている。おしりの白い尻尾を撫でまわし、首筋に顔を埋めて舌で嘗め回している。
ある意味、百合なんだよなぁ。
フェルは男の子にしか見えないけど。
「やめてやれサナト。フェルが困ってるだろ」
「フェル君も好きです。
でもユージさまはもーっと好きです」
「はいはい、分かった、分かった」
サナトをフェルから引き離す。
普段はこんなことするような奴じゃないんだけど、酔っ払って欲望に忠実になったか。
やっぱり魔女でも性欲は湧くんだろうか? 男の子が好きなのにエッチが厳禁って、結構きつめの制約だよな。
その制約を守って何年も生き続けるのは、並大抵の精神力ではない。俺みたいに性欲が消失したのなら話は別だが、魔女は肉体を保ったままなので欲求は消えてないはず。
サナトも実は、結構なスケベなんじゃなかろうか。
普段はそんなこと考えてるなんて、まったく感じないけどな。
「ユージさまぁ……あらっ? おっとっと」
サナトはバランスを崩して座り込んでしまう。
この状態だとまともに歩けないだろう。
「どこかで休んでいった方が良いな。
宿でも取るか?」
「宿を取るなんてぇ、ユージさまぁ。
私をどうするつもりですかぁ?」
「どうするつもりもない。
お前を寝かせて、俺は帰る。
この後、行く場所もあるからな」
「あっ、私を放っておいて、
別の女と会うつもりなんでしょう?
分かりますよぉ」
確かに別の女に会うつもりだが、サナトには関係ない。
「これ、どうしますか?」
フェルが箒を持って言う。
サナトが使っていたものだ。
「ああっ、フェル君ありがとー!
それに乗って帰りまーす!」
「いや、無理だから。そんな状態で」
「無理じゃないです! 大丈夫ですぅ!」
「建物に突っ込むのがおちだ。やめておけ」
飲酒運転なんてしたらろくなことにならない。
飲んだら乗るな。
「フェル、とりあえずそれ持ってきてくれ。
ノイン、悪いんだが……」
「サナトのお嬢を抱っこすればいいんだろ?
お前のその細い腕じゃ無理だからな」
ノインはそう言って肩をすくめる。
彼が言う通り、俺は骨だ。
女の子一人抱きかかえられるほど、俺の腕は丈夫じゃない。
スケルトンと言えば、魔物の中でも下から数えた方が早いくらい弱い。スライムとか、デカいサイズの虫とか、そう言う感じの雑魚と同レベル。
だもんで、俺の行動には制限がある。
重いものを自分で運べないので、誰かに代わりに持ってもらう必要があるのだ。
雑用時代はノインにそれで世話になったなぁ。
「すまんな、ノイン」
「ああ、構わないよ。
昔からずっと俺たちはこうだったろ?
それは今も変わらないってわけだ」
「……そうだな」
ノインは酔いつぶれたサナトをお姫様抱っこする。
彼にかかれば物を持ったうちに入らないだろう。
「それで、どこへ連れて行けばいい?」
「近くに宿があったはずだ。そこへ連れて……」
「ユージさぁん!」
この声は……ゲブゲブ?
遠くの方からゲブゲブが必死に走って来る。何かあったのか?
「なんだ、どうしたんだ?」
「大変でさぁ!
シロが……いなくなっちまいました!」




