63 サナト4
アミナはあらゆる手段を尽くして、極刑を回避しようと弁護してくれた。いかなる弁明も受け付けないと分かると、今度は泣き落としにかかる。
衆目はばからずに泣きわめき、アミナは私を殺さないように懇願する。ついには一番弟子であることを引き合いに出し、わがままを聞いてほしいと頼み込む。
ミライアさまはなかなか折れなかったが、アミナは根気強く頼み続けた。
罵声が飛び交い、物が投げつけられる。私の助命を訴えるアミナの姿は、身内可愛さに犯罪者をかばっているようにしか見えない。傍聴人が怒るのも当然だろう。
分かった。ミライア様はそう言った。
アミナの必死の嘆願により、死刑は回避される。
しかし、なんの処分もなしに済まされることはなく、私は追放されることに。
最後に、アミナは私を抱きしめてくれた。感じるのは纏わりつくような生暖かさと、口から吐き出される甘ったるい匂い。
ごめんなさい、と彼女は言った。
彼女は真実を知っているのだろうか? それでもなおポポロをかばうのは、私よりも彼女が大切だからだろう。
……それでいい。
もう、この国に未練はない。アミナに対しても。
私は箒にまたがり、ヴァジュを後にした。
行く当てもなく魔族の領域の国々をさ迷い、イスレイへたどり着く。
そこは死霊が住まう土地。初めは嫌な場所だと思ったが、暮らしているうちに悪くないと思うようになる。行き場所のない私の住処としては、ちょうど良い土地だ。
住んでいるのは転身者であるリッチ。ヴァンパイアとその眷属。召喚されたデュラハンなどの上級アンデッド。あとは辺りをさ迷う霊魂と、死霊術師に操られるゾンビとスケルトンくらい。
イスレイの町はとても静かだ。建物も少なく、人々の賑わいも聞こえない。静かに暮らしたい私にとってはぴったりだった。
ある日、不死王ハーデッドの使いから王宮へ来ないかと誘いがかかる。私の噂を聞きつけたらしい。
いい迷惑だと思った。しかし、よそから移住してきた手前、支配者の呼びつけを無下に断ることもできない。義理立てのつもりで顔を出すことにした。
ハーデッドは幼い見た目の少女。人間でいえば14~16くらいの年齢だろうか。
私は自分の名前と簡単な生い立ちを告げ、呼び出した理由を尋ねる。
彼女は困っていることがあるので力を貸してほしいと言う。悪質なストーカーがいて対処に難儀しているらしい。
私はその依頼を二つ返事で引き受けた。腕が奮い立つのを感じる。侵入者の撃退なら得意分野だ。
王宮に固な警備網を張り巡らせ、万全の状態でストーカーを迎え撃つ。鼠一匹たりとも逃しはしまい。
侵入者はあっさりと捕まり、お縄となった。あまりに手ごたえがなさ過ぎて肩透かしをくらう。
犯人は宮廷で侍女をしている下級ヴァンパイア。その女はすぐに追放処分となったのだが、まさかゼノで再会するとは思ってもみなかった。
運命とはわからないものね。
ストーカーを捕まえたことで、ハーデッドからは一定の評価が得られた。
このままイスレイに定住してもいいかもしれない。そんな風に思いかけていたところで、あることに気づく。
私には寿命がない。
殺されない限り、死ぬことはない。半分、アンデッドのようなものだ。
私は永遠とも言える時間を、こんな土地で過ごすのだろうか?
街の住人たちはみんな無口で、人々のざわめきは聞こえない。灰色に染まった町並みは、お世辞なりにも綺麗とは言えない。
この国は死者の国。命を失った死人たちが跳梁跋扈する色褪せた世界。きらびやかな街並みのヴァジュとは比べ物にならないほど陳腐で、退屈。
もっと他に良い土地があるのでは?
そう思わずにはいられなかった。
私はしばらくの間、イスレイに滞在したが、次第にフラストレーションがたまっていく。ここには面白いものが何もない。退屈でたまらない。
何かきっかけが欲しい。
この状況を変えられるような、きっかけが。
それが来るのをひたすら待った。待ったけど何も来なかった。
運命を変えるのは自分自身。誰かに自分の運命を委ねていたら、何も変わらないよ。
アミナがそんなことを言ったっけ。
旅に出よう。そう思い立ちイスレイを飛び出した。
それから魔族の領域にある国々を飛び回り、各国を見て回る。しかし、どの国もしっくりこない。
私に合っているのはヴァジュなのだ。あの国の他に、私の居場所はない。そう思うと悲しくなった。
どこへも行けない私は、どこへ帰ればいいのだろう?
さ迷った挙句、私はゼノへ流れ着く。獣人たちが支配するこの国で商店を開くことにした。自分で作った魔道具を売れば、それなりにもうけが出ると思ったからだ。
しかし結果は……ダメ。ゼノの住人は魔法になんて興味がなく店は連日閑古鳥。
この国に来たのは失敗だったな。別の国へ行ってやり直そう。
そんな風に思っていたところへ……。
「ユージさまがやってきた、って言うわけです」
地面に座り込んだサナトは自分の両膝を抱えながら言った。
「それじゃぁ、俺は、
サナトにとって救いの女神だったわけだな」
「どこが女神ですか、そんな見た目で」
くすくすと笑うサナト。
ちょっとは気分が落ち着いたかな?
「でもさぁ、ヨハンの言っていたことが本当なら、
君の無実が判明したってことだろ?
ヴァジュに帰るつもりはないのか?」
「ええっ? それは……その……。
今はまだ、考え中というか……」
「帰りたい?」
「ええ、そりゃぁ……私にとっての故郷だし。
でも、なんていうか、素直になれないと言いますか……」
いろいろと複雑な心境のようだ。
「まぁ、今はただ悩めばいいさ。
そう直ぐに結論を出す必要もあるまい」
「そんなこと言って良いんですか?
私がいなくなったら困りますよね?」
その通り。大いに困る。
しかし、彼女を束縛することはできない。
国に帰ることを望んだのなら、俺に引き留める権限などないのだ。
「あのっ、もう少し付き合ってもらえませんか?」
「え? いいけど……どこへ?」
「ただ酒を飲み損ねてしまったので、
改めておごってもらえないかと」
「ええっ……」
まぁ……こんな話を聞いた後だから、別におごってやっても良いか。
どうせ金も余ってるしなぁ。
「それに……部下を労うのも上司の務めですよ」
「……うむ」
蠱惑的な微笑でおごれと言うサナトに、
俺はノーと言えない。
だってかわいいもんなぁ。




