61 サナト2
魔女になった私は魔法の勉強を始めた。
アミナが持っていた本を読みふけって知識を蓄え新しい魔法を覚える。
魔法は詠唱をすると発動できる。と言っても、ただ呪文を唱えればいいのではない。マナと呼ばれるエネルギーを蓄え、それを元にして魔法を発動するのだ。
マナは普通に生活していても溜まるものなのだが、魔法を常用する者にとって、自然に溜まる分だけでは足りなくなってしまう。
そこで、自らマナを生成する必要がある。
マナの生成方法は大きく分けて二つ。一つは契約している神から分け与えてもらうこと。これは祈りをささげるだけで溜まるので比較的容易である。
難点を上げるとすればもう一つの方法に比べ、マナが溜まりにくいことだろう。
祈りをささげる方法では、一時間かけてもわずかしか溜まらない。魔法を2~3回くらいしか魔法を使えない量で、直ぐに底をついてしまう。
もう一つの方法。それは生贄を捧げること。
魔法を使ってマナを持つ者を殺めると、その量によって得られるマナが増減する。魔法使いや、僧侶を魔法で殺せば、大量のマナが手に入るのだ。
場合によっては一年中祈り続けたに等しい量のマナが手に入ることもある。
魔女たちは普段から多くの魔法を使っている。
生活を送るうえで魔法が必要となるのでマナはいくらあっても足りない。
マナを得るには、祈るか、誰かを殺すしかない。どちらも手間がかかる。
しかし、魔女にはもう一つ別の方法がある。
邪神と契約した彼女たちだからできること。
一人で寝床に入って手淫をするのである。
これは自らが感じる快楽を邪神へと捧げる儀式の一環である。絶頂に近づけば近づくほど、邪神からマナが与えられる。
私は仕方なくこの方法を選んだ。
祈るよりはずっと手っ取り早いし、誰かを殺すよりは気が楽でいい。
だからと言って、この行為が好きになったわけではない。
そこは勘違いをしないで欲しい。
魔女になるのを止めたアミナだが、腹を決めたのか色々と教えてくれた。
彼女は魔法についての知識はもちろん、その力を生かすために様々な知恵を与えてくれた。毎日のように二人で勉強をして、寝る間も惜しんで本を読んだ。
いつしか時が経つのを忘れ、私はヴァジュでの生活に夢中になる。
沢山の魔女が住んでいたが、その誰もが親密に接してくれた。
他の魔女たちは成長してから契約していたので、女性らしさを獲得した体つきをしている。私のように幼い体形の者はわずかしかいない。
幼い見た目はコンプレックスとなり、私を悩ませる。
正直、ちょっとだけ後悔した。魔女になると身体が成長しなくなる。もう少し大人になってから契約すればよかったと、自らの浅はかさを悔いた。
アミナは言った。
今ならまだ間に合う。契約を解除して元の人間に戻れと。そうすればまた身体は成長を始め、大人の身体になれる。
このまま年齢を重ねれば人間よりもずっと長生きすることになる。もし本来の寿命を上回って契約を解除した場合、与えられた時間が取りあげられてしまう。
そうなったら最後、肉体は過ごした時間に見合う身体へと変貌し、ボロボロに老いて朽ち果ててしまうのだ。
私はその言葉に恐ろしくなった。
いまならまだ、人間に戻ることはできる。
でもそうしたら……もうアミナと一緒にはいられない。
私は悩んだ。悩んだ末に結論を出した。
私は魔女として生きる。もう人間には戻らない。
その思いをアミナに伝えると、彼女は全てを諦めたようにため息をつき、私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。彼女の身体はとても暖かかった。
こうして、魔女として生きることを決意した私は、ヴァジュに永住する覚悟を決める。アミナを頼らず自分の力で生きていくこと。それが新たな目標となる。
私はとある魔女が経営する工房に弟子入りして、魔道具を作る修行を始めた。言いつけを守りながらコツコツと勉強を続け、十分な収入を得るようになる。
それから何度か転職をしつつ、いろんな仕事をして経験を積み、一人前の魔女になることを夢見て忙しい日々を送る。
時間はあっという間に過ぎて行って、私が魔女になってから100年が経過。
そこそこ名の知られる魔女になったが、まだまだ駆け出しの身分。先輩たちは何百年も経験を積んでいて、私なんて遠く及ばない実力者たち。
私が有名になったのはアミナの一番弟子だからだ。
偉大なる魔女ミライアはヴァジュの王様。その名を知らぬ者はいない。
彼女には数多くの弟子がいて、アミナはその中で最高の実力者。
最高の魔女ミライア。その一番弟子のアミナ。さらにその弟子である私。
本来なら取るに足らない存在であるはずの私が、アミナの弟子と言うだけで注目を集めてしまう。プレッシャーを感じながらも、私は淡々と努力を積み重ねる。
新しい魔道具の研究や、物質と物質の合成など、他の人がやらないようなことに進んで挑戦して、数多くの実績を残す。
気づいたら私はアミナの家を出て、一人で研究所にこもるようになっていた。
アミナの名を汚さぬよう、人々の評判に見合う存在になれるよう、必死に頑張り続ける。
そして……私は偉大な魔女の一人として、その名前をとどろかせるまでになった。
王宮へ呼び出されて、ミライア様から勲章を授かる。これはとても名誉なことなのだと、自分でもよく理解していた。
アミナはそんな私を褒めてくれた。流石、私の一番弟子だ。鼻が高いよと、言ってくれた。
大好きな彼女に認められ、胸が張り裂けるように嬉しい。
アミナはお祝いだと言って、沢山のごちそうを用意してくれた。友達もたくさん呼んでパーティーを開催。時間を忘れて大騒ぎする。
幸せな時間がずっと続いて永遠に終わらない。
そんな錯覚を覚えるほど私の人生は充実していた。
魔女となったこの肉体は、契約を解除しない限り朽ちることはない。私は永遠に幸せなままでいられる。
この時はまだ、そう思っていた。