59 ただの駒
活動報告を更新しました。よろしければご覧ください。
「そんなっ……」
ヨハンの言葉に衝撃を受けるサナト。
いったい彼女の過去に何があったのだろうか。
「そう言えばサナトさんって、
どうしてゼノに来てるんですかぁ?
私、全然知らないんですよねぇ」
酔っ払ったムゥリエンナが尋ねる。
彼女の前には沢山の卵の殻が転がっていた。
「それは……色々あって」
「色々ってなんですかぁ?
いろいろって、ねぇ?」
「うるさいわねぇ、どうして言わなくちゃいけないの?」
「教えてくれてもいいじゃないですかぁ」
ムゥリエンナはしつこく絡み続ける。
実は俺も、サナトの過去については知らない。
聞こうとも思わなかった。
ゼノでは魔女を割と見かける。
ヴァジュにない品がゼノにはあるので、買出しに来る魔女が多いのだ。
サナトが個人の商店を構えていても、なんの疑問も持たなかった。
たまたまゼノで商売をしようとしただけで深い理由などないものかと。
「ムゥリエンナ、その辺にしておけ。
サナトにもいろいろあるんだ。
あんまりしつこいと、もう卵貰ってやらないぞ」
「それはいやぁ! 貰って下さい私のたまごぉ!
うわあああああああああああん!」
テーブルに突っ伏して泣き始めたムゥリエンナ。
この子はしばらく放っておこう。
「あのっ……アミナと会ったんですか?」
サナトが尋ねると、ヨハンは小さくうなずく。
「ええ、つい先日までヴァジュに滞在しておりまして、
彼女が私に言付けを頼んで来たのです。
その際に、アナタのお姿を拝見しました。
映写鏡に写されたあなたの姿は実にお美しかった。
今も変わらずにお美しい」
まるで女を口説くかのようにヨハンは容姿をほめたたえるが、彼女は全く気に留めることはなく次に何を言うか不安げに待っている。
「……それで?」
「あっ、はい。
アミナ殿はサナト殿のことを気にかけていました。
昔なにがあったかまでは聞いていませんが、
過去に自分がしてしまったことを、
とても悔やんでおられるようで……」
「……んで」
「はい?」
「なんでアミナが後悔なんて⁉ どうして⁉」
急に身を乗り出したサナトは、ダンっとテーブルに両手を叩きつける。机の上に乗っていた皿やジョッキが躍った。
「いやぁ、それをわたくしに聞かれても……。
ただ言付けを仰せつかっただけですので、はい」
「そうね……それもそうよね。
ごめんなさい、変なことを言って。
どうしても冷静になれなくて……」
サナトは崩れ落ちるように椅子に腰かける。
「おい、サナト。大丈夫か?」
「ユージさま? 大丈夫ですよ……多分」
全然、大丈夫じゃなさそうだな。
ちょっと場所を移して話を聞くか。
「ヨハン殿、今日はこれでお開きです。
会計は私が済ましておきますので……」
「彼女の面倒を私が見ればいいのですね?」
そう言ってムゥリエンナの方を見るヨハン。
彼女は完全に酩酊状態。
一人にしておくのは危険だ。
「ええ、頼めますか?」
「無論です。お任せください、はい」
胡散臭い男ではあるが、紳士ではあると思う。
ムゥリエンナは彼に任せてしまおう。
「サナト、ちょっと来い」
「え? あっ、待って……」
「いいから来い!」
「うわっ、ちょっと!」
俺はサナトの手を引いてその場から離れる。
途中で店員を呼び止めて会計を済ませた。
「ねぇ、ちょっと待ってってば!
ユージさま放してよぉ!」
砕けた口調になるサナト。
「ふむ、この辺りならいいだろう」
俺は人気のない路地裏にサナトを連れ込み、その手を放した。
「急にどうしたんだ?
取り乱したりして。
話したくないのなら別に構わんが……。
良かったらわけを聞きたい。
どうしても気がかりなんだ」
「気がかり……か。
私のこと、気にしてくれるんですね」
そう言ってサナトは座り込んでしまった。
「気にしたらダメか?」
「あなたにとって、私なんて、
ただの駒に過ぎないでしょう?」
「えっ……どうしてそう思った?」
「ユージさまって、どこか冷めてて、
他人を駒としか見てないんじゃないかって、
そう感じていたんです」
「ううむ……」
確かに……間違いではないかもしれない。
幹部になってからというもの、仕事に追われ気が休まる日は一度もなかった。24時間、一睡もせず、娯楽など興味も持たず、ずっと働き続けた。
そんな忙しい日々の中で、俺は他者を利用することを覚えた。
仕事を他人に任せれば俺に時間が出来る。また別の仕事が見つかる。それもまた誰かに任せる。
それを繰り返しているうちに、俺は毎日のように人を動かすようになった。幹部になってからは仕事の内容も複雑になり、指示を出す部下も増えていく。
俺はただのアンデッドだ。
自分一人でできることは少ない。
そんな俺が重要な役割を任されたのは、他者を動かすことを覚えたからだ。
そんなわけだから、他人を見る時にスペックを見定める癖があり、使えるかどうかで人の価値を判断するので、その内面まできちんと見ていないのかもしれん。
「確かに君の言う通りかもな。
だがな、サナト……君は……」
「私は別……ですか?」
そう言って俺を見やる彼女の瞳は何もかも見透かしそうなほどに鋭い。
「いや……正直に言う。
俺にとって、君はただの駒に過ぎなかった。
だけど今は違う。
俺にとってサナトは大切な仲間だ」
「へぇ……そんな風に言うなんて思いませんでした」
サナトは俺から顔を背け力なくうなだれる。俺の言葉になんの感情もわかないのか、大した反応は示さなかった。
彼女を元気づけようと下手なことを言うのは逆効果だろう。
「聞きます? 私の過去」
サナトが言った。
「ああ、俺でよかったら聞かせて欲しい」
「じゃぁ……」
サナトはたどたどしい口調で語り始めた。
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まだまだこの物語は続きますので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。




