58 魔族の国々
「「「かんぱーい!」」」
城下町の酒場。
俺はヨハンとムゥリエンナと共に食卓を囲むことになった。
つっても俺はアンデッド。飯は食えない。酒も飲めない。
なので空のグラスで乾杯。雰囲気だけでも味わっておきたい。
「いやぁ、すみませんねぇユージさま。
ごちそうになっちゃってぇ」
にっこにこ顔のムゥリエンナ。おごりで飲めるのがそんなに嬉しいか。
「いつも頑張ってくれているからな。
今日はそのお礼だ。
遠慮なくどんどんやってくれ」
「それではお言葉に甘えて……。
すみませーん! 生卵くださーい!
生みたてのやつ大至急!」
調子に乗ったムゥリエンナは、自分の好物を注文する。
コイツ、生卵が大好きなんだよなぁ。ばい菌とか大丈夫なのかと心配になるが、腹を壊したところを見たことがない。
つか、酒を飲みながら生卵って……合わないだろう。
「申し訳ありません、私まで」
グラスを片手に申し訳なさそうにするヨハン。
「いえいえ、これもなにかの縁ですので。
遠慮なくやって下さい」
「それでは失礼して……」
ヨハンはグラスに口をつけると、そのままごくごくと一気に飲み干した。
「ぷはぁ、美味い!
ゼノでこんなにおいしい蜂蜜酒が飲めるなんて!
故郷のものよりもずっとおいしい!」
「ハハハ、そんなまさか」
エルフの住む森って言ったら、果物とかがたくさん採れる土地で酒造りも盛んだ。ゼノの酒なんかと比べたら、エルフが作る物の方がずっとクオリティは高い。
リップサービスにしても口が過ぎるな。
ただ、ゼノで生産される酒は、魔族の領域の中でも高いレベル。獣人たちが酒好きということもあり、酒造りも盛んに行われているのだ。
ゼノで生産された酒は他の魔族の国にも輸出されている。主な輸出先はヴァジュ、ヘルド、そして竜の国であるフォロンドロン。
竜の国の支配者である竜王フラフニートは大の酒好きとして知られている。毎日、樽10杯は飲み干すとか。フォロンドロンはゼノにとって大のお得意様になるわけだ。
酒造りはシナヤマでも行われており、あちらの酒もそれなりにクオリティが高いらしい。しかし獣人の好みにはあわないようで、ゼノではあまり流通していない。
「ヨハン殿は世界中を歩き回ったそうですが、
魔族の領域も旅したのですか?」
「ええ、それなりには。
ゼノ、ヴァジュとヘルド、それにシナヤマ。
あと……イェツェイに行きましたね、はい」
「フォロンドロンとイスレイは?」
「その二国はまだ行ったことがないんですよぉ。
どちらも到達するまでの道のりが険しくて、
どうしても足が遠のいてしまうと言うか」
フォロンドロンは辺境にあるからなぁ。
進んで行ってみようとは思わんだろう。
イスレイに関してはもう論外。あそこはジメジメしている湿地地帯なので、快適に過ごせるような場所ではない。
おまけに住人のほとんどがアンデッド。生き物向けのサービスはほぼ行われていない。滞在するにはかなり難易度が高い。
物好きでなければ行ってみようなんて思わん。
「でしょうね……特に見る物もないですし」
「でもフォロンドロンは行ってみたいですね。
竜王の宮殿はさぞ立派なんでしょうねぇ、はい」
竜王の宮殿。
魔族の領域に生まれた者ならば、生きているうちに一度は見ておくべきと言われるほど、荘厳できらびやかな建築だと聞く。
目にしたことはないが立派なんだろう。あのドラゴンが住めるくらいだからな。んなもんを作らされたリザードマンたちは、さぞ苦労したことだろう。
「イェツェイへ行ったのなら、
人魚たちにも会ったのでしょう?」
俺が言うと、ヨハンはうんうんと頷いた。
「ええ、勿論です。
それが目的で大陸の西の果てまで行きましたからね。
行った甲斐がありましたよ、はい。
彼女たちは実に美しかった!」
イェツェイは魔族の領域で最も西側に存在し、大陸の西海岸沿いにある国だ。彼らの領地は海の中に存在する。
住人の殆どが半魚人か人魚で、陸上で生活する者はほとんどいない。
一応、他の魔族たちとコンタクトを取るために、海岸沿いにはそれ用の施設が立てられている。旅人の為の宿泊施設や観光案内所まである。
イェツェイはかなり特殊な立場にある国で、人間界とも普通にコネクションがある。人間の乗る船が領土を通過する際に通行税を取っているからだ。
だからと言って人間に肩入れするでもなく、一定の距離を置いて彼らと付き合っている。
イェツェイを支配する海王マチェは7大魔王が一堂に会する大会合にも顔を出す。人魚である彼女は巨大な金魚鉢に入り、わざわざ他の国にまで出向いてくるのだ。
彼らが魔族の国の一員であると認めている証拠に他ならない。
「あそこの海は美しいと言いますからね。
私も一度、行ってみたいものです」
「ユージさまは他の国へは?」
「主要な国は一通り見て回りました。
まだ行っていない国もありますがね。
幹部になってからはこの国で過ごしています。
何分、多忙の身ですので」
「それは……残念ですね、はい」
俺はゼノに定住してからというもの、この国から外に出たことがない。
主な仕事が雑務だからなぁ。外交は俺の仕事ではないので、よその国に出向くことはない。せめて隣国くらいには行ってみたいと思うのだが、その時間が全く取れないのが実情だ。
「私がアンデッドでなければ、
人間の世界も旅してみたかったですね。
ベルンの森はさぞ美しい場所なのでしょう」
「そうでもありませんよ。
あんな芋臭いだけの片田舎で、
多くのエルフが森を出ずに一生を終えるのです。
本当にアホばかりしかいない、
どうしようもない場所ですよ! はい!」
酔っているからか、ヨハンは盛大に自分の地元をディスりだす。
「故郷に嫌な思い出でも?」
「それはもぅ、腐るほど! はい!」
「良かったら愚痴の一つくらい聞きますが?」
「ありがたい!」
それからヨハンは、捲くし立てるように話しだした。
曰く、彼は一族を代表するエリートで、里の中でも一目置かれる存在だった。
ある時、エシェドの王からエルフの里の絹を特別に購入したいと注文がつく。ヨハンは二つ返事で引き受けるも在庫がなかった。仕方なく他から買い付けて領主に提供するが、そのことがばれてしまい総スカンをくらう。
彼が領主に売り渡したのは適当な商人から買い付けた二級品。里の職人は著しく品物の評価を下げたとヨハンを罵った。
それ以降、彼は重要な取引を任されなくなり、里の中でも孤立を深めていく一方。居づらくなった彼は里を飛び出して世界を渡り歩くことにした。
「……というわけです」
一気に話し終えた彼は燃え尽きたようにグラスを机に置く。
「苦労されたのですね」
「ええ、それはもぅ……はい」
他人事のような俺の言葉に項垂れたまま答えるヨハン。
些細な失敗が大きな損失につながるいい例だ。
俺も気をつけないとな。
「あらっ」
「うん? サナト?」
俺たちのテーブルのそばをサナトが通りかかった。
自分の背丈よりも高い箒を持っている。
「お前、一人でなにしてんだ?」
「友達と飲む約束をしていたんですけど、
待ちぼうけして帰ろうと思ってたところです。
良かったら混ぜてもらえませんか?」
「ああ、構わないが……」
「それじゃぁ、お言葉に甘えて!」
サナトは俺の隣に座り、飲み物を注文。
ついでにつまみもいくつか頼んでいた。
「やや、もしかしてあなたは……サナト殿では?」
「え? 私を知ってるの?」
ヨハンはサナトを知っているらしい。
「ええ、確か魔女王ミライア様の一番弟子の、
アミナ殿にお仕えしていた方ですよね?」
「どうして……それを?」
「彼女から言付けを頼まれています。
もう全てが許されたから、早く帰って来いと」
「そんなっ……」
なにやら波乱の予感。
この二人の出会いがどう影響を及ぼすのか。
そして……サナトは故郷に帰ってしまうのか?
そんなことになったら俺は泣くぞ。




