57 エルフの男2
「マムニール様を? クロコド様が?
仲を取り持って欲しいと言ったのですか?」
「ええ、確かに彼はそう言いました」
ヨハンは肩をすくめる。
彼は嘘をついているのだろうか?
本当のことを言っているとは思えない。
逆を言えば、嘘をついている証拠もない。
真偽は不明だ。
「理由が分かりません。
一体どうしてそんなことを?」
「さぁ、わたくしには分かりかねますが……。
推測として申し上げるとしたら、
ひとえに恋でしょうか、はい」
「は? 恋?」
なんで爬虫類が哺乳類に恋なんてしてるんだよ。
意味が分からん。
「なぜ、そのように?」
「カンですよ、はい。
確固たる証拠があるわけではありませんが、
彼がマムニールさまに好意を抱いていると断言できます。
だてに長年、世界を放浪していませんので、はい」
えらく自信があるんだな。
クロコドがどういう思いを抱いているか分からないが、マムニールを恋愛対象として見ているのなら、色々と彼を見る目も変わって来る。
クロコドはマムニールの夫と息子を殺害した。その動機が恋愛感情だとしたら……奴は欲しいものを実力で手に入れようとする大悪党だ。
俺にはそうは思えないんだよなぁ……。
あいつは確かにレイシストで、ことあるごとに絡んでくる。アンデッドの俺が目障りでたまらないのだろう。
しかし……だ。
あいつが俺を実力で排除しようとしたことはない。マウントを取られることはあっても、嫌がらせなんかはされなかった。会議への参加も普通に認めていたからな。
だからクロコドがそんなことをするとは、とても思えないのだ。
奴は馬鹿だが外道ではない。そう考えると、マムニールの家族を殺したのもクロコドではない可能性もある。
つっても、あいつとマムニールの旦那が、どういう関係だったか分からない。互いに憎しみ合うような関係だったかもしれないし、想像もつかない因縁があったのかもしれない。
クロコドが俺に対して何もしてこないことが、無実の証拠にはならないのだ。
俺が復讐するわけでもないし、この事件の真偽については割とどうでもいいが、マムニールが死ぬのは困る。彼女にはこれからも力になってもらいたいからな。
「すごい自信だ。
よほどの経験を積んできたのですね。
人間の土地についても詳しいのですか?」
「それなりには」
ヨハンは軽く頷く。
「では一つ、お尋ねしたい。
アルタニルと最も関係の深い人間の国と言えば、
どこの国でしょうか?」
俺が尋ねると、ヨハンは人差し指と親指を顎に添え、なにやら考え込むような表情を浮かべる。その動作に作為めいたものを感じ、彼のうさん臭さが余計に増した。
「そう、ですねぇ……はい。
最も関係が深いのはゲーデルハントでしょう。
あの大国は魔族の国々の領土を欲しています。
アルタニルは国境をゼノと接しているので、
強国の庇護を必要としている。
両者の利害が一致しているので、
自然と関係も良好になると……はい」
ゲーデルハントは最大の軍事力を誇る人間の国。
勇者を何人も輩出していることでも有名。
「我々がアルタニルと戦争になったら、
ゲーデルハントはどう出ると思いますか?」
「十中八九、派兵するでしょうねぇ、はい。
当然ですが、勇者も援軍に参加するでしょう」
勇者が参戦するとなると……どうなるか分からんな。
あいつらは普通の人間と違って、単体だけで一般兵千人分に相当する強さをほこる。凡人が戦いを挑んでも絶対に勝てない。
ゲーデルハントがその気になれば、複数の勇者を同時に動員することも可能。一度に大量の勇者が攻めてきたら、オークだろうが、獣人だろうが、ごみのように蹴散らされるだろう。
「もっと詳しくお話を聞かせてもらっても?」
「ええ、ここではあれですので場所を変えましょうか。
私の方からもお聞きしたいことが山ほどあります」
ヨハンはそう言って両手を合わせた。
その仕草の裏に黒いものを感じる。
「遅くなりましたー! 今戻りましたよー!」
ムゥリエンナが戻って来た。
ようやくか。
「遅いぞ、ムゥリエンナ」
「え? あ、ユージさま。
どうしてここに?」
「君のことが心配になって様子を見に来たんだ」
「え? 私のことが? えへへ……」
ムゥリエンナは照れくさそうに頭をかく。
……なんで?
「さぁ、役者も揃ったことですし、
さっそく飲みに行きましょうか、はい」
「え? ああ……そうですね」
すっかりヨハンのペースに乗せられている。
この人、本当に何者なんだろうな?
「え? どういうことですか?」
「今から三人で飲みにいこうって話だ。嫌か?」
「全然嫌じゃないですよ! 行きましょう!
ユージさまのおごりですよね⁉」
「え? ああ……別にいいけど……」
「やったー!」
嬉しそうに万歳するムゥリエンナ。
いきなりテンション上がりすぎだろ……。
「あはは、元気ですねぇ、はい」
ヨハンが苦笑いして言った。