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56 エルフの男

 魔王城。


 今日は会議もなく、魔王に報告することもない。

 魔石なんて興味ないだろうし。


 とりあえず溜まっていた仕事に取り掛かる。ある程度、雑務が片付いたら次は侵攻軍の調整。兵糧以外に不足している物資がないかを確認。ついでに兵士の数と練度も見ておく。


 軍隊はそれぞれの幹部が所有しているので、俺にどうこう言う権限はない。

 だが、細かい所をチェックして問題を見つけ、魔王を通して調整することは可能。レオンハルトに言わせれば誰も逆らえない。


 一通りチェックしたが書類上は問題ない。

 兵士も武具も十分な数が揃っている。


 訓練を見て来たが、どの軍の兵士もすこぶるよい状態。

 人間相手に十分に戦えるはずだ。


 訓練では殺傷能力を抑えた練習用こん棒を使う。練習用と言っても、かなり大ぶりなもので、人間だったら普通に死ぬレベルの威力がある。


 しかしオークも獣人も、いくら殴り合っても練習後に普通に飯を食うなどピンピンしている。あいつらの耐久力は異常なほど高い。体格や筋力なんかも差があるので、並みの人間では相手にならないと分かる。


 そんな奴らが束になってかかっても、先の戦争では勝てなかった。その前も、更にその前も、ゼノはアルタニルに敗北を喫したのだ。


 このままなんの考えもなしに突っ込んだら、先代たちと同じてつを踏む羽目になるだろう。


 考えが必要だ。妙案が必要だ。十分に練られた作戦が必要だ。


 敵地に侵攻し、戦果を上げ、犠牲を減らし、出来るだけ早く戦争を終結させたうえ、ゼノの領土を守り切る。

 それだけのことを成し遂げる工夫が、絶対に必要なのだ。


 各軍のチェックをしていたら日が暮れた。


 ううん……仕事に追われてなかなか時間が作れないな。他の幹部との関係を改善したいと考えているのだが、コンタクトを取る暇すらない。


 ムゥリエンナはどうしてるかなぁ。あいつなりに頑張ってるんだろうか?

 ちょっと様子を見に行くか。


 俺は図書館へと向かう。


 そろそろ閉館の時間だ。本を読んでいるのはエルフの男が一人だけ。


 明かりはランプが一つ。エルフが使っているものだ。

 薄暗くて館内を見渡すことはできない。


 ……ムゥリエンナがいないな。どこへ行ったんだ?


「すまない、そこの方。

 管理者のラミアがどこにいるかご存じですか?」


 俺が尋ねるとエルフは……。


「ああ、館長さんなら昼頃に出かけて行って、

 それっきり帰ってきていませんね、はい」

「そうですか……」

「いやぁ、わたくしも彼女を待っているんですが、

 そろそろ戻ってこないかと、

 首を長くして待っているところです、はい」

「あなたも彼女に用が?」


 俺が尋ねるとエルフは肩をすくめる。細い目で表情が読み取りづらい顔をしていた。長い金髪がランプの光を受けて、暗闇の中で怪しく光る。


「ちょっと出かけてくるから、

 ここで留守番をして欲しいと頼まれたのです。

 しかしながら、いくら待っても帰ってこず、

 待ちぼうけを喰らっているというわけです、はい」

「そうだったんですか……」


 ムゥリエンナの奴、やりたい放題だな。


 彼女が仕事を放棄したのは俺が無理を言ったから。

 なので、責任は俺にある。


「申し訳ありません。

 彼女には私から別の仕事を依頼しまして、

 図書館の管理がおろそかになってしまったようです」

「いえいえ、謝らないでください。

 こうしてじっくりと本を読むことが出来ました。

 むしろ礼を言いたいくらいですよ、はい。

 ……その口ぶりだと、

 アナタは彼女の上司のようですね?」

「ええ、彼女を館長に任命したのは私です」


 俺がそう言うと、エルフは立ち上がった。

 痩せぎすな身体をすっと伸ばしている。


「これはこれは、お目にかかれて光栄です。

 ゼノきっての名将、ユージ殿。

 わたくし、ヨハン・ゴリッツと申すものです、はい」


 そう言ってペコリと頭を下げるヨハン。


「失礼ですが、どちらからいらしたのですか?」

「ベルンの森から」


 ベルンの森……かぁ。

 かなり遠くだな。


 ゼノの北と東側に隣接するアルタニル。そのアルタニルの東に存在するエシェドの国。ベルンの森はそこにある。


 エシェドはそのほとんどを森林におおわれた国で、エルフが多く住んでいる。しかし、支配者は人間。多数派のエルフを少数派の人間が支配する形だ。


 聞くところによると、エシェドでの人間とエルフの関係は良好らしい。

 きな臭い話もあまり聞かない。


「ヨハン殿はなぜゼノに?」

「勉強の為ですよ。

 魔族の国では学ぶことが多い。

 ヴァジュにイスレイ、そしてヘルド。

 魔族の国々には多くの英知が蓄えられ、

 名を連ねる7大魔王たちは名王ばかり。

 それに引き換え、人間たちときたら……」


 肩をすくめてやれやれと被りを振るヨハン。


 激しく魔族アゲの人間サゲだが真に受けてはいけない。


 エルフは面従腹背めんじゅうふくはいが基本。口では良いことを言って相手のご機嫌を取り、風向きが悪くなったらあっさりと手を切る。

 エルフとはそう言う連中である。

 こんなことを言っているが、腹の中では魔族を見下しているはずだ。


 ちなみに、彼の言ったヘルドとは魔王サタニタスが支配する国である。


「人間に不満でも?」

「彼らは自分たちの利益ばかりを優先し、

 人間だけで全てを独占しようとする。

 我々、亜人種のことなど眼中にありません、はい」

「なるほど、あなた方も苦労されているのですね」

「ええ、人間には辛酸を舐めさせられてばかり。

 この苦心から我々を解放してくれる、

 力を持った英雄の出現を待っています。

 アナタのような……ね」


 ヨハンはにやりと笑う。


「私が英雄……ですか。

 買いかぶりもはなはだしい」

「そうはおっしゃいますが、

 アナタのような魔族はそういません。

 結構な時間を魔族の領域で過ごしてまいりましたが、

 いやはや、アナタの働きぶりには驚かされます。

 暴れることしか能がない獣人たちを良くまとめあげ、

 あのレオンハルトも言いなりだ」


 なに言ってんだコイツ?

 レオンハルトと俺の関係を知っているかのような口ぶり。


「言いなりなんて、恐れ多い。

 そんなことを気安く言うもんじゃぁないですよ」

「あれれ? 違うんですか?

 あなたが魔王様に取り入って好き放題していると、

 クロコド殿が言っていたのですがねぇ」


 クロコドはこんなやつに内情をペラペラしゃべったのか。

 本当に考えの足りないアホだな、あいつ。


 しかし……妙だな。

 あいつが獣人以外で気を許す奴がいるとは。

 この男、何者だ?


「クロコド様とはどのような関係で?」

「ちょっと話をするだけの関係ですよ、はい」


 話をするだけ……ねぇ。

 とてもそうは思えない。


 それなりに向こうの内情を知ってそうだから色々と聞いてみるか。


「ちなみに、クロコド様に関してですが……。

 彼は問題を抱えていませんか?」

「問題……ですか?」

「ええ、最近なにか悩んでいるようなので、

 彼の力になれれば……と」


 無論、そんなつもりは毛頭ない。


「悩み……は特になさそうでしたねぇ、はい。

 ですが、あることで相談を受けたんですよ」

「へ? 相談?」

「ある方との関係を取り持って欲しいと。

 しかし、なんのコネもないので断りました、はい」

「そのある方とは?」


 ヨハンはにっこりとほほ笑んで言った。


「マムニールさま……ですよ、はい」

「はいぃ?」

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