55 人間として
「これってまさか……」
フェルが持ってきてくれたもの。それはこぶし大の魔石の塊。こんなに大きな物は初めて見た。彼の手のひらに収まりきらないそれは、太陽光を浴びてキラキラと赤く輝いている。
「え! ちょっ⁉ なにそれ⁉」
サナトが異様なほど食いついて来た。
「どこでこんなものを手に入れたの⁉」
「人間たちのアジトから……」
「本当にっ⁉ それちょっと見せて!」
フェルから魔石をひったくるサナト。
「なにこれ凄い! とんでもない量の魔力だわ!
これがあれば国一つ落とせるわよ!」
サナトはそんな大げさなことを言う。
「国一つって……大げさだなぁ。
そんな力が、その石に備わってるのか?」
「ええ、想像も絶するほどの力です。
これを使えばどんな魔法も、
最上級クラスの威力に強化されます。
それに、この大きさとなると……」
何か知らんがすげーヤバい物らしい。俺からしたら無用の長物。ライトの魔法くらいしか使えんからな。
ちょっと思ったのだが……その石って死霊術にも有効なんだろうか?
一応、死霊術の基本はおさえてある。スケルトンやゾンビを操るくらいなら俺でも可能。もし死霊術でも有効なのなら……それなりに活躍できそうな気もする。
つってもスケルトンを大量に生産したところで、獣人やオークの相手にはならない。普通に連中を戦わせた方がいいだろう。
「サナトなら有効活用できそうか?」
「まぁ……使えなくもないですけど……。
もったいなくて使わないで終わりそうですね」
「ああ、そう……」
「あの、もしかしてですけど……。
私が使わないで終わるのって、
何年後になるんだろうって思いました?
ねぇ、思いました?」
思ってねーよ。
年齢にコンプレックス持ちすぎだろう。
見た目はロリなんだから自信を持て。何歳になろうと皴なんて一つも増えない。ツルっツルの、ロリっロリのままなんだから年齢なんて気にするな。
「とりあえずこれはサナトが持っておいてくれ」
「分かりました、保管庫に入れておきます。
今の所、使い道もなさそうですし」
魔石の使い道はサナトに一任しよう。
俺が持ってるよりも安全だろうし。
「ありがとな、フェル。
良いものを見つけてくれて」
「はい! また何か見つけたら持ってきますね!」
フェルは笑顔で答える。
彼は元気でいるのが一番だ。
「ユージさま。先日の話なんですけど……」
サナトが話題を変える。
「使いに出していた仲間から連絡がありました。
ヴァジュで魔物の保管を研究してる人がいて、
その人が開発した檻が使えそうです」
「ほぅ……特殊な檻なのか?」
「ええ、魔物を宙に浮かせたまま固定して、
身動きできなくするんです。
その檻なら保管も可能かと」
宙に浮かして保管するって、いったいどんな方法なんだろう? その檻ならシロを安全に保管できるのか?
でもなぁ……。
「そう言えば……。
今は持ってないみたいですけど、
あれはどこへやったんですか?」
「ゲブゲブが作った骨の檻で保管してあるよ。
吸収した物質と同じものなら大丈夫みたいなんだ」
「骨を使わなくても、別の物質を吸収させて、
それで檻を作ればよかったんじゃ……」
確かに、サナトの言う通り。
別に骨で檻を作る必要はなかった。
でもなぁ……骨が良かったんだよ。
俺が抱きかかえているみたいでさぁ、いい感じだと思ったんだよ。
「今のところは大丈夫みたいですね」
「ああ、急がず、焦らず、檻を作ってくれ」
「そうしますね。でも……本当にいいんですか?」
「なにがだ?」
「魔法の檻に閉じ込めて、
本当にユージさんは満足なんですか?」
満足? 何を言っているんだ?
「どういう意味だ?」
「あの子をそんな場所に押し込めて、
本当にユージさんは満足するんですか?
ずっと一緒にいたいって、
そう思ってたりしません?」
「それは……」
俺はどう思ってるんだろうか?
初めはただの厄介者だと思っていた。どうすれば問題なく処理できるか。そんなことばかりを考えていたが、時間が経つにつれ不思議と愛着がわいた。可愛いと思うようになった。
俺はアンデッドだ。
腹も減らない、眠くならない、性欲もわかない。人としての欲求らしい欲求を失った俺にとって、何かを求めること自体が稀。
支払われた賃金は全て貯金し、必要な時の為に取っておいてある。
フェルたちの住処も俺の貯金を使って買った。別に恩を売りたいとか、彼らに好かれたいとか、そう言うことは一切なくて、ただ単に金の使い道がなかったからそうしただけ。
俺には進んで何かをしたいという気持ちがない。
叶えたい願望や、欲しい物や、振り向かせたい人がいない。
いや、いなかった。
ミィと出会って、少しずつ気持ちに変化が現れた。彼女と一緒にいたいと思うようになった。どうしたら喜んでくれるのか、どうしたら楽しんでくれるのか、そんなことを考えるようになった。
俺は……人間だ。
生きていたころに当たり前に持っていた欲求が、俺の中で蘇りつつある。スケルトンとしてではなく、一人の人間として、俺は何かを望むようになったのだ。
「おっ……俺は……」
サナトとフェルが心配そうに俺を見守っている。
「俺はっ……あの子と……シロと一緒にいたい」
「え? シロ?」
サナトは眉をひそめる。
「ああ、名前を付けたんだ」
「白いからシロ……ですか?」
「そうだ。安直だとは思うがな」
「良い名前だと思いますよ。
可愛いじゃないですか、シロって。
私は好きですよ」
「あっ、僕も良いと思います!
シロっていいですよね!
僕の髪の色と一緒だし」
フェルが言う。
「名前を付けるくらい可愛がってるのなら、
最初から一緒にいたいって言えばいいんですよ。
誰も責めたりしないんですから」
「……サナト」
正直、彼女の今の言葉にはうるっとした。
涙腺なんて存在しないんだけどな。
「もっと素直になって、
自分のやりたいことをやりましょう。
いつも我慢して頑張ってばかりのアナタを、
沢山の人が応援してるんです。
だからもっとわがままになって下さい。
私たちもそのわがままに応えますよ」
「ううぅっ……サナトぉ!」
俺は思わず彼女に抱き着いてしまった。
「きゃぁ! なにしてるんですか⁉
痛い! 骨がゴリゴリ当たって痛い!」
「サナト、サナトぉ! クンカクンカ!
サナトのつやつや髪の毛いい匂い!」
「ドサクサに紛れて匂いを嗅がないで下さい!」
サナトたんの桃色キューティクル最高!
「ユージさぁん、サナトさんが可哀そうですよぉ。
その辺にしてあげないとぉ」
あきれたフェルが止めに入った。
「はぁ、はぁ……なんでこんなことを」
「すまんな、つい調子に乗ってしまった」
「本当にわけわかんない。このバカっ!
バーカっ! 変態! くず!」
サナトの顔は真っ赤に染まっていた。




