51 改造人間
あるところに少女がいた。
格式高い名門貴族の生まれの子。欲しいものはなんでも手に入ったし、彼女が望めば両親はなんでも叶えてくれた。
少女はすくすくと成長。歳が10になったころ。妹が生まれる。彼女はすぐにその虜となった。
母親に一緒にいたいとせがんで、夜眠る時はすぐ傍で眠った。オムツも交換したし、ミルクも飲ませた。使用人が触るのは我慢ならず全ての世話を自分で行う。
しかし、運命は残酷であった。
可愛い妹は流行り病にかかり、幼くしてその命を落としたのだ。
少女は泣いた。
慟哭がこみ上げ、嗚咽を漏らし、絶叫しながら涙が枯れるまで。
ずっと、ずっと。
小さな棺に納められた妹の遺体は、冷たい土の中に埋められる。
少女は何日も墓の前に立ち、神様に妹を生き返らせるよう願った。死者が蘇るはずもなく、無情にも時間だけが過ぎて行き、少女の身体は少しずつ成長する。
彼女は14歳になった。
少しずつ心が大人になっていくにつれ、死者は蘇らないと悟る。無駄に願い続けるのを止めた。同時に信仰心も捨てた。
成長した少女は勉学に励む。聖都へ留学して魔法を学ぶと同時に、剣術にも取り組み始めた。
領民を守るだけの力を手にしたい。大切な人を守るには強くなるしかない。強くなれば少しでも犠牲が減らせられる。
そう願った彼女は、来る日も来る日も厳しい訓練を続け、少しずつ力を身に着けていく。
ある日、知らせが届く。故郷が魔族に襲われたと言うのだ。彼女は剣を手に取り故郷へと走る。
しかし、全ては遅すぎた。
屋敷は跡形もなく焼き払われ、父も母も、使用人たちも、全て殺された。
葬儀の時、少女は泣かなかった。泣いたところで死人が生き返るはずがない。自分に出来ることは敵を殺すこと。いつか必ず復讐を遂げてみせる。
少女は勇者となる決意をした。
勇者になるには試験を受けなければならない。選りすぐりの英雄だけが協会から認められてその称号を得るのだ。
彼女は頑張ったが、力が及ばず、勇者として認められなかった。他の受験生たちは人間離れした力を持ち、凡人が敵うような相手ではない。
それでも少女は諦めなかった。
何か方法があるはずだ。絶対に復讐をあきらめたりはしない。彼女の中でくすぶる憎悪の炎が、人の道から外れた手段を択ばせてしまう。
あるところにコリンと言う医師がいた。彼は魔法の研究者としても知られ、人と物体を融合する実験を行っているらしい。
突拍子もない試みではあるが、コリンが作りだした改造人間は強かった。並みの人間では相手にならず、勇者であっても苦戦を強いられる。
しかし、難点が一つ。手術を受けた人間は直ぐに死んでしまう。副作用が強すぎて肉体が耐えられないのだ。
あまりに無謀な実験ではあるが、協会はコリンに研究を続けさせていた。彼のことを知った少女は自ら被験者になると申し出る。失敗して死ぬと言うのならそれまでのこと。
コリンは言う。君の身体に魔石を埋め込むと。
魔石とは、魔力を内包した結晶で、使い方によっては絶大な力を引き出せる。肉体に埋め込めば常に石から力が供給され、高い戦闘力を誇る化け物が生まれると言うのだ。
少女はコリンの言う通りに手術を受けた。
術後は地獄。
血反吐を吐いてのたうち回り、何度も何度も殺せと懇願する。
しかし、コリンは自死を認めず、両手両足を拘束して栄養を胃の中に直接流し込み、強制的に生かし続ける。
ベッドに縛り付けられて何日も過ごすうちに、次第に苦痛が和らいでいく。そして、体中に力が充満するのを実感。まるで自分が別人になるかのように、肉体が変貌していく。
金髪だった髪の毛は銀色に染まり、白かった肌は褐色に焼ける。
支払った代償は大きかった。
それと引き換えに得たものは大きい。
文字通り別人になった彼女は、念願かなって協会から勇者と認定される。決して敵わないと思った者たちからも一目置かれるようになった。
それからしばらく時がたち……コリンは勇者たちにある提案をする。自分が作った最高の魔道生物を武器に、憎き魔王サタニタスに復讐をしようと。
コリンが作ったのは人間と魔物を融合させた生命体。
呼吸もせず、脈もなく、心臓も鼓動しない。死んでいるも同然だったその存在は、どんな物質でも飲み込んでしまう。成体になれば巨大化して街を喰らい、魔族の陣営に大きな打撃を与えるだろう。
その狂気に満ちた提案を、勇者たちはすんなりと受け入れる。少女も反対しなかった。むしろ、賛成の立場だった。
コリンは魔道生物の元になったのは娘だと話す。
病によって命を落としたそうだ。
ふと、妹のことを思い出す。
もし妹が蘇るのなら、私はこの魂を悪魔に売り渡すだろう。魔王の配下になれと言われれば、喜んで下る。復讐を諦めろと言われたら素直に応じる。
それほどまでに妹の存在は大きかった。
少女にはコリンの気持ちが痛いほど分かった。
彼は単に、自分の娘に生きていて欲しいだけなのだ。
人々は魔王の根絶を願っている。愛娘がその悲願を達成する原動力となれば、彼女の存在は永久に語り継がれるだろう。素晴らしい事じゃないか。
少女はコリンの行いを賞賛した。この試みが成功すれば彼の娘は英雄として生き続ける。
人々の記憶の中で。
永遠に。
「おい、マリアンヌ、聞いてんのか?」
マティスが言った。
「ごめんなさい、考え事をしていたの」
「はっ、しっかりしろよ。こんな時に」
彼は忌々し気に吐き捨てる。
「ええ、気を付けるわ」
「はぁ……お前がそんなんだと、俺が困るんだよ。
パーティーの仲間にも迷惑かけちまう」
「本当に仲間思いなのね、あなたは」
「ちっ、うるせぇな……」
照れ隠しなのか、舌打ちをして誤魔化すマティス。
彼が素直じゃないのはいつものことだ。
「それで……誰を暗殺すれば良いの?」
「適当に幹部どもを殺してくれ。誰でもいい」
マティスはゼノの幹部のリストを差し出す。
「俺たちにやれることは少ない。
いつ爆発するか分からねーシロモノだからな。
アレが動き出したら直ぐに俺たちも動く。
混乱に乗じて幹部たちを片っ端から殺して、
できるだけ戦力を削っておきてぇ。
そうすりゃ、戦争も回避できるだろ」
「なるほど、そうね。その通りね」
感心したように頷くマリアンヌを、マティスは訝し気に見つめる。
「なぁ……なんで協力しようと思った?」
「え? だって戦争を回避できるじゃない」
「そりゃぁなぁ。俺はそう思ってるよ。
でも、他の勇者共はそうじゃねぇだろ?
みんな俺がとち狂ったと思ってる。
まともに取り合う奴なんていないと思ってたよ」
いつになく弱気な彼を前に、マリアンヌは面食らう。
「珍しいわね。
あなたがそんなに弱気になるなんて。
本当に珍しいわ」
「俺のせいで計画がおじゃんになったからなぁ。
乗ってくれるとは思わなかったんだよ」
「ふぅん……」
彼なりに反省してはいるようだ。
「別に良いのよ、私も見てみたいし」
「あ? 見てみたいって……なにを?」
マリアンヌは胸元の宝石に手を当てる。
「アレがどういう結末を迎えるのか、興味があるの。
人々に語り継がれるだけの価値があるのか、
この目で確かめたいのよ」
「ふぅん……アレの結末を」
マティスは興味がないようだ。
それは普通の反応だと思う。
「とりあえず、幹部どもはお前らのパーティーで頼む」
「あなたはどうするの?」
「俺はだなぁ……」
マティスはリストの一番下の名前を、トントンと指で叩いて言った。
「幹部じゃねーが、
このマムニールって奴をぶっ殺す。
あの骨のお気に入りみたいだからな」
彼は口元を釣り上げ、にんまりとほほ笑んだ。




