50 成長途中
「一緒に出るって……どこへ?」
「分んないけど、どこか遠くへ」
何処か遠く。
漠然とした閉塞感に嫌気がさした思春期の子供が、不思議なまでに執着する言葉。教室の片隅でボーっと窓の外を眺めるように、ノスタルジーな気分にさせるフレーズ。
「……何があった?」
「私、もうだめかも」
「なんでもうだめって思うんだ?」
「大人になんてなりたくない」
ああ、なるほど。彼女は迷子になっているのだ。
自分自身を見つける旅の途中で、行き場を失っているにすぎない。
ここはひとつ、励ましてやろう。
元気になれば悩みも吹き飛ぶ。
「ミィ、お前はよく頑張った! えらい!」
「えへへ、ユージぃ」
頭を撫でてやると、遮二無二抱き着いてくる。
本当にかわええのう。
……甘やかすのはこれくらいにして、真面目な話をしよう。
「ベルから聞いたぞ。
彼女の話を真面目に聞かなかったみたいだな」
「そんなことないっ!
私はちゃんと話を聞いてた!
でもあいつが……」
ミィ的には話を聞いていたつもりらしい。
しかし、ベルはそう感じなかったと。
「ベルはどんな話をしたんだ?」
「あいつ、私が何も分かってないって。
仕事はちゃんとしてるのに、
あれがダメ、これがダメって。
ダメだしばっかり」
「それをどんなふうに聞いてたんだ?」
「ちゃんと最後まで話を聞いてた。
でもあいつ、ちゃんと聞いてないっていうから、
一から全部復唱してやったの。
それなのに……全然わかってないって!
本当に意味が分からない!」
ミィは言葉を荒げる。
よくあるすれ違いじゃないかと思う。
ベルは自分の考えていることが伝えきれておらず、ミィはその真意を受け止められていなかった。それだけのことなのだ。
「分かった。
ベルが何を言いたかったのか、
俺が詳しく解説してやろう」
「え?」
俺はベルの伝えたかったことについて、詳しく解説した。
彼女はパワハラをしていたのではなく、単純に仕事をするうえで大切な事柄を伝えたに過ぎない。しかし、それを実行に移すには無報酬ではきつすぎる。
ミィが理解できなかったのは、伝え方に問題があったから。
仕事をするうえで相手を思いやるのは大切な事。
それを心の底から理解するのはとても難しい。
ミィは単純に経験が足りないだけ。仕事を頑張って続ければ、いつかはその真髄を理解できる。
「ふぅん……」
俺の話をつまらなそうに聞くミィ。
「分かってはもらえないか?」
「うぅん……分からないって言うより……。
納得いかないって感じだよね。
だって、私は頑張って仕事しているのに、
何がダメなのか分からないんだもん。
ユージの言ってることは分かるよ。
相手を思いやるのって大切だよね。
でも……どうしたら認めてもらえるのかなって」
ああ、なるほど。
ミィは決して話を聞いてなかったわけじゃないんだ。
彼女なりに考えて努力していたが、相手に伝わらなかっただけなのだ。
「ベルは認めてくれなかった?」
「アイツは私のことを頭ごなしに否定して、
何をやってもダメって言ってばかりだった。
頑張ったつもりなんだけどね……」
「ふむ……」
精一杯頑張ってダメだと言うのなら、逆に手を抜けばいい。
そうすれば、本人は納得する。
手を抜いて怒られるのは当然だからな。頑張っているのに注意されるよりも気分が良いだろう。
しかし、それをミィに教えるのはなぁ。間違った方向に進みそうで怖い。この子は素直だし、伝えたことをそのまま受け止めそう。サボれなんて言ったら、明日からまともに働かないだろうな。
さてさて、なんて言ったら良いものか。
「俺が思うに、ミィはまだ成長途中なんだと思う。
今はどんなに頑張っても限界がある。
それは経験が足りないからぶつかる壁なんだ。
突破するには地道に頑張って、
より多くの経験を積むしかない」
「地道に頑張るって……何を頑張れば良いの?」
「それは……」
具体的にはなんだろうな?
ベルが言っていた思いやりだろうか?
しかし、ミィの話を聞く限り、彼女にその意識がないとは思えない。やはり経験が足りないだけでは……。
あっ、そうか。
足りないのは経験じゃなくて……。
「もしかしてだけど……。
ベルと関係を築けていないから、
上手くいっていないだけなのかもしれない。
彼女と良好な関係が構築できれば、
君に対する認識も変わるんじゃないか?」
「ええっ……」
嫌そうな顔をするミィ。
「私、あの人、嫌い」
でしょうね。
好きになれなんて言っても、素直に受け入れられないだろう。
それでも……だ。
「仕事仲間と関係を作るのも仕事の内だぞ」
「ううん……難しいよ、ユージぃ」
「だろうな。難しいぞ」
俺もいまだに幹部たちとの関係を築けていない。
偉そうに言えた立場じゃないのだ。
しかし……。
「実は俺も、上手くいっていないんだ」
「え? ユージも?」
「ああ、俺はアンデッドだからな。
他の獣人の幹部とは仲良くできていない。
彼らは俺の意見に否定的だし、
どんなに頑張っても認めてくれない」
「…………」
「でももし、彼らと良好な関係が築ければ、
俺に対する評価も変わって来るだろう。
上手くいかないのは君だけじゃないんだ。
俺も君と同じ問題で悩んでいる。
一緒に頑張ろう」
俺は一通り話したあと、彼女の肩にそっと手を置いた。
ミィは悩まし気な表情で俺を見ていたが、やがて吹っ切れたような顔になる。
「ユージも大変なんだね。
私だけが悩んでるのかと思ったけど、違うんだ。
もう少し頑張ってみるね。
ベルに私のことを認めさせてみせる!」
胸の前で両手をグーにして、決意を新たにするミィ。
彼女のやる気に火が付いたようだ。
「俺も頑張らなくちゃなぁ。
なんとかして幹部の連中と仲良くしないと、
全く話が進まないからなぁ」
「ユージはなんで悩んでるの?」
「俺が差別されてるからだ。
獣人は同じ種族以外は毛嫌いするからな。
面倒な仕事は全て押し付けられるのに、
誰も俺の言うことに耳を貸さない」
「そうなんだ……大変だね」
つっても魔王はコントロール可能なので、全く意見が通らないわけではない。
雑用は全て俺の仕事。だからこそ、細かい部分では俺の思い通りにできる。奴らの関心事である戦争さえなんとか終わらせれば、この国の実権を握ったも同然。
「ああ、大変だ。
だからお互い頑張ろう。
ミィはミィの戦場で。
俺は俺の戦場で。
それぞれ精いっぱい戦うんだ」
「うん、分かった。
諦めようかと思ったけど、もう少し頑張ってみる。
もうどこかへ行こうなんて言わないよ」
ミィは納得してくれたようだ。
彼女も辛いだろうが、これも勉強の内。
もう少しだけ頑張って欲しい。
途中であきらめてしまったら、何もかもが無駄になってしまうのだから。




