43 私が全部産んだんです!
「やっぱり今のままで良いんじゃない?」
レオンハルトの出した答えは現状の維持だった。
「ほうれぇ、魔王様も我々と同じ意見ではないか」
勝ち誇ったかのようにクロコドがいう。コイツがなんと言うかは重要じゃない。
「では、閣下。
戦いの指揮はどうとられるつもりでしょうか?
敵が一つになって襲って来ると言うのに、
我々はバラバラに戦うと言うのですか?」
「え? うーん、うーん……」
俺が言うと、魔王はまた悩み始めた。
「貴様、魔王様を困らせるな!」
「困らせてなどいません。
私はただ、閣下のご意向を伺っているだけです。
閣下がその気になれば、
全ての軍隊を意のままに動かせる。
ゼノ最強の戦士が指揮を取れば、
最高のパフォーマンスを発揮するはずです!
ねぇ、皆さんもそう思うでしょう⁉」
俺が問いかけると、幹部たちは一斉に顔を逸らした。ある者は俯き、ある物は目を泳がせ、またある者は聞こえないふりをしている。
どいつもこいつも、ろくでもない連中だ。自分の軍が消耗するのも嫌。軍団の主導権を魔王に移譲するのも嫌。だから積極的に発言しない。
賛成なのか、反対なのかもハッキリさせない。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
自分の軍隊を取り上げられ、大して有能でもない奴に従わなくちゃいけない。そんなの俺だったら絶対に嫌だね。
しかし、嫌ならきちんと対案を出すべきだ。それができないにも関わらず、アレは嫌だ、これも嫌だは、タダのわがまま。
自分の意見を持てるのは、自分の意志を明確に表す者だけだ。上様の顔色を窺うだけの日和見主義者は、暴君のおもちゃにされて死んでいけ。
「おかしいですね、皆さま聞こえないのですか?
魔王様に指揮権を委ねようと提案しているのです。
どうしてこの素晴らしいアイディアに、
誰も賛同して下さらないのでしょう?」
「誰が賛同するか! この馬鹿者!」
クロコドが唾を飛ばして言う。
まともに発言しているのはコイツくらいだな。
「なぜですか?」
「当たり前だろう! 誰が好き好んでこんなむっ……」
言いかけたところで、慌てて口を閉ざすクロコド。
「む?」
「むむむ……」
「むぅ?」
「むー! むむむむー! むむー!」
誤魔化そうとするクロコドだが、
全然誤魔化せていない。
彼が無能と言おうとしたことは明白。
他の幹部連中もよく分かっているだろう。
唯一分かっていないのは……。
「ぽけー」
心を無にする魔王。
話に追いついていけず、思考を停止している。
「なんて言おうとしたんですか? ねぇ? なんて?」
「うるさーい! 黙れっ! ドンっ!」
苦し紛れに机を黙ドンするクロコド。
俺には効かんぞ。
「いいえ、黙りません。
何を言おうとしたのか、はっきりさせるまでは!」
「黙れこのっ、このぉ! もういい! 帰る!」
クロコドが席を立って会議室から出ていくと、取り巻きもその後に続く。
残されたカエルと牛の幹部も顔を見合わせて沈黙。俺がおひらきにすると、彼らもぞろぞろと部屋から出て行った。
「魔王様、今日の会議は終わりました」
「え? そうなの?」
状況を全く飲み込めていなかった魔王。
半分くらい眠っていたらしい。
「ふわぁぁぁ……今日も疲れたなぁ」
「自室にてゆっくりお休みください」
「うん、そうするよ」
よたよたと会議室から出ていく魔王。
本当にあんなんで大丈夫かなぁ? いざ戦争となったら、この人も変わるんだろうか? この前、勇者と戦った時も緊張感が足りなかった。もう少し魔王としての自覚を持ってもらいたい。
レオンハルトと一緒に会議室からでると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「お願いですっ、貰って下さい……私のたまご!」
「いっ……いや……それは……」
「なんだこの子⁉ ヤバいぞ!」
ハァハァと息を荒くして卵を受け取れと迫るムゥリエンナ。手には沢山卵が入った籠を持っている。
カエルと牛の獣人は二人して壁際まで後ずさる。
あの子、いったい何をしているんだろう?
「ハァハァ……これ、全部私が産んだんです!
私だと思って食べて下さい!」
「ひいいいいいい!」
「怖いいいいいい!」
ドン引きするカエルと牛。流石にこれは俺も引いた。
「怖っ、なにあの子⁉
なんでこんなところで卵を⁉」
魔王もドン引き。
そりゃ誰だってあの光景を見れば引く。
「お願い、お願いだから受け取ってぇ!
私のたまご、たまご、たまごおおん!」
「おいムゥリエンナ! なにしてるんだ!」
俺は慌てて止めに入った。
「この人たちに私のたまごを渡そうと……」
「そりゃ、みりゃ分かるよ。
なんでそうしたのか聞いてるんだ」
「だってユージさまが仲良くしろと……」
「だからってなぁ、やりようがあるだろう。
いきなり自分の産んだ卵なんか渡されたら、
変態かと思うだろ」
「ううっ、酷い……。
ユージさまは普通に受け取ってくれてたのに……。
私を変態だと思ってたんですかぁ⁉」
話がややこしくなってきたな。
うーん。
「その卵、要らないのならわしが貰ってやるぞ」
とここで、まさかのクロコド!
お前、まだいたんかーい。
「え? 受け取ってくれるんですか?」
「ああ、卵ならわしの大好物だ」
「うれしい! はいどうぞ! 沢山ありますよ!」
「うむ、全部貰ってやる」
クロコドは籠一杯の卵を受け取り、取り巻き達のいる方へと歩いて行った。
解放されたカエルと牛は、ホッとした様子で立ち去る。あの二人を引き込むことはできなかったな。
しかし……。
「はぁ、やりました!
やりましたよユージさま!
幹部の人と仲良くなることに成功しました」
「うっ、うん……そうだね」
素直に喜ぶムゥリエンナだが……。
果たして本当にこれでよかったのだろうか?
クロコドは卵を受け取ってくれた。ムゥリエンナと懇意にしてくれるかもしれない。けど、あいつとコネが出来たからと言ってなんになるのだろう。
獣人第一主義者のレイシストである奴は、俺とは全く異なる方向性の主張しかしない。そんな奴を納得させるのにこの繋がりは役に立つのだろうか?
疑問である。
どちらにせよ、ムゥリエンナの頑張りは評価しないとな。
えらい、えらい。
「よくやった、ムゥリエンナ。
これからもその調子で頼むぞ」
「はい!」
「でも、卵はいらないからな」
「えー」
寂しそうにしょぼんとするムゥリエンナ。
卵がダメだとそんなに悲しいか。
「ねぇねぇ、ユージ。
その子は誰なの?」
魔王が尋ねて来た。妙になれなれしい。
「私が図書館の館長に任命した、
ムゥリエンナ・マニタッテです。
ほら、ご挨拶を」
「初めまして……ムゥリエンナと申します。
以後、お見知りおきを」
挨拶して頭を下げるムゥリエンナ。
「よろしくねー」
「あの、閣下」
「なんだ、ユージよ」
「我が配下の手前ですので、
何卒、威厳のあるふるまいを……」
「おお、忘れておった。
我は魔王である。
魔王、レオンハルトである。
頭が高い!」
急に偉そうにする魔王。
もう遅いぞ。
「ははー!」
言われた通り、ひれ伏すムゥリエンナ。
この子も変なところでノリが良いな。
「うん、なんだかとっても気分がいいなぁ!」
魔王様、ご機嫌モード。
こんなことでご機嫌取りが出来るんだから、うちの魔王って本当にチョロイ。
「あ、ユージさま」
「なんだ、ムゥリエンナ」
「たまごがもう一つ残っているので、
良かったらどうぞ」
笑顔で卵を差し出すムゥリエンナ。
それはもういい。