42 脳筋とは違うのだよ
ムゥリエンナとの話を終えた俺は、会議室へ向かった。
まだ誰も来ていない。
「ふぅー」
俺は膝の上に骨の塊になった嬰児を乗せ、大きく背伸びをする。
筋肉がないので、身体がこったりはしないが、たまーにこうしてストレッチをすると、とてもリラックスできるのだ。
やはり人間だったころの習慣が抜けきらない。俺はまだ心の底からアンデッドになっていないのだ。
欲求が薄まったとはいえ、完全に失われたわけではない。可愛い女の子からちやほやされたら嬉しいし、美味しいものを見ると食がそそられる。
あーあ。
人間に戻れないかなぁ。
俺に肉体があれば美味しいものを食べて、温かいお布団でぐっすりと眠って、可愛い女の子とデートを楽しんで、色々と出来ることがあるんだけどなぁ。
「おっ、今日は早いな」
魔王が会議室に入ってきた。
「ええ、仕事が順調に進んだもので」
「その調子で頑張ってくれよ。
準備が出来たらすぐにアルタニルへ向かう。
お前にも頑張ってもらうからなぁ!」
「はい……」
わくわく気分で戦争するとのたまう魔王。ピクニックに行くのと違うんだぞ。何をそんな呑気に言っているのか。
他の幹部たちも集まってきた。どいつもこいつも使えない脳筋ばかり。
俺以外の幹部は全員獣人。せめて他の種族をもうちょっと入れろと。バランスが悪すぎる。
「ふんっ」
俺を一瞥するなり鼻を鳴らして威嚇するクロコド。
彼に近い立場の幹部がその隣に座る。
俺は離れた場所に座った獣人に目をやった。
並んで端の方に座ったのはカエルの獣人と牛の獣人だ。
二人はクロコドとの関係があまり良好でなく、会議での発言も少ない。取り分けて有能でもなく、目立たない存在である。
ムゥリエンナにはあの二人に接近してもらい、彼らの好みを探ってもらおう。良い感じにアプローチすれば派閥を作れるかもしれん。
今日の議題はアルタニル侵攻の際の役割分担について。
俺は雑務を全て引き受けることで決まっている。
今回はそのことで特に揉めることはなかった。
問題になったのは他の獣人たちの役割。
彼らにはそれぞれ指揮権を持つ軍団があり、自分の意志で動かすことができる。レオンハルトも直属の軍を持っているので、我が国の軍団は全部で九つになる。
軍団に所属する戦闘員のほとんどが獣人とオーク。どちらも物理攻撃が得意な種族で、陸戦では高いパフォーマンスを発揮する。魔法も一発や二発なら軽く耐えるので、並みの軍隊なら簡単に蹴散らせるだろう。
逆を言えば近接戦闘しか能がないので、戦術の幅がすごく狭い。
先代も、先々代も、更にその前の先々々代の魔王も、無策で敵に突っ込んであえなく玉砕。なんの成果も得られずに散っていった。
なまじ高い戦闘力を誇るだけあって、自分たちの能力を過信してしまうのだ。
話を戻す。
九つに分かれた軍団は、脳筋ばかりを寄せ集めた物理特化の軍勢である。それゆえ、役割を分担しようにもやることは決まっている。
敵を見つけてひたすら殴る。ただそれだけである。
だもんで、各軍勢の役割分担と言えば、先に行って殴るか、後から来て殴るかの違いでしかない。
先行する軍勢は万全の状態の敵と戦うわけだから消耗を強いられる。後から来た方がずっと楽に戦える。
今回の会議は、誰が最初に突入するかで揉めた。
誰も一番槍に名乗りを上げず、他の者にどうぞどうぞする始末。これでは戦争どころか戦いにすらならない。
俺としては願ってもない事なので、口を挟まずに静観していた。
このままずっと揉めてくれれば戦争にならずに済む。
よかった、よかった。
「なぁ、ユージよ。貴様に何かいい案はないか?」
馬鹿魔王が俺に話を振りやがった。
「いえ……これと言った名案は特に……」
「嘘つけぇ、お前のことだから、
皆を納得させられるような名案を、
ズバッと言えるだろう?」
「それは……」
「ほぅ、面白い!」
俺が口ごもっていると、クロコドが食いつく。
「名案を出せると言うのなら、出してもらおう!
ただし、なんの解決策も見いだせなかったら、
その時はその大口の責任を取ってもらうからな!」
「えっ……あの、その……」
「どうした! 早くしろ!」
この人も人の話を聞かないな。
まぁ、聞くつもりもないんだろうけど。
幹部たちの視線が俺へと集まる。ここでだんまりを決め込んでいたら、議題に興味がないのかと思われてしまう。それだけは避けたい。
俺はゆっくりと立ち上がって幹部の顔を眺める。期待と不安が入り混じったような、なんとも言えない感じで俺を見ていた。
「それでは申し上げさせて頂きます。
現在、九つの軍団それぞれにリーダーが存在します。
現状では指揮系統が統一されておらず、
実際に動かしたらバラバラになるでしょう。
ここはひとつ、全ての権限を、
閣下に移譲してはいかがでしょうか?」
俺のその発言を聞いた幹部たちは、途端に狼狽してざわつき出す。
当たり前のことを言っただけなのだが、彼らにとっては衝撃的だったらしい。
ゼノの敵であるアルタニルは封建制を廃した中央集権国家。敵の軍隊は指揮系統が統一されており、その権限の全ては国王にある。
指揮系統の定まらない旧式の軍隊と組織化された一つの軍隊とでは、明らかに戦闘力で差がある。
向こうの王様がバカで脳筋なら話は別だが、単純な殴り合い以外でアドバンテージの無い我が軍が、現状のまま戦いを挑むのは、あまりに無謀。
「何を言っているのだ貴様は……正気か?」
クロコドが発言する。
真っ向から全否定されると思ったのだが、彼にしては実に弱気であった。
もちろん俺は正気だ。
まともだ、素面だ、正常だ。
脳筋のお前らとは違うのだよ。
「ええ、勿論。
私は考えた上で発言しました。
閣下はどう思いましたでしょうか?」
「え? 俺? うーん……」
腕組みをしたまま黙りこくる魔王。
いいから何か言ってくれ。
「ほら、魔王様も困っているではないか!」
「閣下は悩んでおられるのです。
私の意見を採用する気が無かったら、
そもそも悩みません。
熟考した上で答えを出そうとしているのです」
「このぉ、口の減らない……」
額に青筋を立てるクロコド。
この様子だと相当焦っているらしい。
そりゃそうだよな。
軍の主導権を取り上げられるのだから。魔王に全ての権限を譲渡せよという指示が下れば、彼らは従わざるを得ないのだ。
レオンハルトは全会一致で選ばれた最強の獣人。腕っぷしの強さが全てを決めるこの国で、誰も彼に力でかなわない。魔王の決定は絶対なのである。
「うーん……うーん……」
悩んだ末にレオンハルトが出した答えは……。




