39 好きと嫌い
図書館と士官学校を見て回ったら、予算の調整とか、物品の管理とか、オークの訓練の見学とか、諸々の仕事をこなした。
明日はまた幹部会があるので、その準備もしなくちゃいけない。
本当にやることが多くて大変だ。
これでも皆のお陰で大分楽になったんだけどね。
さーて、今日もミィの様子を見に行きますかねぇ。
幸いにも嬰児はずっと大人しくしていた。骨になったままなんの変化もない。このままずっと骨でいてくれまいか。
あっ、そうだ。
ミィの様子を見に行く前にあいつに会って行こう。
俺は食堂へと向かった。
「え? 人間が食べておいしいって思うもの?」
俺のリクエストにノインは首をかしげる。
「なんでまた?」
「知り合いの獣人の所で働いてる奴隷にさ、
差し入れがしたいんだよ。
何か簡単なもので良いから作れないか?」
「つってもなぁ、人間が食う物なんてなぁ」
魔王城で調理を担当しているノインは、普段はオークや獣人向けの料理しか作っていない。
オークは雑食でなんでも食うし、獣人は生肉や草を好んで食べる。しっかりと調理された料理を食べる客なんて、ここへはあまり来ない。
「そうだ、サナトが良くここに来るだろ?
彼女にはどんな料理を出すんだ?」
「ああ、あの人は甘いものをよく食べるよ。
砂糖をいっぱい入れた菓子とかが好きだな」
「それでいい、作ってくれないか?」
「あいよ」
サナトが食べるものならミィの口にも合うだろう。喜んでくれるかもしれない。
頑張ってるミィに何かご褒美をと思い、ノインを頼ることにした。彼なら何かいい感じのお菓子を作ってくれるはず。
「しばらく待ってくれよ。時間がかかるから」
「分かった、ゆっくりでいいよ」
今は昼過ぎなので休憩中だったんだよなぁ。
突然押しかけて無茶な注文をして悪かった。
ふと、カウンターに目をやると、黄色い花が飾ってあるのが見えた。
百合に似ているがなんて言う名前の花なんだろうか?
「なぁ……ノイン。
そこに飾ってある花はどうしたんだ?」
「ああ、貰ったんだよ」
「へぇ、誰に?」
「それは秘密だ……へへっ」
彼は調理しながら嬉しそうに声を漏らす。
もしかして恋人からとか? だとしたら隅に置けないな。
「ふわぁ、お腹空いたぁ」
食堂にフェルが駈け込んで来た。
ちょっとやつれているように見える。
「おお、フェル。今から食事か?」
「ユージさま、お疲れ様です。
忙しくて食事がなかなかとれないんですよ」
「もしかして、例のアジトのせいで?」
「ええ、そうですよ」
恨みがましく俺を見るフェル。
無茶苦茶な仕事を急に振られて大変そうだ。
「……すまんな」
「別に構いませんよ、これも仕事ですから。
あっ、ノインさーん! すみませーん!
いつものお願いしまーす!」
「はいよー」
カウンター越しにノインに注文するフェル。
いつものって……なんだろう?
「普段、何を食べてるんだ?」
「僕の好物ですよ。
ノインさんの作る料理は本当においしくて。
ゼノで一番だと思いますよ、彼は」
「へぇ、そんなに評価してるのか」
「ええ、僕にとっての最高の料理人です!」
フェルは最高の笑顔で断言する。
よほどノインの料理が気に入ってるんだなぁ。
白兎族って生の人参でも食わせとけば満足してそうなイメージがある。
「ユージぃ、先にフェルに食事出すけど、いいか?」
「ああ、構わないぞ。
むしろ彼の料理を優先してやってくれ。
俺はまだ時間があるから」
「うぃ」
ノインは食事を出す順番まで気に掛けるタイプだ。
「そう言えば、どうしてユージさまはここに?」
フェルが尋ねてきた。
「ちょっとお土産を頼もうと思ってな。
知り合いの奴隷に持って行くんだ」
「へぇ、知り合いの奴隷に」
「マムニールの農場にいるケモミミハーフの奴隷だよ」
「……え?」
フェルの顔が険しくなる。
「ん? どうした?」
「いやぁ、ユージさまって……。
あんな人たちと付き合いがあるんだなって」
あんな人たちって……。
よっぽど人間が嫌いなんだな。
「俺が人間と付き合っていたら軽蔑するか?」
「いえ、そこまでは……」
「人間って言ってもハーフだぞ?
半分は獣人なんだよ。
彼らは人間たちからも差別されて、
どこにも居場所がないんだ。
人間と一緒にするのは間違ってると思うぞ」
「それは……」
フェルはぎゅっと拳を握りしめる。
「それでも人間の血が流れてるんです。
半分獣人だからとか、関係ない。
僕はアイツらを好きになれません」
フェルはそう言い切った。
「そうか……お前がそう思うんなら仕方ない。
なぁ、ひとつ疑問なんだが……。
俺はアンデッドになったと言っても、
元は人間だぞ?
嫌いにならないのか?」
「ユージさまは別って言うか……。
あんまり人間っぽくないんですよね」
「へぇ……」
俺が人間っぽくないってどういうことだ。
そもそも人間らしさとはなんぞや?
よくよく考えて見ると、フェルはサナトとも仲が良い。元人間だからと言って、無条件で嫌いになるわけではなさそうだ。
「なんだ……。
俺もフェルに嫌われてるんじゃないかって、
不安になっちゃったよ」
「ユージさまを嫌うなんて、そんな……。
僕たちにこんなに良くしてくれるのに。
嫌うなんて絶対あり得ないですよ」
白兎族に恩を売ったつもりはない。
けれども色々と世話をしたのは事実だ。
彼らが里を焼け出されてゼノへ逃げ込んで来た時に、真っ先に保護を主張したのは俺だ。獣人たちからは反対意見もあったが、レオンハルトを丸め込んで亡命を認めさせた。
今では城下町のはずれに共同住宅地を設け、彼らはそこで平和に暮らしている。その土地の所有権を買い取ったのも俺。三等地だったのでポケットマネーで買えた。
「別に嫌ってもらっても構わんぞ。
俺はただの人間の白骨死体だからな」
「そんな……そんなこと言わないで……」
目をウルウルさせるフェル君。
ちょっと可愛いが意地悪が過ぎたかな。
「はい、おまちどー」
ノインが料理を持って来た。
フェルが注文したのは人参の輪切りのステーキ。
バターでいい感じに炒めてある。
香辛料を使っていてとてもいい匂い。
「わぁ! 美味しそう!」
「おかわりもあるから、遠慮なく食べろよ」
「はい! ありがとうございます!
ノインさんの料理は最高ですね!」
「へへへ、そこまで喜んでくれると嬉しいな」
ノインは嬉しそうに鼻の下を指でさする。
自分の料理を褒めてもらえたら嬉しいよな。