38 不死王のストーカー
図書館の次は士官学校へ。これも魔王城の中にある。
士官学校といっても大それたものではない。魔族を集めて勉強会をする程度。それでも、なんの教育も受けていない奴よりはましで、ずっと使い物になる。
設立当初は俺が生徒たちの教育を担当していたが、たまたま優秀な人材が見つかったので、その人にお願いすることにした。
教室を覗くと、丁度授業の最中。
露出度の高いレオタードを着た金髪の女性が、獣人たちに授業を行っている。
女性の肌の色は真っ青。血の気が通っていないようなその肌の色は、ヴァンパイア族の特徴である。
彼女の容姿で目を引くのは両手両足の切断創。以前に大けがをして身体がバラバラになったのだが、くっつけて元通りにしたらしい。
アンデッドの身体っていい加減だよな。
彼女の名前はエイネリ。
死霊が巣食う不死の国イスレイの出身者。
イスレイの支配者である不死王ハーデッド。
エイネリはその人物に仕えていたのが、主君に対してストーカーまがいの行為を繰り返し、各地を視察して回るという名目で追放処分に。
追放されて行き場がなくなった彼女は、俺が士官学校を設立したのを聞きつけ、面白がって様子を見に来た。
あれこれと話しているうちに、能力の高さに気づいて教育係としてスカウト。行き場のない彼女にとって、俺の提案は渡りに船だった。
エイネリは本当に優秀で、様々な知識を持ち合わせている。俺から教えることはほとんどなく、それどころかこの世界の知識について、色々と教わったくらいだ。
イスレイには知識を豊富に蓄えた住人が多く、高い識字率を誇る。
しかしアンデッドである彼らには物欲がなく、食欲もなければ、睡眠欲もない。だもんで経済はからっきしダメ。ほぼ死んでいる状態。
金を動かすのは欲望である。その欲望が欠如したアンデッドたちにとって、経済などあってないようなものなのだ。ある意味、社会主義に最も近い存在と言える。
そんなアンデッドの中でもエイネリは異質な存在で、異常なほどに性欲が強い。元主君に対する思いは相当なものがあり、彼女の部屋には肖像画が隙間なく張り付けられている。
俺がハーデッドだったら泣くぞ。
授業が終わるまでまだ少し時間があるので、ボケーっと窓の外を眺めて過ごす。
こうして何も考えない時間が、実は一番幸せだったりする。欲望が欠如してしまった俺にとって、唯一の欲と言えばボーっとすることくらいだ。
俺は働くことだけが取り柄の白骨死体。
働くのを止めたら本当にただの骨になってしまう。
ざわざわ……。
どうやら授業が終わったらしい。教室からぞろぞろと生徒達が出てくる。
「ユージさま。お久しぶりですの」
エイネリが話しかけて来た。
彼女が会釈するとたわわな胸が揺れる。
目線がついそちらへと引き寄せられてしまう。
「おお、久しぶりだな。今ちょっと、話せるか?」
「本日はどのようなご用件ですの?」
「実は……」
俺は手に抱えている物体について相談する。
「へぇ……それが……」
物珍しそうに骨に擬態した嬰児を見つめるエイネリ。
「どうだ? 何か分かるか?」
「見ただけじゃ何も分かりませんの。
実際に調べてみないと……」
「調べるにしてもなぁ。
これは大変危険な存在なんだ。
下手に触れると身体を持って行かれるぞ」
「へぇ……それは、それは」
彼女は危険な存在と聞いて顔をニヤつかせる。
ヴァンパイアだからなのか、それとも彼女の性格なのか、ヤバいものに目がないのだ。怖いもの見たさと言うのだろうか、自分から危険なことに首を突っ込むきらいがある。
それで困ったことは一度もないのだが、彼女がケガをしたら困るのは俺だ。この人の代わりはいないので、できれば危険な真似はして欲しくない。
「これの管理と研究はサナトにお願いするつもりだ」
「はっ、あのサナトに?
なにを言っているんですかユージさま。
あんな年増のロリっ子BBAに何ができると?」
「いやぁ……」
エイネリはサナトと仲が悪い。
何があったかは知らないのだが犬猿の仲だ。
「できればもうサナトには相談しないで、
わたくしを頼ってほしいですの」
「なぁ、以前から気になっていたんだが、
どうしてサナトとそんなに仲が悪いんだ?」
「あのクソBBAはこの私を……むっきい!
思い出しただけでも腹立ってきたぁ!
あんの淫乱ピンクの三下ドサンピン!
いつかぎゃふんと言わせてやるですのぉ!」
取り乱して地団駄を踏むエイネリ。
この人、優秀で頭もいいのだが、感情的になると手が付けられなくなる。性格がアレなんだよなぁ。
「あっ、そうだ。
この前、ハーデッドさまからお手紙頂いたんだ。
良かったら読む?」
「ハーデッドさまから⁉」
エイネリは途端に目の色を変える。
「どんな内容ですの⁉
さっさと手紙をよこすですの!
よこせ、よこせ、よこせ!
手紙読ませろおおおおお!」
「はい、これが手紙です」
「ハーデッドさまからのお手紙!
うおおおおおおおおおおおお!」
俺は窓から紙きれを放り投げる。
エイネリはそれを追って窓からダイブ。
勿論、あれは手紙などではない。ただの紙切れだ。
ハーデッドのことを心の底から愛する彼女は、時に暴走して手が付けられなくなる。追放処分にされたのも納得だ。
余談だが、ハーデッドは女性である。