37 私が生んだ無精卵
とりあえず俺は、魔王の所へ向かった。兵糧の件について報告するのだ。
「閣下、失礼します!」
「なんだ、また来たのか」
俺の顔を見るなり、嫌そうな顔をする魔王。
「閣下、実は……兵糧が足りません!」
「え? なんで⁉」
驚愕する魔王様。まさに青天の霹靂と言った様子。
「閣下が徴収する作物の量を、
少なくするように命じたからです」
「へぇ……そうなんだ」
やはり記憶になかったか。困ったもんだ。
「アルタニル侵攻計画は頓挫します。
今のうちに対策を立てておいた方がよいかと」
「でも、どうすれば良いの?」
ここにクロコドがいたら、満を持して北ルートからの侵攻を提案するだろう。
そうはさせるか、馬鹿野郎。
「簡単な話です。
敵から必要な物資を徴発するのです。
そうすれば足りない分を補うことが出来ます。
この計画を実行に移すには、
我が国の東側に広がるアルタニルの穀倉地帯。
つまりは東ルートでの侵攻しか考えられません」
「なるほど」
「ということで閣下。
不足した食料は略奪で補うこととしますので、
その内容に同意したことを示す書類にサインを」
「え? でも幹部会を通してからのほうが良くない?」
なんで急にまともなことを言い出すんだ、コイツは。
「大丈夫です、閣下。
これはあくまで足りない食料を補うための指令。
兵糧についての問題は私の管轄です。
幹部会を通すまでもございません」
「本当に?」
「ええ、本当です」
「うーん……分かった。サインするよ」
ほっ。
素直に応じてくれてよかった。
「なぁ……さっきから気になってたんだけどぉ。
お前が持ってるそれ、なんなの?」
俺が抱きかかえている嬰児を指さして尋ねる魔王。
身体のパーツを吸収して大きな骨に擬態しているので、白い塊にしか見えないのだろう。
「これは……例の勇者のアジトで発見されたものです。
なにやら不思議な力を秘めているようで……。
目下のところ調査中でございます」
「ふむ、なんでも構わんが……。
どうも気になるな。
喉につっかえた小骨のように、
むかむかするものを感じるぞ」
「小骨……ですか?」
「そこは深く気にする部分じゃない」
魔王はただならぬ力を感じているようだ。
第六感的な感覚は鋭いんだよな、この人。
「とにかく、警戒するに越したことはない。
十分に注意するように」
「はっ、かしこまりました」
俺が頭を下げると、レオンハルトは満足そうにふんぞり返る。魔王とその配下っぽいやり取りができて、うれしかったのかな。
俺は魔王の部屋を後にして次の目的地へと向かう。
俺が作った施設を巡回し、適切に運営されているかを確認するのだ。
先ずは図書館。
俺は魔族の領域に存在する各国から、書物を集めて図書館を設立した。と言っても、集まった本はまだわずか。図書館と言うより図書室レベルの施設でしかない。
図書館は魔王城の中に存在する。
階段の近くの人通りの多い場所にあり、誰でも自由に利用できる。
……のだが。まだあまり利用率は高くない。
獣人もオークも本なんて読まんからな。字が読めないやつがほとんどだし。
図書館を覗くと、がらんとしていた。利用者の姿はほとんど見当たらない。それでも、ゼロでないだけましだろう。ポツリ、ポツリと席が埋まっている。
本を読んでいるのは……ほとんどがエルフ族だ。
エルフは魔族ではないのだが、中立的な立場なので魔族の領域でもよく目にする。とりわけ、人間界に近いゼノ国には、頻繁に出入りしている。
彼らを通すことで間接的に人間たちとの貿易が可能。多少値は張るが、向こうの品物を購入できる。
俺はエルフが領地に定住するのは大歓迎なのだが、獣人たちは良い顔をしない。やはり自分たち以外の種族が幅を利かせるのは、彼らにとっては面白くない。
エルフがいなくなったら、魔族以外の国とのコネクションが絶たれてしまう。それだけはなんとかして避けたい。人間界の物でどうしても欲しい品とかあるし。
エルフ以外ではリザードマンの姿もあった。
羽のないトカゲ人間のことだ。
脳筋っぽい見た目ではあるものの、意外と頭脳派が多いことで知られている。彼らが多く住む領域にはインテリが多い。リザードマン専用の大学があるくらいだ。獣人たちとは大違いである。
そんな彼らも、ある種族に対して隷属する関係にある。
リザードマンを支配しているのはドラゴン族。
ファンタジーではおなじみの巨大な竜だ。
ドラゴンは明らかに知性のない見た目だが、人語を話すし、魔法も使う。ついでに言えば寿命が長いので博識なものも多く、獣人と比べたらずっと文化的な種族。
ドラゴンとリザードマンは主従関係にある。
その関係は絶対であり、決して覆ることはない。
七大魔王の一人、竜王フラフニートの治める領地には、大勢のリザードマンが暮らしている。支配階級は全てドラゴンで占められており、下級種族のリザードマンは政治に参加しない。
そんな絶対的な主従関係を嫌い、別の領域に逃げてくる者もいて、この国でも結構見かける。
俺を幹部に推薦してくれた人もリザードマンだった。
「元気そうだな、ムゥリエンナ」
「ああ、ユージ様。こんにちは」
俺はここの管理を任せた司書に挨拶をする。
ムゥリエンナは下半身が蛇のラミア族の女性。赤い鱗に赤いロングヘアの髪。青い縁の眼鏡が彼女の魅力を引き立てる。
彼女が着ているのは謎のキャラクターの刺繍が施されたTシャツ。
ラミア族には乳房を隠す習慣がない。丸出しのまま生活している。目のやり場に困るので、サキュバスのイミテにTシャツを作ってもらい、俺がプレゼントした。
ムゥリエンナは勉強熱心な性格で、沢山の本を持っている。俺はそんな彼女を図書館の管理者に任命。スカウトした際は二つ返事で引き受けてくれた。
「調子はどうだ?」
「ぼちぼちですね。
徐々にですが利用率も上がっています。
と言っても、エルフかリザードマンだけですが」
「ラミア族は?」
「この国に住んでいるラミアは限られてますからね。
友達にも来てもらいたいんだけど。
たまーに顔を出すくらいで……」
「……そうか」
図書館の利用率はなかなか上がらない。領民には積極的に勉学に励んでもらいたいのだが、理解が得られないでいる。
「一度、キャンペーンでもすべきでしょうか?
本を読んで感想文を書いたら報奨金とか」
「単純に紙とインクとお金の無駄だ。やめてくれ」
俺はその提案を一蹴した。ムゥリエンナはしょぼんと眉を垂らす。
「……でしょうね」
「焦らずにゆっくりと運営を続けていこう。
その方が本に相応しい利用者を集められる」
俺は諭すように言った。彼女は頑張り屋さんだが、たまに変な提案をする。その都度、方向修正してやるのが俺の役目だ。
「あっ、そうだ。ユージさん、これ要りますか?」
「え? それって……」
「さっき私が生んだ無精卵です」
そう言って大きな卵を差し出すムゥリエンナ。
この人、しっかりしているようで、どこか抜けているんだよな。
普通、自分の産んだ卵を他人にあげたりするか?
俺はなんとも言えない気持ちで卵を受け取った。