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369 料理とは

 俺たちは酒場へ向かった。

 既に夕暮れ時を迎えているので、繁華街は仕事上がりの獣人たちでごった返している。


 ゲンクリーフンには沢山の酒場があり、獣人もオークも他の種族の者たちも、連日浴びるように酒を飲む。


 需要があれば必然的に供給量も多くなり、数えられないほどの酒場がのきを連ねている。

 調査をするにしても全ての店を回っていたら、三日なんてあっという間だ。


 しかしその必要はない。


 やはり人種の壁は大きいらしく、酒場も迎えるべき客層で色分けされている。

 俺が前にムゥリエンナたちと飲んだ店は、どんな種族でも受け入れるオープンなお店。そう言う店舗は限られているので割と貴重なのだ。


 基本は獣人向けの店が多い。

 出されるメニューも生肉とか虫とか草とか、獣人が好みそうなものばかり。

 他の種族だったら口にしないものを彼らはおいしそうに頬張る。


 そんな店で楽しく酒が飲めるかと言うと、元人間の俺からしたらとても想像できない。

 それは他の種族の者でも同じらしく、獣人向けの酒場に出入りする異種族は数えるほどしかいない。


 人口の多くを占めているのは獣人なので、酒場も獣人向けの店がほとんど。


 だがこの国では大勢のオークたちが暮らしている。

 彼らの為の酒場も当然のことながら存在する。今回はそう言う店を中心に調査を進めれば良い。


「……と言うわけで、酒場に入ってオークたちに反乱分子が混じっていないか調べる。

 何か食べたいものがあったら注文してもいいぞ」

「よかった。私、お腹ペコペコなんだよね」


 ミィが嬉しそうに言う。


「でも、オークの人たちって何を食べてるの?」

「基本的には人間と同じだ。

 穀物類やイモ類なんかを主食として、魚や肉をおかずにしている。

 だが……あまり味付けにはこだわりがないらしく、茹でたり蒸かしたりしただけのシンプルな調理を好んでいるようだ」

「じゃぁ、あんまりおいしい物は食べないんだね」

「いや、実はそうでもないんだ」

「え? そうなの?」


 ミィはキョトンと首をかしげる。


 オークたちは調理された食事が嫌いなのではなく、単にその価値観を知らないだけとも言える。


 俺がノインに料理を教えた時は、彼も最初はなんの為の作業なのかと不思議がっていた。

 オークたちにとって料理は生肉や生芋に火を通すだけの手順。そもそも味をつける発想がないのだ。


 ノインは俺が料理を教えているうちに本物の料理人になってしまった。彼は調理器具や調味料に非常に強いこだわりをもち、色々な料理に挑戦している。

 ヌルの奥さんのウーも料理をしていたし、一概にオークがグルメではないとは言えない。


 オークがシンプルな料理を好むのは習性に由来する。


 農村で畑を耕して暮らすか、あるいは狩猟をして生活している者が多い。

 原始的な生活を好む彼らからしたら料理は別世界の技術のようなもので、存在すら知らない者さえいる。


 芋を蒸かす。

 肉を焼く。

 これだけでも十分に立派な調理と言える。


 しかし、焼いただけの肉や蒸かしただけの芋を料理として出されても普通の人は首をかしげる。

それは逆の立場の人にも言えることで……スパゲッティやオムライスなんかをオークに出したら、これは何ですかと首をかしげるはずだ。


 料理は様々なバリエーションの中で新たな価値観に目覚め、自分の好みを見つける宝探しのようなものだ。


 んなことができるのは裕福な家庭に限られている。

 貧しい暮らしを送っている者は日々の食事をするだけで精いっぱいで、味付けや香りづけなど二の次。


 オークたちがシンプルな料理しか食べないのは、彼らの好みに合わないからではなく、単に生活の質が低いからだと俺は考えている。


「そっか……格差があるから、食べる物にも差が出るんだね」

「この国がもっと裕福になれば、彼らの食事に対する見方も変わると思う。

 ノインも最初は料理を教えようとしても取り合わなかった。

 けど……何度かやり取りをしているうちに、あいつも食の奥の深さに気づいてなぁ……」

「どうやって料理の道に引き込んだの?」


 それは俺が彼と出会って間もないころ。

 あいつが体調を崩している時に、見舞いに行って粥をふるまったことがあった。


 パンをヤギの乳で煮込んで、卵を落としただけのシンプルな料理。

 んなもん料理と言えるかも微妙だが……ノインはそれを一口含むと目を見開いて衝撃を受けていた。


 後で聞いた話だと彼は生まれて初めて『旨い』という感覚を味わったそうだ。


 それから少しずつ料理の技を教えて彼を料理の道に引き込んでいった。


 つっても、俺も特別な技術とかは持っていないので、基本の基本しか教えられていない。野菜の切り方とか、出汁の取り方とか。そんなことだけ。


 この世界にも出汁を取るための食材が存在しているが、イェツェイで生産されている物がほとんど。

 わざわざ遠方から取り寄せるのは骨が折れたが、定期的に注文したので商人が卸してくれるようになった。

 今では魔王城に納品してくれている。


 きちんと出汁を取るノインの料理は旨い。

 魔王城では密かに噂になっている。


「ふぅん……ユージも頑張ったんだね」

「俺がっていうより、ノインがな。

 あいつは努力家なんだ。

 真面目に小さなことをコツコツ頑張る」

「ノインさんって、ユージと出会わなかったら今頃どうしてたんだろうね?

 真面目に働いてたと思う?」

「ううん……」


 微妙なところだな。


 出会い立てのころ、あいつはギャングだった。

 街の荒くれ集団とつるんで悪さを繰り返し、犯罪者ギリギリのところまで堕ちていた。

 放っておいたら反逆者になっていたかもしれん。


「なんとも言えんな。

 この街で暮らすオークたちは誰もが貧しく、眠る場所、着る物、その日の食べる物に困っていた。

 生活に困ったら犯罪だってやる。

 ノインもどうなったか分からない」

「ねぇ……もうちょっとノインさんのこと詳しく聞かせてよ」

「え? まぁ……構わないが……」


 ミィはノインの話に興味を示した。

 どういう理由からか分からないが……別に構わんか。


 隠すような話でもないし。

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