364 普通ではない普通の奴隷
マムニールと挨拶を済ませたら、さっそくプゥリを呼ぶ。
彼女は好き勝手に草原を走り回っていたので、大声で呼びかけたらすぐに飛んできてくれた。
「用事は済んだのか?」
「ああ、直ぐにまたゲンクリーフンへ戻る。
三人一緒だが、頼めるか?」
「うへぇ、その子も一緒なのか?
流石に疲れるのだぁ」
げんなりした顔でプゥリが言う。
何を言うか、この馬鹿。
この前は俺とミィを一緒に乗せて走っただろうが。
そこにシロを足したところで問題はないはずだ。
「ごちゃごちゃ言うな。
金は払っただろうが」
「3ゼリングでこき使いすぎなのだ。
クロコドさまはもっと気前が良かったのだ」
「ほぅ……ではいくらもらっていたのだ?」
「ええっと……」
何かを思い出そうとするかのように、視線を上向かせるプゥリ。
それくらいすぐに思い出せよ。
「いつも5ゼリングくらい、くれたような気がするのだ」
「ふむ……まぁ、良いだろう。
今日は特別に追加で多く支払ってやる。
これで仕事を頼まれてくれるか?」
「了解したのだ」
銅貨を追加でもう2枚受け取り、プゥリは同意してくれた。
「しかし……ユージも忙しいのだ。
ちょっとは自由に遊んだらどうなのだ?」
「お前と違って、俺はやることが沢山あるんだよ」
「ふぅん……」
つまらなそうに俺を見るプゥリ。
仕事人間なんて彼女からしたら、最も遠い場所にいる存在だろう。
「じゃぁ、シロから……」
「待ってよ」
シロを乗せようとすると、ミィが待ったをかけた。
「なんだよ?」
「私は歩くから」
「え?」
「私は自分で歩くから乗らなくてもいい」
ミィがわがままを言い出した。
歩くって……マジなのか?
プゥリの足はかなり速いから、人の足ではとても追いつけないぞ。
「なぁ、ミィ。
なんで急にそんなことを言うんだ?
一緒に乗ったっていいじゃないか」
「いやだよ、触りたくない」
「え? ええっ……」
触りたくないって……ええ?
シロは俺が抱きかかえるから、別に直接触れるわけじゃない。
ミィには後ろに乗ってもらおうと思っていた。
「いや……触りたくないってさぁ。
いくらなんでもひどくないか?
シロがかわいそうだろ!」
「でっ……でも……」
そう言えばいまだにミィはシロに触れられていなかったな。
慣らしてからでないと一緒に馬に乗るのは無理かぁ……。
でも本人を目の前にして触りたくないは酷いよなぁ。
シロが嫌いだからのけ者にしようとしてるのか?
「ユージが思っているほど、ミィは残酷じゃない」
「ねぇ……ユージ。今何を考えてたの?」
シロがぽつりと言うと、途端にミィが険しい表情になる。
「いや、その……」
「私がシロをのけ者にしようとしてるとか思ったんじゃないの?」
「なにを言ってんだよぉ! そんなはず――」
「思ってた」
シロぉ!
このクソガキ!
「へぇ……ユージそんな風に思ってたんだ。へぇ……」
「いやぁ、これはなぁ。
ちょっと心配しすぎただけというか、ミィを傷つけるような意図は決してなくて」
「うん、分かってるよ」
真顔になるミィ。
怒ってないけど裏側ではらわたが煮えくり返っているような恐ろしさを感じてしまう。
「ねぇ……シロ。
私とユージの仲を割こうとしても無駄だよ。
私達は絶対に離れたりしないから」
「…………」
ミィは身をかがめてシロをじっと見つめる。
コイツは悪気なく余計なことを口走るからなぁ。
そこまで考えてないとは思うけど……。
「なぁ……さっきから何なのだ?
変な話し方をしているのだ。
まるで互いの心が分かるみたいに……」
プゥリでも何かがおかしいと感じたらしい。
「何を考えているのか言葉を交わさなくても理解できる仲ってわけさ。
お前にもそう言う関係の仲間がいるだろう?」
「ううん? まぁ……そうかもしれないのだ。
プゥリも里の仲間とはそんな風な会話を――いや、やっぱりおかしいのだ」
冷静に突っ込むプゥリ。
「おかしく感じるのは今のお前に友達がいないからだろう。
ゼノへ来てから、信頼できる仲間はできたか?
誰かと一緒に遊びに行くことは?」
「……ないのだ」
「だったら、妙なことを言うんじゃない。
そう言うもんだって納得してくれ」
「ううん……腑に落ちないのだ」
眉間にしわを寄せるプゥリ。
これ以上、突っ込んでくれるな。
「ねぇ、ユージ。行かないの?」
「ああ、すまな――」
「私先に行くから」
「え? ちょ、待って!」
止める間もなく、ミィは走り出してしまった。
人間が出せる速度とはとても思えないくらい速く。
ミィはそんなにシロと一緒になるのが嫌なんですかねぇ。
ちょっとくらい身体が触れたっていいと思うんだけどなぁ。
「うへぇ。あいかわらずなのだ。
あの子、本当に人間なのだ?」
「まっ……まぁ。うん。
たまにあれくらい速く走れる奴がいるんだよ。
人間の中にはさぁ」
「そうなのだ?」
「ああ……そうなのだ」
焦って言い訳をしたから、口癖がうつってしまった。
改めて思うが、ミィの身体能力は異常すぎる。
どんくさい俺からしたら、その類まれなる身体能力を羨ましい。
俺にもあんな力があったらなぁ……。
「それじゃぁ、出発なのだ!
いざ、ゲンクリーフンへ!」
俺たちが背中にまたがると、プゥリは声高らかに宣言。草が枯れ始めた草原の上を颯爽とかけて行った。
◇
「……遅かったね」
「うむ」
プゥリに乗ってゲンクリーフンへ到着すると、ミィが城門前で待っていた。
かなり早く到着していたのか、地べたに座って退屈そうにしていた。
「お前、やっぱり早すぎるのだ!
いったい何者なのだ?!」
「私はただの奴隷だよ。普通の奴隷」
「絶対うそなのだぁ……」
ジト目でミィを見つめるプゥリ。
ミィは相手にせず、そっぽを向く。
ううむ……これで普通って言われても、納得できるはずがないよな。
プゥリでさえ彼女の異常さに気づいている。
これは隠し通すのは難しそうだぞ。
「プゥリ、このまま進んでくれ」
「分かったのだ」
俺はプゥリを歩かせて奴隷市へと向かう。
ミィは徒歩で後ろからついて来る。
奴隷市に着いたら、さっそく調査を開始しよう。
潜入した勇者が反乱を扇動するとの噂だが、戦う訓練を受けていない奴隷では獣人の相手にはならん。
人間よりも獣人の方が基本的なステータスは上。
傭兵だろうが、騎士だろうが、冒険者だろうが、誰が相手でも一対一の戦いなら獣人が勝つ。
体躯と筋力と耐久の差が圧倒的すぎるので、人間が単独で勝利を収めるのは難しい。
知能があって二足歩行して、持久力も人間並みで、武器も使えて、おまけに身体機能は獣並み。
そんな敵を相手に戦いを挑むなんて自殺行為でしかない。
アルタニルはどうやってこんな連中に勝ったんですかねぇ。
かつての魔王たちがよほど馬鹿だったのか、それとも人間の方が賢かったからなのか。
その理由は定かではないが、こんな化け物たちを退けた人間に惜しみない賞賛を送りたい。
俺が戦えと言われたら全力で逃げる。
絶対に戦いたくない。
勇者は事前に何らかの準備を整えているはずだ。
奴隷は牢に入れられており、外へ出されることはない。
彼らが日の光を浴びるのは買い手が見つかった時。ずっと暗い檻の中で身を小さくして外へ出られるのを待っている。
奴隷を扇動するにしても事前に接触しているとは考えにくい。
それに……奴隷を戦わせるよりも、戦闘技能に長けた者を送りこんでゼノに潜入させておいたほうが役に立つ。
戦うのなら専門家の力が必要だ。
だから先ずは奴隷の中に敵のスパイが紛れ込んでいないかチェックする。
無数にいる奴隷の素性を全て確かめるのは途方もない労力を要するが、シロがいれば楽勝。
この子がいれば一瞬で判別できる。
「さぁ……ついたぞ」
奴隷市の入口に到着。
巨大な建物の入り口が、まるで化け物の顎門のように思えた。