363 住む世界が違う
「ねぇ……私になんの用なの?
今とっても忙しいんだけど」
迷惑そうな顔で言うミィ。
彼女は俺ではなく、ずっとシロを見ている。
「頼むよ、ミィの力が必要なんだ。
助けてくれないか?」
「ユージのお願いならやぶさかじゃないけど。
その子が一緒なのは嫌」
「ううむ……」
ミィはどうしてもシロと一緒は嫌と言う。
しかし、この子の能力が無かったら色々と不便なのだ。
ダグダの企みを看破したのも彼女。
便利すぎて軽くチート。
シロを置いて行くわけにはいかない。
「この子の力も必要なんだ」
「どうして?」
「それには深いわけが……」
サタニタスの件をここで話すのはなぁ。
周りの目が気になる。洗濯に夢中になっている奴隷が沢山。シャミとベルもいる。
彼女たちにシロの能力が知られるわけにはいかない。
「深いわけ……ねぇ。もしかして何か事件?」
「そうだ! 事件が……」
「私に戦って欲しいんだね?」
「ああ、そうだ」
「ふぅん」
ミィは目を細めて俺を見る。
「私じゃなくて、黒騎士さんに助けて欲しいんだ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。
ユージが必要としてるのは私じゃない。
私の勇者としての……」
「まったっ!」
俺は慌てて彼女の口をふさぐ。
誰かに聞かれてなかっただろうか?
「…………」
ベルと目が合った。
彼女はにっこりとほほ笑む。
俺もにっこりする。
気分だけ。
うーん……怖い。
全て見透かされていそうで。
「ミィ、頼むから言動には気を付けてくれよ」
「分かったよ……」
「それで、一緒に来てくれるのか?」
「ううん……」
悩まし気にシロの方を見るミィ。
やっぱりまだ受け入れきれていないようだ。
「あのさ、前に約束してくれたじゃん」
「え? 約束?」
「ほら、デートしてくれるって」
「あっ、そう言えば……」
ハーデッドの騒動の際に、俺は彼女とデートする約束をしていた。
一応はそれっぽいことをしていたのだが、途中でウェヒカポに俺が拉致されてしまい、うやむやに。
約束を果たせたかと言うと微妙なところ。
「そうだったな。
あの約束もきちんと果たせてなかった」
「じゃぁ、今日のお仕事が終わったら、私とまたデートしてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
つっても、三日の間は情報収集で忙しいからな。
デートはその後になるだろう。
他にも仕事が沢山あるし、彼女と二人っきりの時間が作れるか分からん。
「約束だよ! 破ったら許さないからね!」
「うん……」
ミィはビシッと俺を指さす。
指先で額を貫かれそうで怖い。
「じゃぁ、私はシャミとベルに謝ってくるから。
ちょっとだけ待っててね」
そう言って二人の所へと向かうミィ。
彼女は両手を合わせて何度も謝罪。シャミとベルはニコニコ笑って、行って来いと促していた。
本当に仲良くなったんだなぁ。
以前はミィが他の奴隷たちと仲良くできるのか心配でたまらなかった。
ベルだって彼女の扱いには困っていたし、シャミもどう接すればいいのか分からないようだった。
そんな彼女たちが、今はこうして笑顔でやり取りができているのだ。
ミィの保護者として嬉しい限りだ。
「二人とも許してくれたよ」
俺の所へ戻ってきたミィ。
お出かけするのが決まってうきうきしている。
「では、行こうか」
「待って。マムニールさまの所へ挨拶に行かないと」
「ああ……そうだったな」
別に挨拶に行かなくても平気だとは思う。
ミィを勝手に連れ出したとしてもマムニールは怒ったりしないだろう。
この子は自分の立場をわきまえ、彼女を雇い主として慕っているようだ。
この農場で働くことでミィは色んな影響を受けた。
その全てが良かったかと言うと、そうでもない。
奴隷として働くと言うことは、他人の支配を受け入れ、従順になるということ。
ミィには心まで奴隷になって欲しくはないのだが――
◇
俺はミィとシロを連れて、マムニールの所へ向かう。
歩いているあいだ、ずっとミィはシロから距離を置いていた。
離れたところであまり意味はないのだが……。
「マムニールさま、いらっしゃいますでしょうか?」
「あら、ユージさん? どうぞ」
扉をたたいて呼びかけると、応答があったので扉を開ける。
マムニールはガウンをはおり、両足を湯につけて足浴をしていた。
奴隷のメイドたちがブラシで彼女の毛をとかしている。
「今日は何の用かしら?」
「いえ……ミィをちょっと借りても良いかと、許可を貰いに来ました」
「何を言っているの?
その子はあなたの奴隷でしょう?
どこへでも好きに連れて行きなさいな。
私の許可なんて必要ないでしょ?」
「ええ……まぁ……」
マムニールの言う通り、ミィはここに預けているだけで彼女の所有する奴隷ではない。
善意で預かっているだけで、仕事をさせるために置いているのではないのだ。
「ミィちゃんも細かい事なんか気にしなくていいから。
ユージさんが迎えに来たら好きに出かけていいのよ」
「でも……私が抜けたら……」
「大丈夫よ、一人くらい抜けても。
他の子たちで何とかするから安心して」
マムニールがそう言うと、ミィはむっとしたような表情になった。
おいおい。
気遣ってくれているのに、そんな態度を取ったらダメだろう。
「あら? 怒ったの?」
「あっ、ちがっ……」
指摘されてはっとしたのか、ミィは慌てて口元を覆う。
「ごっ、ごめんなさい……マムニールさま。
申し訳ありませんでした」
「良いのよ、気にしないで頂戴。
私はあなたを叱ったりしないわ。
だってユージさんの大切な奴隷なんですもの。
ここで預かっているのも、彼の恩に報いるため。
同じ奴隷でもあなたはお客様なの」
「…………」
ミィはお客様扱いされていると知り、複雑そうな表情になった。
皆に認めてもらおうと一生懸命に働いていた彼女は、自分がよそ様扱いだったのを知って複雑な気持ちになったのだろう。
まぁ……仕方ないと思うのだがね。
マムニールの所有する奴隷とミィとでは、仕事をする目的が大きく異なる。
奴隷が仕事をするのは主人に尽くすため。
ミィが仕事をするのは自分のため。
同じように働いて、同じように生活していても、彼女たちとミィとでは住む世界が違うのだ。
「と言うことで、どうぞ行ってらっしゃい。
誰もあなたを咎めたりはしないわ」
「……はい。マムニールさま」
ミィはそう言ってお辞儀をする。
この子がどんな思いで働いて、どういう気持ちで今の話を聞いていたのか。
俺はとても気になった。
しかし、その心のうちをシロに聞いたりはしない。
それはルール違反と言う奴だ。
なぁ、お前もそう思うだろ。
シロよ。
「…………」
シロは表情を変えずに俺を見ている。
心の中では肯定しているのか。
あるいは――




