362 警戒すべき相手
マムニールの農場へ。
あっさり到着。
やっぱり徒歩で歩くよりもずっと早い。
「まったく……人使いが荒いのだ」
口をとがらせるプゥリ。
しばらく好き放題走り回っていいと言うと途端にご機嫌になって走り始めた。
本当に単純な奴だ。
俺は農場の宿舎へ向かい、ミィを探す。
中では数人の奴隷たちが仕事をしていた。
他の奴隷は外へ働きに出ているので、宿舎に残っている者はほとんどいない。
休日の学校のように静まり返っている。
「ああ、ユージさま。
今日もその子を連れて来たんですね」
廊下を歩いていると、ベルに会った。
彼女は水の入ったバケツを持っている。
掃除でもしていたのだろうか。
「ミィと仲良くさせるのを諦めてないんですか?」
「いや、今日は別の用事だ」
「別の用事?」
「まぁ……いろいろと」
俺が口ごもっているのを見て察したのか、ベルは「失礼しました」と軽く頭を下げる。
空気読めてえらい!
「ミィはどこにいる?」
「彼女ならシャミと一緒に仕事をしていますよ」
「へぇ、どんな仕事だ?」
「シーツの洗濯です」
どうやら真面目に働いているようだ。
ここでの生活にもすっかり慣れたのだろう。
「そう言えば……最近のミィはどうだ?
皆とうまくやっているか?」
「そうですね。
以前よりは人当たりが良くなったと言うか。
他の奴隷たちと立ち話をする姿も見かけますよ」
「本当か? それは朗報だ」
「あとは……私とシャミには自分から話しかけてきますね。
あの子、私達にいじられるのが分かっていながら、自分から傍によって来るんですよ。
なんだかそれが最近、可愛く思えて……」
へぇ、ミィが。
これは知らなかった。
以前は誰とも仲良くしないで、完全に孤立したボッチ状態だったのに。
人は成長するものなのだなぁ。
「いじられるって、君たちは彼女に何を?」
「あっ、いじめてるわけじゃないんですよ。
ちょっとからかって遊ぶだけです。
耳をいじったり、尻尾をもてあそんだり……」
いや、それは勘弁してくれないか。
アレが偽物だってばれてしまうぞ。
「で、どんな反応を?」
「彼女鈍くて、なかなか気づかないんですよ。
私達が不意に尻尾を触られたら、飛び上がるほどビックリするんですけどね」
そう言ってクスクスと笑うベル。
この子はミィの正体に気づいてるんじゃないか?
ケモミミハーフたちには獣の耳の他に人間の耳も付いている。
まんま見た目が獣の獣人たちとは違い、彼女たちの容姿は人間に近くケモ度はかなり低め。
それでも尻尾や耳はただのお飾りではない。
神経が通っていて、ちゃんとした機能が備わっている。
獣の耳は人間の耳よりもずっと敏感だと聞くし、尻尾で感情を表現するのも役割の一つ。
いつもクールで落ち着いているベルでさえ、尻尾での感情表現は抑えきれていないからな。
「ううむ……やめてあげてほしいなぁ。あの子だって自分のしっぽをいじられるのは好ましく思っていないはずなんだ」
「そんな風には見えませんけど……ねぇ」
意味ありげに俺を見返すベル。
やっぱりアレが作り物だって気づいているんじゃないか?
俺はシロの方をみる。
しかし、彼女はこちらを見ようともしない。
アイコンタクトをしたら能力に気づかれると、シロは警戒しているのだろうか?
「君がどう思おうが、ミィは嫌がっているはずだ。
これからは不用意に敏感な箇所に触れないで欲しい」
「かしこまりました」
そう言って頭を下げるベル。
「ミィのいるところへ案内してくれないか?」
「はい、ついて来て下さい。こちらです」
ベルは宿舎を出て離れた場所にある水場へと案内してくれた。
農場の中には小さな小川が流れており、奴隷たちが洗濯をしているらしい。
「川はここからどれくらいなんだ?」
「近くですよ。数分でつきます」
「ふぅん……あっ、あれは?」
道中、小さな小屋が目に付いた。
古びたその小屋は長い間放置されているようで、朽ちかけてボロボロの状態だ。
「ああ……あれは……解体小屋です」
「解体って……家畜を?」
「いえ……」
家畜を解体しないで何を解体するんだ?
ベルはあまり答えたくないようなので深く聞かないでおいた。
大して気にするようなことでもない。
それから数分で小川へと到着。
あちこちで山になっている洗濯もの。奴隷たちは必死になって、ごしごしと洗濯板で汚れを落としている。
川には沢山の泡が流れていた。シャボン玉が漂っている。
思わず遊びたくなる光景だが、奴隷たちにそんなことをしてる暇はない。
少しでも気を抜けば仕事が終わる前に日が暮れてしまう。時間との闘いなのだ。
俺はシャミとミィの姿を探す。
彼女たちは身を寄せ合い、大量のシーツと格闘していた。
「ミィちゃん! あとどれくらい!?」
「二十枚くらいかな!」
「頑張ろうね! あと一息だよ!」
「うん!」
二人は大きな洗濯板で、シーツをごしごし。
話している間も手を休ませない。
洗濯って重労働だな。
こんな仕事を一日も続けていたら、へとへとになってしまうだろう。
「ううん……なんか声をかけづらいな」
「でしょうね」
二人の仕事ぶりを見て、話しかけるのをためらってしまう。
こんな忙しい時に俺がミィを引き抜いたら、シャミは一人で残りを洗濯しなければならない。
そうなったらとても追いつかない。
「仕事が終わるまで待ちますか?」
「うん……そうだな」
俺がそう言うと、シロがまた裾を引っ張る。
「ユージ」
「なんだ?」
「いまは緊急事態。
そんな甘いことを言っていたらダメ」
「しかしなぁ……」
「シャミに同情する必要はない」
いや、シャミに厳しすぎだろ。
いくらなんでも可哀そうだぞ。
「あら、シロちゃんは厳しいのね」
ベルはしゃがんでシロに視線を合わせ、彼女の顔をじっと見つめて言った。
「……違う」
「そうなの?」
「私はただ……何でもない」
シロは俺の身体につかまり、ベルの視線から逃れるようにさっと身を隠す。
「ふふふ、かわいい子」
そう言って彼女の頭を撫でるベル。
本来であれば、美少女が幼女を愛でる微笑ましい光景なのだが……俺にはそう思えなかった。
ベルはシロの能力に感づいていて、探りを入れているように思えてならない。
警戒しておいた方がよさそうだな。
「ユージさま、よろしければ私がミィと交代しますが?」
すっと立ち上がってベルが言う。
「え? でも君には他に仕事が……」
「構いませんよ。今は手が空いているので」
本当だろうか?
気を使っているのでは?
ここは素直に甘えておくべきか。
できるだけ早く出かけたい。
「すまんな、お願いできるか?」
「はい。では……」
ベルは二人の方へと歩いて行く。
彼女が声をかけるとミィは顔を上げてこちらの方を向いた。
俺を見つけた時は花が咲いたように笑顔になったのだが……足元にシロがまとわりついているのを見つけると途端に苦々しい顔つきになる。
ううむ……今から不安だ。
こんな状態で一緒に行動して大丈夫だろうか?
「大丈夫、任せて。完璧にフォローするから」
そう言ってサムズアップするシロ。
お前が一番の不安要素なんだよなぁ。




