361 シックスコイン
どうやらサタニタスは俺が思っていた以上に手ごわい敵のようだ。
ヘルドが奴隷を解放して民主国家になったら、他国への影響は計り知れない。
ゼノは農業主体の発展途上国。
奴隷を使役して農業を行うわが国では、ヘルドが起こした産業革命の波に耐え切れない。
同じ魔族の国が奴隷を解放するわけだから、我が国に住む人間奴隷も自由市民になることを望むはず。
獣人はそれを力で押さえつける。奴隷は一層不満を募らせ、反乱の危険度が増す。
抑圧と不満の蓄積は幾度となくループして、やがては大爆発を引き起こす。
ゼノが混沌とした状況に陥っているのを、サタニタスは優雅に眺めていることだろう。
ありがちな悪役がするように、ワインを飲みながらチーズを肴にして、他国が崩壊していく様子を観覧するわけだ。
「サタニタスはとんでもない野郎だな。
ダグダの他にも諜報員がいると言ったが、他の連中も同じ活動を?」
「既に何件か契約が成立している。早急に手を打つべき」
「マジか……」
かなりヤバいことになってるな。
早めに対応した方がよさそうだぞ。
敵は人間だけだと思っていたが、まさか同じ魔族が敵に回るとはな。
魔族の領域内ではここ数百年の間、争いごとが起きていない。
強固な信頼関係を築いているわけではないが、領土問題や文化的な対立などで深刻な事態に発展した事例は俺の知る限り存在しない。
その理由の一つは、やはり教皇の存在が大きい。
数年おきに開かれる大会合では、教皇が中心になって各国が抱える問題を話し合う。
歴代の教皇が割と有能らしく、多くの問題が大会合で行われる交渉で解決している。
例えば、フォロンドロンとヘルドは長年国境の画定で揉めていた。
互いに国境を挟んでにらみ合う状況が数百年も続いていたが、大会合で話し合いを続けた結果、お互いに納得できる落としどころが見つかり、妥協案が通って平和的に解決することになった。
この問題を解決に導いたのもその時の教皇。戦争を未然に防いだと高い評価を得た。
このように、魔族の領域に存在する各国は、冷静に話し合い問題を解決している。
互いに対立するようなことは珍しく平和な時代が長く続いているのだ。
一方、人間の世界ではそうでもないらしく、しょっちゅう小競り合いが起きているらしい。
大規模な大戦には発展していないものの、貴族の跡目争いとか、宗派の違いとかで、大小さまざまな規模の紛争が勃発していると聞く。
俺が人間だったころも、しょっちゅう戦争の話を耳にしたなぁ。
「しかし……なんでサタニタスはゼノを?
何が目的なんだ?」
「あのダグダと言う男は詳しく知らない。
彼らの組織は命令通りに行動しているだけ。
彼らが行っているのは買収工作のみ。
暗殺や破壊活動は行っていない」
「ふむ……」
俺が思っているようなスパイとは違うらしい。
殺しも、盗みも、誘拐もしないなんて……随分と平和的だ。
「ちなみに……奴らの組織の名前は?」
「“六枚金貨”」
シックスコイン?
なんでそんな名前が?
「どういう意味合いなんだ?」
「ヘルド以外の六か国を金貨に見立てている。
いかに多くの利益を他国から引き出すか。
それが彼らの目的」
「……なるほど」
つまり、ダグダやその仲間は、他の国との貿易を優位に進めるためのスパイ。
と言うわけか。
その素性が露呈したとしても、まっとうに取引をしているだけなので、他国からとやかく言われる筋合いはない。
追及されてもサタニタスは知らないふりをするだけだ。
まーじで嫌な奴だなぁ!
一番面倒なタイプの敵なんじゃなかろうか。
まっとうな悪役の方がぶん殴ってすっきりする分、ずっと気持ちがいいぞ。
「他にダグダから得られた情報は?」
「今夜、彼らの仲間で集まって会合を開く予定」
「その正確な場所は分かるか?」
「もちろん」
なら、話が早い。
奴らの話を盗み聞きして情報を手に入れよう。
俺だけでは心もとないので、誰かに協力をお願いする必要があるが……誰にするかな。
フェルが適任だと思うのだが……彼一人だとちょっと不安だ。
他に護衛もつけるかな。
「助かったぞシロ。
お前のお陰でこの国は救われた」
「おおげさ……と言いたいところだけど。
ユージの言っている通り危ういところだった。
サタニタスはアルタニルへの進軍に合わせてスパイを派遣している。
魔王の留守を狙うつもり」
「ううむ……」
ますます危うくなってきたな。
勇者だけでなく他国の魔王までもが、この国でよからぬことを企んでいる。
こうなると他の国の動向も気になる。
スパイを潜入させているのがサタニタスだけとは限らん。
この国にも優秀なスパイが必要だ。
同じ魔族の国の情報ですら、ろくに手に入らない今のこの状況は最悪と言ってもいいだろう。
マムニールの飼っていた奴隷を、何人か諜報員としてアルタニルへ派遣しているが……彼らの主な役割は人間界の情報収集。
人間の血を引く彼らに魔族の国で諜報活動に当たらせるのは難がある。
対魔族専門の諜報員が他に必要だ。
どこかに都合よく転がっていないだろうか?
畑から生えてこねぇかなぁ。
「ユージ、流石にそれは無理」
「だろうね」
俺の心を読んだシロが突っ込みを入れる。
畑から生えろはねぇよな。
冗談はこれくらいにしておき、今何ができるかを考えよう。
いったん魔王城へ戻るか?
フェルに話をつけておかないといけない。
クロコドにも報告しておくべきか?
「ユージ、魔王城よりも行くべき場所がある」
「へ? どこへ?」
「マムニールの農場」
「……てことはつまり?」
「あの子に協力を頼むのが一番」
シロはポツリと言う。
あの子って……間違いなくミィのことだよな?
他に考えられない。
彼女ならどんな相手でも簡単に倒せるだろうけどさぁ。
「ミィなら情報をうまく集められる?」
「少なくとも、フェルを守ることはできる」
「ふむ……」
ボディーガードとしてなら十分に役割を発揮できるだろう。
それに奴隷市の様子を見に行くとしたら、俺一人だけだと心もとない。
やはり彼女を連れていくべきか。
「分かった、マムニールの所へ行って、ミィに協力を仰ごう」
「それがいい」
「けど……」
俺はシロの顔をまじまじと眺める。
「……なに?」
「変なことを言って、また彼女を泣かせるんじゃないぞ」
「心得た」
どや顔のシロ。
本当に分かってるのだろうか?
俺はいまから不安になってきた。