360 欲を出したりしたらダメなんだよ
イミテから話を聞くと、どうもあのダグダと言う男は随分と前から店に出入りしていたようだ。
初めは簡単に挨拶をして商品をいくつか購入しただけだった。
特に気にも留めなかったし、イミテは直ぐに忘れてしまった。
しかし、それから数週間後。
再び来店して店の商品を買いあさって行った。
20点くらい爆買いしていったので、流石にこの時のことは記憶に残ったらしい。
それからも何度も店を訪れては商品を買いあさって行くダグダ。
頃合いを見て彼は自分がヘルドで商売をしていて自分の店でもここの商品を取り扱いたいと打診。
最初は断っていたものの、何度も何度もお願いされているうちにシャミのことで悩んでいた彼女は心が動いてしまった。
まぁ……正直言って、あまり悪い話ではないんだよな。
金貨50枚は商品の生産体制を整えるための投資。
利子を取って儲けようとしたわけではない。
条件も商品を納品するだけでよかったし……純粋な儲け話であれば止める必要もなかった。
腑に落ちないのは……奴を背後で操っているサタニタスが、なんでそんな契約を結ばせたか……だ。
本来ならば、金を貸して利子を取るのが手っ取り早い。
払いきれない額の借金を負わせ、工房を差し押さえた上でイミテを支配し、永久に経済的奴隷として使役するのも一つの手だ。
イミテが結んだ契約は、商品を生産することを前提として結ばれている。
彼女は工房を設立する資金を得るわけだし、多くの利益を生み出せばお互いに得をするwin-winな契約とも言える。
にもかかわらずダグダは、俺がサタニタスの存在に気付いたように見せると、焦って店を飛び出してしまった。
おまけにあっさりと解約にも応じた。
よほど、背後関係を知られたのがまずかったらしい。
なにかよからぬことを企んでいる証拠とも言える。
「なぁ……イミテ。
冷静に考えてみろよ。
お前がどんなに頑張ったとしても、一万五千個も商品を作れるはずないだろ」
「でも時間をかければー」
確かに、いつかは作り終わるよ。
でもそれはあまりに気の遠くなるような話だ。
何人も弟子を雇い入れたのなら別だが。
俺があの契約を止めたのはイミテの性格を知っていたから。
彼女は根気強く仕事に取り組むし、ちょっとやそっとのことでは動じない。
しかしそれは彼女が自分のペースを保ち、人に邪魔されない環境にいる時に限った話だ。
もし誰かが介入して、仕事のやり方や、商品の質に口出ししようものなら、途端にやる気を失ってしまう。
人に合わせるのが苦手な彼女が、あの契約の内容を守れるとは思えない。
それに……シャミがこの店でずっと働く保証はない。
何かの拍子で気が変わってしまえば、シャミはこの店を飛び出して、イミテは独りぼっちになってしまう。
残るのは途方もない額の借金と、不釣り合いな設備。
そして、注文された品を延々と作り続けなければならない義務。
そんな状況に追い込まれたらイミテは全てを捨てて逃げ出すだろう。
「時間をかけたところで、どんなに頑張っても限界は越えられない。
一日に3個作ったとして、シャミと二人で一日6個。
一万五千個作るのに2500日かかるぞ」
「2500日ぃ?」
一年が365日だったら、およそ七年かかる計算だ。
しかも休みなしで毎日働いて。
具体的な日数を聞いて、ようやく現実感が出て来たのかイミテは青い顔をしている。
「流石にそれは無理ですねー」
「だろ? まぁ、20人で作れば250日なわけだが……」
「そんなに人雇ったら死んじゃいますー」
「だろうな」
イミテは面倒くさがり屋だ。
そもそも、彼女が個人で商店を営んでいるのは自分のペースで働けるからだ。
店員を雇っていないのは、指示を出したり、給料を計算したりするのが面倒だから。
忙しくなるのは絶対に嫌だと言う。
そんな奴がなぁ。
工房を作って商品を大量生産するなんて、欲を出したりしたらダメなんだよ。
絶対に失敗する未来しか見えない。
人は本分を外れて、無理をしても、幸せになれるとは限らない。
地道にコツコツ頑張るのが一番なのだ。
「あのぉ……それで、従軍の件なんですけどぉ」
またその話か。
この子もしつこいな。
「イミテ、従軍の話はまた後でしよう。
しばらくは俺も忙しくなる」
「答えはいつまでに聞けますかー?」
「それは……」
俺はイミテに向かって言う。
「開戦までには返事をするから、しばらくは待て」
「……わかりました」
彼女はそう言って肩を落とす。
返事が貰えず、落胆しているようだ。
「じゃぁ、俺はこれで失礼する。
今度シャミが来たら二人でよく話をするんだ。
お互いに同じ思いを抱いているとは限らんぞ」
「……そうですねー」
「それと、あのダグダって奴がまた来たら教えろ。
今回の一件で嫌がらせをしに来るかもしれん」
「分かりましたー。気をつけますー。
ユージさまも後ろには気を付けてー」
イミテは手を振って俺を見送る。
カウンターにもう片方の手で頬杖を突き、面倒くさそうに俺を見ていた。
色んな事で頭がいっぱいなのかもしれない。
小さな店とはいえ、一応は店主なのだ。
もうちょっと自覚を持って欲しい。
◇
「遅かったのだ。次はどこへ行くのだ?」
店を出ると、プゥリが声をかけて来た。
「悪い、しばらくここで待っていてくれないか?」
「どこか行くのか?」
「ちょっと、用を足しにな」
「ウンコするのか?」
平気でそんなことを尋ねるプゥリ。
スケルトンの俺がウンコをするはずがないので、彼女はシロがもよおしたと思っているのだろう。
「ああ、そうだ」
「早く済ませてくるのだ」
「わかってる」
俺はシロを連れて人気のない場所へと移動する。
勿論、ウンコをさせるためではない。
路地裏を進んだところに空き地があった。
周囲を建物に囲まれており、薄暗くてひと気もない。
このあたりで良いかな?
俺は放置された木箱の上に彼女を乗せ、顔を近づけて質問する。
「おい、シロ。
さっきのダグダって男、何者なんだ?」
「あの男はヘルドで教育を受けたエージェント」
「ふむ……敵の規模は分かるか?」
「数人程度人」
やはりダグダ一人ではなかったか。
彼の他にも複数の獣人が、ゼノで諜報活動を行っているようだ。
「連中はいつから諜報活動を?」
「ヘルドはずっと前から他の魔族の国へスパイを送っている。
主な目的は魔王の動向の観察。
勇者の所在の確認。
しかし、ここ数年で彼らの目的は大きく変わった」
「ほう……と言うと?」
「彼らの目的は、ゼノの経済的支配。
職人たちに投資して商品を買い入れる約束を取り付け、ゼノの生産力を減衰させようとしている」
イミテに大量に商品を発注したのは、それが理由?
大量に商品を買い入れる約束をすれば、他に手を回せなくなるわけだから、結果的に生産力は減衰することになる。
「そんなことをして、なんの得が?」
「ゼノの生産力が低下すれば、民衆は物資不足に悩まされることになる。
日常的に使う道具や加工品が手に入らなくなれば、不満は蓄積され、その矛先は魔王へと向かう」
「つまり、サタニタスは反乱を扇動していると?」
「違う」
シロはきっぱりと否定する。
「サタニタスの目的は、あくまで貿易。
自国で作った安価な商品を他国で流通させ、経済的なイニシアティブを握ることを目的としている。
ゼノが製品の多くを輸入に頼るようになれば、職人は仕事を求めて他国へと流出する。
残された主な産業は農業だけになる」
「そうなったら……」
俺はまた嫌なことを思い出した。
祭りの直前に行われた会議。
シャミやベルの参加を認めさせるため、サタニタスは奴隷解放を目論んでいると、俺は出まかせで発言した。
あれは全くのデタラメだったのだが……。
「そう……ユージの思っている通り。
サタニタスはヘルド国内の奴隷を解放して経済的な軋轢を生じさせようとしている。
農業が主体のゼノは奴隷を解放できず、産業革命を迎えられない。
つまり……」
「ゼノはヘルドに支配されることになる」
シロは小さく頷いた。