36 ゴブリン部隊
「なんだ……これ?」
俺が抱えていた嬰児は、いつの間にか真っ白な謎の質感の物体に変化していた。
白くてゴツゴツしていて固い。これではまるで……。
「なんか骨っぽくなってますね、それ。
というか……ユージさま。
身体のパーツ足りてないんじゃ……」
「……え?」
言われて自分の身体を見下ろすと、ろっ骨が何本か無くなっていた。
「なにがどうなってるんだ?」
「多分、これに吸収されたんじゃないですか?」
「え? 吸収?」
そう言えば……嬰児がいなくなった時も、床の石材が一部消失していた。
なにかに擬態する時は、近くにあるものを吸収してしまうのか?
「なるほど、そう言うことか」
「一人で納得してないで、なにがあったか教えて下さい」
「実は……」
俺は地下で起こったことについて話した。
「厄介なことになりましたね。
この赤ん坊が周りの物を吸収して、
別の物に擬態するって言うことは……。
何かに閉じ込めても、
勝手に外へ出ちゃうってことでしょう?」
「そうなるなぁ……」
「動き回らないようにするには、
特別な処置を施す必要がありそうですね」
「……うん」
どうやって保管すればいいんだろう。
ケースに直接触れないよう、宙に浮かせるのか?
「サナト、これの保管方法について、
なにかいい案はないか?」
「うーん、ちょっと思いつかないですねぇ。
ヴァジュで専門家にでも聞かないと……」
「ああ、あそこか」
ヴァジュは7大魔王が治める国の一つ。
魔女王ミライアが統治する国だ。
魔女がいっぱいいる上に、魔法を使う魔族のドルイドも沢山住んでいる。魔族の領域では珍しい、魔法で経済が成り立っている国なのだ。
「と言っても、私はあの国へは行けないので、
誰か別の人を使いに出して調べてきてもらいます」
あの国へは行けない? 魔女なのに?
何か知らんが複雑な事情があるらしい。
今は聞かないでおこう。
「うむ、頼んだ」
「でも、それまでの間どうします?」
「俺が面倒を見よう。
俺の身体は替えがきくし、
いくら吸収されても痛くない。
他の者はこうもいかんからな」
「……確かに」
身体の予備はゲブゲブの所に大量に保管してある。吸収されてパーツが足りなくなったら、また新しい身体に乗り移れば良いだけ。
生身の身体だとこうもいかない。
肉を吸収されたら大惨事だし、替えの利かない内臓なんて持って行かれた日には、吐血して永遠に苦しみ続けることになる。
「すまんな、サナト。
面倒なことを頼んで」
「いいえ、構いませんよ。
こちらこそすみませんね。
大して力になれなくて」
「いいや、大いに助かっている。
感謝してもしきれないくらいだ」
「そう言ってもらえて、なによりです」
面倒ごとをいきなり相談しても、サナトは嫌な顔一つしない。
流石は300歳のBBA。素直に尊敬します。
「……なんか失礼なこと思ってません?」
眉をひそめて俺を睨むサナト。
「いえ、別に」
「嘘でしょう?
流石は300歳越えのBBAだとか、
そんなこと思ってるんでしょう?」
「いや、何を言っているか……サッパリ」
「ふぅん……」
目を細めるサナト。
この人、心も読めるのだろうか? 魔女にそんな能力が備わっているとか、聞いたことがないが。
さて、この嬰児だが……当分は俺が面倒を見ることになりそうだな。新しい身体をいつでも補給できるよう、ゲブゲブにお願いしておかないと。
今は俺の身体を吸収して白い塊になっており、それから全くなんの反応もない。
擬態している間は動かなくなるのかもしれん。
もしそうならずっとこの状態を維持しておきたい。
出来るだけ消費する身体のパーツも節約したいしな。
と言うことで、俺は嬰児を抱っこしたまま、今日の仕事に取り掛かった。
各地に向かわせた部下たちの報告をまとめる。
食料の収集が上手くいっていないと聞き、原因を部下たちに調査させた。
動員したのはゴブリンの部隊。
彼らは狼を家畜として飼っており、それに乗って非常に速く移動できる。
ゴブリンは非力で軟弱。寿命も短く、知能も低い。
その反面、機動力が高く、細かい作業が得意。ゲリラ戦は彼らの十八番。
彼らは領内の連絡係として力を発揮。複雑な指示を出すことはできないが、地方の状況を調査して報告することはできる。
つっても、おおざっぱな報告しか上がってこないので、場合によっては自分で直接確かめに行く必要があるが。
他にも指示書を届けてくれたり、逆に地方からの上奏書も届けてたりしてくれる。小さなものであれば荷物も運べる。郵便屋さんとしても活躍しているのだ。
「……と言うわけです」
ゴブリンの男が報告書を読み上げてくれた。
「それは……本当なのか?」
「ええ、間違いないかと」
「クロコドの奴……やってくれたな!」
俺はギリリと拳を握りしめる。
兵糧不足はクロコドが原因だったのだ。
奴は他の幹部たちと共謀して、別の命令を地方へ発布。納めるべき食料の量は三分の一でよいと、新たに命令を下した。幹部たちが治める領地はもちろん、魔王直轄領の管理者たちもこれを真に受け、一割程度の食量しか納めていなかった。
「魔王のサインの入った指示書が無ければ、
正式な命令として認められないはずなのに……」
「どうも自前で書類を用意して、
こっそり魔王様にサインをさせたようです。
地方に回された書類を確認しましたが、
確かに魔王様の筆跡でサインがしてありました」
あの馬鹿魔王……! 俺の知らないところで!
しかし……クロコドのやつ。兵糧が足りなくなって困るのは自分だろうに。後でどうなっても知らんぞ?
もしかして……北ルート案を通すためか? 兵糧が少ないことを理由に、本拠地まで短い距離でたどり着けるとして、自分の主張を押し通すつもりかもしれない。
そんな無茶苦茶な理論で北ルート案が通れば、わが軍は全滅に近い損害を被るだろう。
どっちから攻めようが、食料が足りないことに変わりはないのだ。
「よくやってくれた。感謝する。
急に無理な指示を出してすまなかったな」
「いれ、礼には及びません。
我々ゴブリン一族はユージさまのご命令一つで、
いつでも馳せ参じます」
「……うむ」
ゴブリンたちは意外と義理堅く、忠誠心の強い種族だったりする。
オークと並んで扱いやすい。
にも関わらず、どこの国でも彼らの扱いは悪い。
最底辺に属する場合がほとんどである。
「その調子で頼むぞ、アナロワ」
「はい! ではこれで失礼します!」
ゴブリン大隊の総大将を務めるアナロワは、びしっと敬礼してみせる。
このポーズはこの世界には存在しないのだが、俺が教えたらやるようになった。
なんだか子供のごっこ遊びのようにも見えるが、それは言わないでおこう。




