358 ドブネズミの獣人
「ああ、いらっしゃい。
お久しぶりですー」
イミテは立ち上がって挨拶をする。
来客はドブネズミの獣人だった。
ネズミの獣人ってあんまり好きになれないんだよなぁ。
臭くて汚いイメージがある。
まぁ、これは明らかに偏見なのだが。
彼らは薄暗く湿った場所を好み、裏路地の目立たない場所に居を構えることが多い。
他の獣人たちからも軽んじられる傾向にあり、表を堂々と歩く姿はあまり見かけない。
しかし、そのドブネズミの獣人はチョッキを着て帽子をかぶっていた。
服を着ているだけでも獣人としては珍しいのに、高価そうな服を身に着けていたので驚く。
手にしているステッキはT字の形をした黒い上等な物。庶民には手が出ない逸品。
どうやらただの一般人ではなさそうだ。
彼は何者なのだろうか?
「イミテさん、聞きましたよ。
お店を閉めることになったと。
何かあったのですか?」
彼はイミテの前まで小走りでやってきて、矢継ぎ早に尋ねる。
俺など眼中にないのか、こちらを見ようともしない。
「ああ、それはですねー。
しばらく出かけることになったのでー」
「出かける? どこへ?」
「ええっとぉ……遠くへー。はははは」
笑ってごまかすイミテ。
「あの……お話の途中ですみません。
イミテはどういう関係でしょうか?」
「アナタは?」
迷惑そうに俺を見やるドブネズミ。
「申し遅れました。
私はユージと言うもので……」
「ああ、幹部のスケルトンの。
存じております。
私はこういう者です」
彼はそう言って一枚の紙切れを差し出して来た。
「ダグダ・レイアルド?」
「ええ、古物商を営んでいます。
この街では店を出していませんが」
「どちらでご経営を?」
「ヘルドで」
ヘルドはゼノなんかよりもずっと発展している。
何もかもがアバウトなこの国とは違い、ビジネスマナーだとか、法令順守だとか、商売をするには色々と守らなければならない点が多い。
彼が良い身なりをしているのは、ヘルドのレベルに合わせているからだろう。
この国で生活する獣人は服なんて着る必要がないからな。
「ヘルドで古物商を営む方が、どうしてこの店に?」
「愚問ですなぁ……。
彼女の作り出す商品に価値を見出したから。
ただそれだけのことですよ。
ゼノでは評価が低いようですが……ヘルドで店を出せば間違いなく大儲け。
そう言って以前から口説いていたのですがね」
なるほど。
彼は何処からか噂を聞きつけ、イミテに目をつけていたのか。
良い目をしていると褒めてやりたいところだが、引き抜かれたら困るんだよ。
「だから言ってるじゃないですかー。
私はゼノを離れる気はないってー」
「それはそれで構いませんよ。
ですが、お約束は守ってもらわないと」
「それは……」
うん?
約束?
「おい、イミテ。約束ってなんだ?」
「えっと……それはですねー」
目を泳がせるイミテ。
何やら知られるとマズイ事情があるらしい。
「私は彼女に出資していましてね。
大規模な工房を構えて、商品を大量生産し、私が買い入れてヘルドで売る。
そう言う約束をしています」
「へぇ……いつの間に?」
「ついこの間ですよ」
ついこの間?
最近のことか?
俺はイミテを見る。
「俺はそんな話、聞いていないが?」
「そのうち言うつもりだったんですよぉ。
そのうちー。アハハハハ」
「笑ってごまかそうとするな。
まさか、もう金を受け取ったんじゃないだろうな?」
「実はぁ……」
そう言って彼女は、店の奥にある金庫を指さした。
「あの中にぃ、金貨が50枚ほどぉ」
「50枚っ⁉」
俺は目玉が飛び出すような思いだった。
金貨50枚となると、よっぽどの金額だ。
「いや……そんな途方もない金額。
イミテの手には余るだろう」
「そう言われてもぉー。
受け取っちゃったものは仕方がないというか」
「仕方がないで誤魔化せるほど、
安い額じゃないと思うが?」
「……そうですねー」
いったいなんでこんな話を彼女は受けたのか。
そこんとこ、しっかり話しておかないといかん。
「申し訳ありませんが、ダグダさん。
どういう経緯で出資されたのか、詳しくお聞かせ願えますか?」
「無関係のあなたが首を突っ込む余地は無いと思いますが?」
「いえ、無関係ではありません。
この店の商品のほとんどは私のアイディア。
もし他国で商品化するというのであれば、ロイヤリティを支払っていただくことになります」
「……なんですと?」
信じられないと言った顔で俺を見るダグダ。
直ぐに彼はイミテの方を見る。
彼女はコクコクと頷いて肯定した。
「それは初耳でしたな……。
しかし、本当なのですか?
にわかには信じがたい」
「よろしければ、証拠をお見せしましょうか?
この店には私が書いた企画書があります。
それをご覧になれば、ご理解いただけるかと」
「いえ……結構です。
知らずとはいえ、無礼な態度を取ってしまいました。
心より謝罪いたします」
ダグダはそう言って頭を深々と下げる。
露骨に態度を変えやがったな。
俺が幹部だと分かっても、尊大な態度を崩さなかったのに……デザイナーだと話は別なのか?
権力には屈しないが、ビジネスの話になると物腰が柔らかくなる。
そう言うタイプの人なのだろう。
「いえ、構いませんよ。
それにしても……どこでこの店の評判を?」
「ゼノには仕入れの関係で、頻繁に足を運んでいるので……静かな評判になっているこの店の存在に気付いたのです」
「ほぉ……左様ですか」
「あの、ロイヤリティの件ですが……」
んなことよりも先に話しておくことがある。
「お待ちください。
先に、イミテの工房について話をしましょう。
彼女に金貨50枚もの大金を出資するなど、ハッキリ言って正気の沙汰とは思えません。
どういう目論見で出資したのでしょうか?」
「そっ、それは……」
言えないの?
聞いちゃうけど。
なんとしてでも話してもらうぞ。
「アナタの背後には、別の誰かがいるはずです。
ただの古物商に金貨50枚も払えるはずがない。
その誰かは、よほどこの店の権利が欲しいと見える。
いったいどこの誰なんでしょうねぇ?」
「…………」
黙るダグダ。
うーん、分かりやすい。
俺はシロを抱きかかえてカウンターに座らせる。
自然な動作で彼女の口元に耳を近づけ、黒幕の正体を教えてもらった。
「……まさか、サタニタスさま。
ではないでしょうね?」
「まっさかぁ!」
ダグダは露骨に焦り出した。
分かりやすすぎだろ。




