357 人間なんか好きになるはずない
マルストの件をヴァルゴに丸投げした俺はシロを連れて次の目的地へと向かう。
歩いて移動するのが面倒なのでプゥリに乗せてもらうことにした。
「人を乗せて走るのは面倒でいやなのだ……」
と、渋ったプゥリだったが、10ゼリング銅貨を3枚ほど渡したら、あっさり引き受けてくれた。
チョロイ。
魔王城を出たら、イミテの店へ。
彼女とは一度、話をしておこうと思っていた。
店に付いたら外でプゥリを待たせノックもせずに扉を開いた。
イミテは机に頬杖をついて、ぼんやりと宙を眺めている。
俺が店の中に入っても全く気付いていない。
心ここにあらずと言った様子だ。
「おーい、イミテ」
「あっ、ユージさん。来てたんですねー」
俺が彼女の目の前で手を振ると、ようやく反応する。
「なぁ、どうしたんだ。ボーっとして。
来客にも気づかないなんて」
「それが……色々と考えこんじゃいましてー」
「シャミのことか?」
「……はい」
神妙な面持ちで頷くイミテ。
いつもマイペースでのほほんとしている彼女からは想像もつかない顔つきだった。
「私、どうしてもあの子に死んで欲しくないんです」
「だから一緒に行くと?」
「はい……ダメですか?」
「ううむ……」
別にイミテが従軍するのは構わない。
連れて行けば色々と便利そうだしな。
しかし、戦う理由がシャミの為では応じるわけにいかない。
不純な動機とは思わないけどな。
イミテだって本当は戦場へ行きたくないはずだ。
自らの心身を危険にさらしてまで彼女を守る必要が?
「ダメだとは言わんが……シャミとは知り合ってまだ日が浅いだろう。
深く関わっていない相手の為に、お前は命を懸けると?」
「ええ、あの子は私にとって特別なんです。
付き合って時間が経っていなくても、私は彼女を守りたいと思うんです」
「それは何故だ?」
「ええっと……」
イミテは言葉に詰まる。
自分の中にある思いを、上手く言語化できないのかもしれない。
「なんか自分でもよく分かんないですけどぉ。
なんていうか……ほっとけないと言うか。
シャミはいつも頑張り屋さんで、素直でいい子で、
これからもずっと一緒に仕事をしたいなーって」
「ふむ……」
頑張り屋さんで、素直でいい子。
イミテはシャミをそう評価した。
別にその評価がおかしいわけでもないし、俺も似たような印象を受けた。
しかし……従軍を決断させるほど彼女にとってシャミは特別な存在なのだろうか?
どうも疑問が残るのだ。
イミテは普段はテキトーな感じだが決して頭の悪い人ではない。
冷静にことを見定めて、損得を勘定する。
自分に得のないことはしないタイプだ。
シャミの件が無ければ、俺が従軍を勧めたとしてもイミテは断っただろう。
なんのメリットもないからだ。
無駄なことは決してしないタイプの彼女が、危険な戦場に自ら赴くなど想像すらできない。
だからこそ、その真意を確かめる必要がある。
俺は強くそう感じた。
「意地悪な言い方をするが……シャミの代わりはいくらでもいる。
もし彼女が死んだとしても、マムニールは別の奴隷をよこすだろう。
お前の言う、素直でいい子なんて、あの農場には沢山いる」
「…………」
俺がそう言うと、イミテは無表情になった。
まるで凍てついた氷のように冷たく温度のない顔つき。
少しだけ怖いと思ってしまった。
「にもかかわらず……だ。
お前がシャミを傍に置いておきたいというのは、単に彼女が優秀な弟子だからではなく、もっと別の理由があると思うのだが。
……どうだ?」
「どうと聞かれても……自分でもよく分かんないんですよー。
シャミがいつ帰って来るのかって思いながら、ずっとここで待ち続けるよりもー。
一緒に行っちゃった方がいいかなって」
「つまりお前は……シャミを特別に思っていると?」
「さっきからそう言ってるじゃないですかー」
イミテは不機嫌そうに言う。
俺はその“特別”とやらが、どんな感情なのかを知りたい。
「ずっとシャミと一緒にいたい?」
「ええ……まぁ」
「もし彼女が誰かと結婚したら、どう思う?」
「どうって、普通にお祝いしますけどー。
あっ、でもちょっと嫌かもですねー。
一緒にいられなくなるしー」
「……ふむ」
キョトンとするイミテ。
俺はシロの方を見る。
彼女は小さく頷いた。
イミテがシャミに抱いている感情。
その正体がなんであるのか察しがついていた。
俺の考えを読み取ったシロは、イミテの心の中にあるそれが想定したものと同じであると肯定したのだ。
つまりイミテは――
「そうか……シャミのことが好きなんだな」
「え? 好きって?」
「愛してしまったんじゃないのか、彼女のことを」
「ははは……そんなまさか。
私はサキュバスですよ?
人間なんか好きになるはずないじゃないですかー。
それにシャミは女の子だし……」
イミテは認めようとしない。
しかし、その指摘を受けた彼女は、顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。
「別に、誰が誰を好きになったっておかしくはない。
君はシャミに対して特別な感情を抱いた。
それが恋だったとしても、他の誰かが否定していいわけじゃないんだ」
「でもぉ……」
「認めたくないのか?」
「そう言うわけじゃ……」
困ったような表情になるイミテ。
自分の心の中にあった曖昧な感情に、恋という名前が付いてしまった。
その事実を突きつけられた彼女は素直に受け止め切れていない。
しかし、これでハッキリした。
面倒くさがり屋のイミテが、なんで戦争なんかに行くと言い出したのか。
彼女がシャミを唯一無二の特別な存在と認知し、全てを受け入れようとしているからだ。
「お前にとってシャミは特別な存在で、決して失いたくないというのは分かる」
「じゃぁ……」
「だがな、だからと言って従軍を認めるかというと、これはまた別の話になってくる。
シャミを連れて行かないという選択肢もあるのだ」
「……え?」
それを聞いたイミテは虚を突かれたように固まる。
「イミテよ……シャミは奴隷だ。
マムニールから彼女を買い取ることもできる。
そうすればずっと一緒にいられるし、二人とも戦場へ行かなくても済むぞ」
「えっと……それは……」
「何か問題でも?」
「だってシャミは……」
シャミは奴隷の身分から解放されて、自由市民になることを望んでいる。
だから彼女は戦場へ向かうのだ。
イミテが奴隷として身柄を引き取るとすれば、その希望は潰えてしまう。
「ああ、彼女はずっと奴隷のままだ。
だがそれがどうしたと言うのか。
痛い思いもしなくて済んで、大切に扱ってくれる主人とずっと一緒に暮らせる。
何が問題だって言うんだ?」
「そんなことをしたら多分……シャミは私を嫌いになると思いますー」
「何故、そう思う?」
「わかんないですけど……なんとなくー」
嫌いになる……か。
確かにそうかもな。
シャミは自由市民になることを、ずっと夢見ていた。
その希望の芽を摘み取るようなことをすれば間違いなく反感を抱くはず。
しかしそれは、現実が見えていないからだ。
戦争へ行けば死ぬか、死ぬよりも酷い思いをする。
殺されるかもしれないし、誰かを殺すかもしれない。
戦場へ行くくらいなら、奴隷のままゼノで大人しくしていた方がいい。
「イミテよ、今一度よく考えるんだ。
シャミを大切にしたいと言うのであれば、戦場へ行かなくて済む方向で検討しろ。
まだ開戦までには時間がある。
それまでに……」
「こんにちはー」
話の途中で来客。
だれだこんな時に?




