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356 正反対の組み合わせ

 俺はマルストを連れ、ヴァルゴの所へ向かう。


「…………」


 マルストはずっとおどおどキョロキョロ。

 あたりを見渡してびくびくしている。


 他の獣人やオークとすれ違うたびにガン見。

 失礼だと言おうと思ったけど、余計なことを言って泣かれたら困るのでやめた。


「え? ヴァルゴ? ああ、直ぐに呼んできますよ」


 近衛兵の宿舎で獣人に声をかけ、ヴァルゴを呼んできてもらうことにした。

 ウサギの獣人は素直に応じて彼を呼びに行ってくれた。


「…………」


 無言で部屋を覗き込むマルスト。

 兵士たちが寝泊まりする大部屋だ。


 整然と並べられたベッドを見て、彼は何を感じたのか鼻をヒクヒクさせている。

 匂いを確かめているのだろうか?


「なぁ、シロ」

「なに?」


 俺の隣にいるシロに話しかける。


「彼が心の中で何を考えているのか、こっそりと教えてくれるか?」

「……兵士たちの姿を想像している」

「え? なんで?」

「彼も一人前の戦士になりたいから」

「へぇ……」


 一応、戦うつもりではいるのか。


 一人前の戦士になりたいと思っていても、訓練しないと何も変わらない。

 思いや意志だけではどうにもならん。


 ちゃんと技術や知恵を身に着けないと。


「想像して、彼はどんな気分になってるんだ?」

「……怖がってる」

「え? 戦うのが怖い?」

「違う、仲間に入れてもらえるかどうか、皆と仲良くする自信が無くて不安」

「ううむ……」


 主に対人関係での不安か。

 理解できなくもないが……上に立つ者が他人との関係作りでつまずいていたら、誰も付いて来てくれないぞ。


「呼んできました!」

「全く、このヴァルゴちゃんに何の用ッスか?

 朝っぱらから騒々しい……」


 ウサギの獣人に連れられてヴァルゴがやってきた。

 眠そうにあくびをしている。


「じゃぁ、俺はこれで行くからな」

「案内、お疲れ様ッス! あざーっす!

 いつもいつも、ご丁寧にどうもッス!」


 ヴァルゴは直立不動の状態から、90度腰を曲げて何度もお辞儀。

 ウサギの獣人にお礼を言っていた。


「お前、本当に大げさだよな。

 礼を言うくらい普通にしてろよ」

「そんなことっ! 先輩にはできないッス!」

「俺は近衛兵で、お前はクロコドの部下だろ?

 別の組織なんだから、上とか下とかないって」

「それでも! 自分は皆様に感謝してるッス!

 ありがとうございます! ありがとうございます!」


 またお辞儀を繰り返すヴァルゴ。

 ウサギの獣人は苦笑い。


 彼はいつもこんな調子らしい。

 別に嫌われているわけではないようで空気は悪くない。


 フォロンドロンで働いていた時もこんな感じだったのだろうか?

 こういうタイプは割と生き残るイメージ。

 仕事が出来なくても周りがフォローしてくれる。


 追放されたのは単に無能だからか?

 何か他に理由があるのかもしれない。


「じゃぁ、俺はこれで行くから。

 ユージさまに失礼のないようにな」

「了解ッス!」


 びしっと敬礼するヴァルゴ。

 ……お前もか。


「で? 自分になんの用ッスか?」


 面倒くさそうにこっちを見るヴァルゴ。

 露骨に態度を変えやがった。


「おい、お前なぁ……これでも俺は幹部なんだぞ。

 さっきの近衛兵みたいに、腰を低くしろよ」

「うるさいッスねぇ。

 ユージさまは自分の上司じゃないんで、敬意を払う必要なんて皆無ッス!

 それに、自分、クロコド派なんで。

 ユージ派に入るつもりないんで」


 なに勝手に派閥作ってるわけぇ?

 俺とクロコドがいつ対立したっていうんだよ。


 表向きはそう言う風に見せているだけなのだが、コイツはそれを真に受けたらしい。


「まぁ……そのことはどうでもいい。

 今日はお前に頼みごとをしに来てな」

「頼み事ッスか?」

「ああ、そこにいる……ってあれ⁉」


 マルストがいない。

 どこへ行ったんだ?


「誰もいないッスけど?」

「ええっ……?

 おいシロ! マルストは⁉」

「あっち」


 シロはそう言って窓を指す。


 開けっ放しになっているが……あそこから外へ出たのか?


 ここは一階で、窓の外は中庭。

 何か気になるものでも見つかったとか?


「おーい、マルストぉ……あっ」


 窓から身を乗り出して彼の姿を探す。

 中庭の中央は芝が植えてあり、短く切りそろえられていた。


 マルストはその上で丸くなっている。


「えーっと、まさか……」

「気持ち良さそうにお昼寝してるッスねぇ。

 あの人がどうかしたッスか?」

「実は……」


 マルストが次期幹部候補の一人だとヴァルゴに伝える。


「つまり、自分のライバル……ってことッスねぇ」


 彼はまだ幹部になるのを諦めていなかったらしい。


「あのなぁ、お前は幹部の器じゃないと思うぞ」

「クロコドさまはユージさまと違って人を見る目があるお方ッス。

 あの人に仕えていれば、いつか必ず幹部になれるはずッス!」


 お前がそう思うんなら、そうなんだろうな。

 お前の中では。


 突っ込んだ所でヴァルゴの考えは変わらん。

 面倒なので放っておこう。


「じゃぁ、その幹部候補のヴァルゴ君にお願いだ。

 彼を一人前の戦士に育て上げて欲しい」

「はっ、ユージさまも馬鹿ッスねぇ。

 自分で自分のライバルを増やすとか普通にありえないッス!」

「バカだなぁ……本当におバカさんだ」

「……は?」


 俺はわざとらしく肩をすくめ、やれやれとかぶりを振って見せる。


「お前、何も分かってないな。

 幹部になるってことはつまりだよ?

 どこかの派閥に入るってことだろ?」

「だから自分はクロコドさまの……」

「ヴァルゴ君はそれで満足なのか?

 ずーっとクロコドの下で働いて、何もかも言いなりのままだぞ。

 幹部になってもずーっと」

「それは……」


 言葉に詰まるヴァルゴ。

 もう一押しと言ったところか。


「なぁ……もっとビッグになりたいと思わんか?

 自分の派閥を作って、他の幹部からも一目置かれ、ゆくゆくはこの国の魔王に……」

「魔王⁉ 自分がッスか⁉」

「しっ! 声が大きい!」


 俺は口元に人差し指を当て、もう片方の手をヴァルゴの方へパーにして突き出す。

 そしてわざとらしく辺りを見回し、誰もいないことを確かめた風にしてから話を続ける。


「いいか、この国のルールは力こそすべて。

 強いものが上に立つのが決まりだ」

「でっ、でしょうね……ッス」

「だったら、自分よりも強い獣人を部下にして、そいつらに魔王を倒させればいい」

「……え?」

「で、お前がそいつを倒して……」

「やっ、八百長ッスか⁉」

「しっ! 声が大きい!」


 俺は先ほどと同じ所作を繰り返す。


「八百長だなんて、とんでもない。

 これは頭脳戦というやつだ。

 俺は一つの可能性を提示したにすぎん」

「で……ですけども……それは卑怯じゃ」

「卑怯だろうが、なんだろうが、勝った者が正義だ。

 他に答えはないぞ」

「うっ……ッス」


 神妙な顔つきになるヴァルゴ。

 いつもふざけているコイツらしくない。


「さて……マルストのことだが。

 お前に任せても大丈夫か?」

「任せると言われても……具体的には何を?」

「とりあえず、一緒に街でも見て回ってくれ。

 彼が何か問題を抱えていたらアドバイスするんだ」

「え? それだけッスか?」


 それくらいのことしかできないと思う。

 マルストを鍛えなおすにしても時間が足りん。先ずは他人とコミュニケーションを取って、おどおどした態度を直さなければならん。


 ヴァルゴは無能だが、コミュ障ではないと思う。

 一緒に街を見て回るくらいなら問題も起こらないはずだ。


「ああ、それだけだ。

 有能なお前なら、この程度の仕事、楽勝だろう」

「そうッスね……やれなくもないッス」

「じゃぁ、頼んだぞ。

 進捗は後程、聞かせてくれ」

「あのぅ……」


 両手を前に差し出すヴァルゴ。


「なんだ?」

「手間賃を……いただけないかと、ッス」

「お前も抜け目のない奴だな」


 俺は財布から適当に銅貨を取り出してヴァルゴに握らせる。


「へへへ……毎度ありッス」

「じゃぁ、マルストのことは頼んだぞ」

「了解ッス! 早速、自己紹介してくるッス!」


 そう言って窓から中庭へと飛び出し、お昼寝をしているマルストの所へ向かうヴァルゴ。


「それにしても、なんでマルストは昼寝を?」

「気持ちがよさそうだったから、ただそれだけ」


 シロが隣に来て言う。

 俺は彼女を抱っこして窓の外を見せてやった。


「他に何か考えてるか?」

「眠りかけていたのに、厄介なトカゲ男に起こされて不機嫌」

「……だろうな」


 ヴァルゴはしつこくマルストの身体をゆすっている。

 昼寝の途中で、ああいう騒がしい奴が来たら嫌だよな。


 あいつに任せて正解かも。

 何を考えているのか分からん奴には、テキトーに物事を考える奴に相手をさせるに限る。

 正反対の組み合わせだが案外これがうまくいくのだ。


 テキトーな俺が言うのだから間違いない。

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